魔法が見えるとは限らない
いったん水の温度が上がり始めると、後は早い。
自分の手はまったく熱さを感じていないのに、桶の中はあっという間に沸騰し始めた。
「おおっ!」
「やったね、やったねー!」
俺の抱え込んでいる桶から豪快に湯気が立ち上っているのを見て、パルミュナが無邪気に喜んでくれる。
やっぱり凄く嬉しいな。
『熱』が出せたことと同じくらい、パルミュナがストレートに喜んでくれているのが嬉しい。
いやいや、こういう時に俺を茶化して揶揄ってこそのパルミュナだろうが!・・・とは言わない。
それはともかく、最初にワンラ村でパルミュナが手でお湯を温め直すのを見て驚き、次に『俺にも出来る』と言われて、寒くなる頃までには出来るようになろう!なんて心に誓ったのが嘘みたいだ。
それを考えると、最近は練習できないと焦っていたけど、パルミュナの言うとおり、実は超スピードで習得できているのかもしれないな・・・
「これでライノも、ひと安心だねー!」
「まあな。でも本当にありがとうな、パルミュナ。水魔法だって、あの時に一日で使えるようになったのは、マジでパルミュナが上手に教えてくれたからだと思ってるよ。そうでなかったら、未だに使えてないかもしれん」
「そこまではないよー。基本はライノ自身の力ってゆーか、器の大きさだもん。でも、褒めてくれるなら嬉しー」
「おう! これからもよろしくな」
「まかせてー!」
自分的にも大きな達成感を持てて一安心できたところで、夕方、馬車から降りて遠目に養魚場の方を眺めた時に思いついたことを聞いてみる。
本当はレビリスも一緒の時に話題にしようと思ってたんだけど、食堂の雰囲気がざわついててすぐに退散しちゃったからな。
「今日、ここに来てから思ったんだけどな、仮にスズメバチを自在に操ったとしても、それで事故を起こせるかどうかは確実じゃないだろ?」
「あー、まあそれで馬がどのくらい暴れるかは、やってみないと分からないかもねー」
「でも、もし俺が犯人だったら、そんな仕込むだけ仕込んであとは運任せみたいな方法で暗殺を試みたりしないだろうなって思ったんだよ。できるだけ確実に成功する方法を考えるはずだ」
「つまりー、スズメバチは実は関係ないってことー?」
「いや、スズメバチを操ってたとしても、それは目眩ましなんじゃないかなって思ったんだ」
「目眩ましってー?」
「もしも相手がこの前の魔術使いだった場合は、パルミュナが『人間の魔法使いは封殺されてたかもしれない』って言ってただろ?」
「うん」
「だとすれば、何か大がかり攻撃魔法で馬車を橋から叩き落とすことは仕組んであって、実際の暗殺はそれが本命。でも、それを魔法による攻撃だと気づかせないために、スズメバチを操って馬たちを恐慌状態に陥らせた...そんな可能性もあるんじゃないかなって思ってな?」
「なるほどねー。ありうるかもー」
「もしパルミュナだったら、馬車を川に叩き落とすのに、どんな魔法を使う?」
「ふつーに力で押すかな?」
「それって離れたところに自分の力を送る魔法だよな? 精霊魔法じゃなくて人の魔法だったら、風の魔法が近いかな?」
「見えないけど感じるものって考えればそーかもねー」
「ああ、さっき俺も熱の魔法を改めて試す時に、同じことを思い浮かべたんだ。熱も風も、それ自体は目に見えない。目に見えるのは、それが作用した結果だけだって」
「そーなのよー! それで当たりー! ライノってやっぱりもう、精霊の視点が身についてるって思う」
「おお、そうか...実感はないけどありがとう」
「でねー。『力の魔法』は、なにかを遠くから押したり引いたりすることでしょー。あるいは、なにかに力を乗っけて動かすとか?」
