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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第二部:伯爵と魔獣の森
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経験値と新しいストール


翌朝、俺たちが準備を済ませて宿屋を出ると、すでにレビリスは表の通りで待っていてくれた。


「すまんな、待たせたか?」

「いや、問題ない。で、どっかに寄ってから行くんだったか?」

「ああ、パルミュナ用の防寒着と毛布を受け取ることになっててな。悪いが、ちょっと一緒に付き合ってくれ」

「おう!」


荷運び人足や作業員らしき、朝の早そうな人々が行き交い始める中、三人でパルミュナの服を受け取りに衣装店に行くと、すでに鎧戸を外し、店を開ける準備をしている所だった。


明らかに、早支度して俺たちを待っていてくれたのだろう。

入り口に顔を出すと、早速いつもの店員さんが出てきて中へと招かれた。


「では、妹さんには、こちらで袖丈の確認だけお願いできますか」


そう言ってパルミュナが奥へと連れられていき、カシュクールの袖丈に問題が無いか、体に合わせて確認している。


もちろん何も問題は無かったようで、その場で畳んで受け取ると、続けて店員さんは毛布を広げて見せてくれた。

こちらも綺麗な仕上がりで、文句の付けようも無い。

隅の刺繍もちゃんと精霊文字として読めるように仕上がっている。


ショールとスカーフをパルミュナに渡す時に、畳んである刺繍入りのスカーフらしきものを一緒に渡すのが目に入った。


『こちら、この店の新作なんですけど、お嬢様には沢山お買い物していただきましたので、店からの気持ちです。宜しければお使いくださいね』と言っていたが・・・つまり、『おまけの品』か。


ん? と言うことは、最後に追加した絹の刺繍入りスカーフは、実は買わなくても済んだと言うことだろうか?!・・・というセコい考えが一瞬だけ頭をよぎったが、いやいやと振り払う。

全部色々と買ったからこそのおまけだろう。


『セコいことばかり考えていると足下を掬われるぞ?』と言うのも、師匠からの大事な教えの一つだ。


店員さんはブランケットを綺麗に畳んで俺に渡してくれたが、パルミュナが、『これも一緒に入れておいてー』と言うので、目の粗い麻布に包まれたスカーフやショール類も全部まとめて一緒に受け取り、俺の背負い袋に入れる。


さっきからレビリスはどうにも居づらそうに、そわそわキョロキョロしているな。

俺が視線を向けると、レビリスは照れたような顔をして弁解した。


「いやあ、女性の服を売ってる店に入ったのなんて、生まれて初めてだからさ。ちょっと緊張しちゃったよ」


それを耳に挟んだ店員さんが、すかさずレビリスに声をかける。


「あら! でしたらせっかくですので、奥様か恋人に、なにかプレゼントでもいかがですか? スカーフやショールなら、サイズの問題もありませんし、何枚あってもいいものですから、きっと喜ばれますよ?」


ホントこの店員さんって猛禽だな!


「まずもって残念ながら、そのどちらもいないんです。いつか、そういう相手が出来たらここに買い物に来させて貰うとしますよ」


レビリスがそう言って軽く躱すと、店員さんも素直に頷いた。


「あら、そうなんですか? ですが、またいらっしゃる機会があるかもしれないということは、お客様はフォーフェンにお住まいの破邪なんですか?」


やっぱり鋭いな、この店員さん。

『では、ご婚約の際の贈り物は是非当店で!』とか言い出しそう。


「ええ、一応は。まあ出身はこの街じゃ無くて旧街道ですけどね」

「そうなんですか! 私も旧街道の出身なんです!」

「え? どの辺りで?」

「プレストンです。ご存じですか?」

「もちろん知ってますよ! 俺はホーキンの出身ですから」

「ええーっ、すぐ近くじゃありませんか! 驚きです!」

「だねー!」


なにこのいきなり同郷人発見モード・・・

楽しそうでいいけど。


いきなり旧街道地域の出身者同士になって盛り上がる二人に水を差すのも躊躇われ、俺とパルミュナは何気ない風を装って店内に飾ってある色々な衣料品をぼーっと眺めていた。


その中に、昨日パルミュナが見せて貰っていたのと似たようなストールがあるのが目に入った。

ただし、これは昨日の奴みたいな絹製でも無ければ刺繍も入って無くて、麻か亜麻の糸で粗く編んだような素朴な風合いだ。

色味と質感からすると亜麻かな?


俺がなんとなく気になってそれを手に取ってみると、レビリスと話し込んでいた店員さんがすぐに気がついてこちらに声をかけてきた。

ほんとタカのような目の良さだよね!