「それで、馬車を橋から突き落とすようなこともできるって訳か」
「ライノだったら、それくらいすぐに出来るようになると思うなー。でも人族の使う普通の風魔法? つまりー、空気に流れを造るだけの魔法とかで、そこまでの力が出せるかは疑問だけどねー」
「それはたしかになあ...いや、でもガルシリス城では、実際に転移と召喚の魔法陣を創ってなにかを企んでたんだ。あれだって、普通の人族の魔法使いじゃ無理だって話だったろ?」
「だねー。地下を流れてた魔力の奔流を見つけて、そこから引き出す魔力を利用してなかったら、動かせなかったんじゃないかなーって思う」
「だったら、ここでも同じような仕組みをっていうか仕掛けを組んでた可能性もあり得るかもしれんぞ?」
「んー、そうねー...探してみる価値はあるかも?」
「だよな?」
「ただー、パッと見た限りだと、この付近って濁った魔力の澱みなんて欠片もない雰囲気でしょー? ちびっ子たちだって普通に沢山居着いてるしー」
「ああ、そうだな...あのヤバい魔法陣とはまったく違う仕掛けってこともありうると思うよ」
魔力を蓄積して利用するとか、エルスカインたちの意図というか役目のよく分からないところはさておき、転移と召喚の魔法だけでも十分に危険だがな・・・
ただ、もしも二百年前にもガルシリス城で証拠隠滅を謀ったように、自分たちの存在を秘密にしておきたいのならば、領主を暗殺するためにブラディウルフを大量に呼び出すなんて、悪手もいいところだ。
だからエルスカインが本当に伯爵夫妻を暗殺したいと思えば、それを事故に見せかける必要があっただろう。
そして、もしも暗殺計画が俺たちの妄想ではなく事実であれば、それは上手くいったと言うことになる。
スズメバチで撹乱して事故に見せかけ、何らかの仕掛けで大量の魔力を動かして、風の魔法で狙った馬車を川底に突き落とす。
護衛の魔道士は能力を封じられていて仕掛けに気がつかない。
エルスカイン本人なのか手下なのか分からないが、ハートリー村の村長に憑依していた奴の口ぶりでは、実験だのなんだのと、秘密裡にことを進めたかったようなニュアンスが読み取れる。
そして、だからこそ旧街道に再び賑わいを取り戻そうとするリンスワルド伯爵家の動きを、なんとしても止めたかった、と。
・・・うん?
レビリスって、今年になって止まっていた色々なものがまた動き始めたって言ってたよな。
もしエルスカインたちが、あの地域の魔力の奔流とガルシリス城が使えなくなったことで、旧街道地区をどうこうしようって計画を完全に放棄していればいいけど、なにか企みを残してる場合は、また襲いかかってくる可能性もあるんじゃないか?
それに、エイテュール子爵だって危ないんじゃないだろうか?・・・
うーん。
まあでも、こればっかりは見当も付かんな。
エルスカインたちの目的や計画がさっぱり分からない以上は、心配しすぎていても仕方ないか・・・
「ライノー?」
パルミュナに呼ばれて、物思いから復帰する。
「ああ、スマン。ちょっと考え込んでた」
「まー養魚場って言うか、橋の現場? を見てみるしかないかもねー。二年も経って、なにか残っているかどうかは...アタシも美乳だと思うけどさー」
「微妙、な」
「ちょっと噛んだだけー」
「正直、何を見つければ証拠と思えるのかすら、さっぱり分からないってのが現実だしな...」
「うん、でもそれってさー、ガルシリス城の廃墟に行った時だって、似たようなものだったじゃない? 当たって砕けろーって感じ?」
言われてみればその通りだ。
「確かにな。とにかく明日、気になることがないか、三人で養魚場の周りを調べてみよう」
「おっー!」
なんでそんな楽しそうなんだ?
いや、そりゃあ不機嫌よりも全然いいんだけどさ。