レビリスに軽く一礼して話を中断した店員さんが、早速こちらに寄って来ながら説明をしてくれる。


「そちらのストールは亜麻の中でも、細くて長い繊維を選んだ糸で編んだもので、リネン布地にありがちな堅さが押さえられているんです。わざとザックリした編み方で作ってありますから皺や縮みが目立たず、色合いも抑えめで男女問わずにお使い頂けると思います」


いやもう感心したよ。

猛禽うんぬんは置いといて、俺がこれをパルミュナ用じゃ無くて自分用として手に取った可能性が高いことを、ちゃんと見抜いてる。


いま俺の使っているストールは、かなり傷んできてたんだ。


もちろんこまめに浄化はしてるから不潔だとは思わないけど、浄化しても傷んだ布地は修復できないからね。

これからは暖かくなるから、今さら新調しなくてもいいやって思ってたんだけど、予定外に寒い場所に行くことになったからなあ・・・これも丁度いいかと頭をよぎったことが、店員さんに即座に見抜かれるとは。


もう買うよ!

店員さんの眼力の鋭さに敬意を表して買うから!


「じゃあ、これを頂きますよ。ちょうど首巻きが傷んできて悩んでたところだったんです」

と、店員さんの考察が正しかったことを肯定する。

これもあれだ、敬意の表し方って奴だな。


店員さんは昨日に引き続いて零れるような笑顔を見せると、亜麻のストールを畳んで手渡してくれた。

そして俺は代わりに銀貨を手渡す。


師匠! 大事な所でケチるなっていうのは師匠の教えですからね?


店を出て歩きながら、これまで付けていた古い首巻きを外し、受け取ったばかりの亜麻のストールを巻き直した。


「ライノがオシャレするなんて意外だー!」

さっそくパルミュナが囃し立ててくる。

「うるさいわ! ってまあ、これ高いものだったけど、実はオシャレだけってことでもないんだよ」

「そーなの?」


「ああ、この手の布を首に巻いておけば防寒だけじゃ無くて、水や汗も拭けるし体を洗う時にも使える。砂埃の激しいところで鼻と口元を覆ったりするのにも欠かせない。前に話した南方大陸で水の少ない地域なんて、男も女も一人残らずこういう布を首や頭に巻いてるよ。それに暑いところでも、こういうもので首への日差しを防いだ方が疲れにくかったりするんだ」


「へー!」

「そうなのか...それで、わざわざ織りが粗くて薄手の布地を選んでるんだな」

「ああ、詰まってる布だと夏は暑すぎるし、防寒以外の役に立たなくなるからな。これは、かなり使いやすそうに思えた」


「なるほどなあ。やっぱり俺たちフォーフェンの破邪って外に出ないからさ、そういう知識とか技もぜんぜん知らないのかもなあ」


「まあいいじゃないか。砂漠や荒れ地に行かないなら、砂埃を防ぐ必要なんてないし、それに、手拭いも首巻きも帽子代わりも口の覆いも、なんでも一枚の布で済ませちまおうなんてのが、できるだけ荷物を減らしたい旅の破邪独特の考え方だからな」


「そうかもしれないけどさ、やっぱりそういうことを知ってるかどうか、あと実際にそういう経験をしてるかどうか、ずっと破邪をやっていくつもりなら無視できないよ...」


レビリスは一昨日、破邪として今後の身の振り方を悩んでるって言ってたからな・・・まあ思う所もあるのか。


昨日はあの後、むしろ俺の方がウェインスさんに色々なことを根掘り葉掘り聞くという感じになってしまい、報告書の作成をかなり邪魔してしまった気がするんだが、レビリスは、俺がウェインスさんに次々と質問を浴びせかけている間、ずっと素知らぬ顔をして俺を止めようとはしなかった。


きっとレビリスとしては、もう話せるだけの情報は話し終えたというスタンスなんだろうと思っていたんだけど、実は彼も、ウェインスさんの経験談を一緒に聞いていたかったのかもしれないな・・・

周囲の破邪たちも一緒になって聞き入っていたから、これまでウェインスさんは、あまり自分の過去譚をみんなに教えてなかったようだ。


それにしても、北部山岳地帯での話から王都で生活していた時代のあれこれまで、長年を遍歴破邪として過ごしていたウェインスさんの経験は相当なものだった。

むしろ、まだそんなに年寄りと言うほどでも無いのに、フォーフェンに腰を落ち着けて寄り合い所の世話役なんてやってるのが不思議なくらいだよ。


人は見かけによらない、というとちょっと失礼な気もするけど、破邪の雰囲気を纏いながらも、いかにも人当たりの温和な印象があるウェインスさんに、なかなか深い人生を見た気がするな・・・


「その古い方、どうするんだ?」


急にレビリスに問いかけられて物思いを中断する。


「えっ これか? いや別にどうとも...レビリス使うか?」

「いいのか?」

「ああ、こんなによれよれだけど、まだしばらくは使えるだろう。もし良かったら貰ってやってくれよ」

「おおっ、そいつは有り難いよ! 貰う貰う!」」


俺が手に持った古い首巻きをレビリスに渡そうとすると、パルミュナがそれを横からひったくった。


「ちょっと待って」

「えっ?」

「レビリスが使うなら、ちゃんとライノの汚れを浄化しとくねー!」

「やかましいわ!」


大きなお世話ですよパルミュナさん!

たぶん・・・


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