ウェインスさんの経歴
パルミュナの買い物を終えた後、今日のうちに破邪衆の寄り合い所に顔を出しておくことにした。
明日から三人で行動する建前は、『魔獣が沢山いる森の奥にある岩塩採掘場に俺が興味を持ったので、友人になったレビリスが案内してくれる』っていう筋書きだ。
ただ、その一帯はフォーフェンの破邪たちにとっては主要な仕事場でもある訳で、誤解を生まないためにも今後の予定を寄り合い所に一言告げておいた方がいいだろうってことになった。
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寄り合い所の扉を開けてパルミュナと二人で中を覗き込むと、レビリスと向かい合って座り、テーブル上の書類らしきものに顔を埋めていたウェインスさんがこちらを向いて、パッと破顔した。
「おおっ、クライスさん! ようこそ、ようこそ。今回は本当にありがとうございました!」
その向こうでレビリスが少しだけ疲れた顔でニヤついている。
朝からずっとウェインスさんに情報を搾り取られっぱなしなんだろう。
ウェインスさんは俺たちに椅子を勧めると、そのまま席を立って、お茶の用意をしに行く。
俺とパルミュナが勧められるままに椅子に腰掛けると、今日もまた周囲にたむろっていた数人の破邪がレビリスよりも先に声をかけてきた。
「いや、驚いたよ! こんなに早く解決して貰えるなんてさ!」
「凄いよね、エドヴァルの破邪って」
「全くだよ。俺たちが何度足を運んでも、これまで何一つ見つけられなかったんだぜ? それをたった一日で原因突き止めて解決するなんて、凄すぎるぜ!」
「それにしても、急にレビリスと一緒に戻ってきたから驚いたよ」
みんな口々に、旧街道の化け物騒ぎの原因を突き止めて解消したことを褒め称えてくれるので、ちょっとこそばゆいくらいだ。
「やっぱ、俺たちって探し方がぬるかったのかな...結局、麦角なんて欠片も無かった訳だしさ?」
一人だけ的外れなことを言って、周囲から白い目を向けられた奴もいたけど、もう、これは彼の芸風だとしか思えないな。
俺とパルミュナにお茶を持ってきてくれたウェインスさんが、そこに参戦する。
なんとなく、俺もお茶が好きになってきた気がするよ。
「いやあ本当に助かりましたよクライスさん! エイテュール子爵様からのご依頼が出ているというのに、なんの成果も上げられず、そろそろ先方もしびれを切らし始める頃でしょうから、どう報告しようかと頭を悩ませていた所です」
ウェインスさんの言いたいことは、俺も破邪の一人として身に染みて分かる。
討伐に成功したでも失敗したでも、結果が報告できるなら向こうも納得するし、失敗しても生きて帰っていれば自分の糧になったと思える。
でも『よく分かりませんでした』とか『行ってみたけどなにも見つけられませんでした』って言わなきゃいけないのが一番辛いんだ。
本当にもう何もいなかったのか、討伐依頼が出たこと自体が間違いだったのか、それとも自分が間抜けで見つけられなかっただけなのか・・・
それが分からないまま、暗澹たる思いで過ごすのが一番精神的に参るからな。
「運が良かったと思いますよ。それに、あれを見つけられたのはレビリスが一緒に来てくれたからです」
「いやいやそれは無い。ライノが一緒じゃなきゃあ、あんなところ、みんな通り過ぎてたさ」
慌ててレビリスが否定する。
まあ勇者だ精霊だのは表沙汰に出来ないから、そこはフワッとごまかすしか無いよな。
「草木に囲まれていた地下への入り口を見つけられたんでしたな?」
ウェインスさんの質問にレビリスが口を挟まない所を見ると、その説明で大丈夫だろう。
「ええ、そうです。いまはもう誰が行っても見つけられると思いますが」
「周りの草は刈っといたから大丈夫さ。場所はさっき略図に書いた通りだから、そこの壁に沿って進めば、地下の魔法陣までまっすぐに行けるよ」
そりゃあ討伐報酬も出す以上は、破邪なのか地元の騎士団なのか、誰かが行って魔法陣があったと言うことを確認する必要はあるだろうな。
ただ、その魔法陣の役目が何か、までを読み取ることはもう出来ないだろうけど。
「なんにしても助かりましたよ。クライスさんには本当に感謝してますとも!」
しばらく、ガルシリス城の調査と旧街道の話で盛り上がった後、ウェインスさんが、俺の明日からの行動について触れた。
「ところでクライスさん、タウンド氏によれば、明日からリンスワルド伯爵家の養魚場と岩塩採掘場を見学に行かれるとか?」
「ええ。俺のいたエドヴァルじゃあ、塩はほとんどミレーナ産の海塩だったんで、岩の間から塩の塊が出てくるなんて凄い場所、実際に一度見てみたいなって思いましてね?」
「いやいや、そのお気持ちはよく分かりますよ。岩塩は土地によって出る所と出ない所がハッキリ分かれていて、出ない国の人は一生目にすることが無いとも聞きますからな」
「そうらしいですね。ミルシュラントに他にも岩塩の採掘場があるのかどうか知りませんが、まあ、王都に行く途中の寄り道ですむなら、丁度いい機会なので覗いてみようと」
「うーん...そうすると、やっぱりクライスさんは、その後、フォーフェンにお戻りになるつもりはありませんか?」
「え、どうしてですか?」
「いやあ、昨今はあちらこちらで魔獣も増えてきているようですし、もしもクライスさんに、今後はフォーフェンを根城に活動して貰えるようであれば、実に心強いなと思いましてね...」
「うんうん、そうだよな!」
「ああ、是非お願いしたいね!」
他の破邪衆もそこに乗っかってきた。
「ああ、ウォーベアとか言われちゃうとさすがに俺たちじゃなあ...」
まだ言うか!
本音をこぼす芸風は、自分も切り裂く諸刃の剣だぞ?
「ありがとうございます。みなさんにそう言って頂けるのはとても嬉しいんですけど、まずは妹と一緒に王都まで行かないことには、今後の予定も立てようが無い状態ですから」
「そうですか...それは大変残念ですが、仕方ありませんな。ところで、依頼料は出せないのですが、養魚場と岩塩採掘場の見学を正規の依頼扱いにしておきましょうか? そうですね...魔獣や魔物の状況調査とか、濁った魔力の気配がないか検分するとか、理由はいくらでも立ちますから」
「いいんですか?!」
「ええ、お礼も込めて、せめてそのくらいはさせて頂きます。報告はタウンド氏から貰いますから、クライスさんは見たい所を見た後は、そのまま旅立たれて構いません」
「それは助かります! いや、本当にありがとうございます!」
いくらレビリスが一緒でも、余所の国から来た破邪が、用も無いのに領地の大事な施設をウロウロしているのは外聞が良くない。
そこに調査依頼という大義名分があれば、採掘所の施設を借りたりすることがあっても、あまり遠慮しなくて済むし、どこでも正々堂々と見学が出来るから百人力だ。
これって、とても自分からじゃあ厚かましくて頼めない話だよ。
ありがとうウェインスさん!
「ところで、最終的には王都にお住まいになるご予定ですか?」
「おそらくは。一応、親戚が残してくれた家が王都の郊外にあって、そこを相続して妹と住む予定なんですよ。ただ、実際にどうなるかは、仕事も含めて行ってみないと分からない部分もありますけどね」
「なるほど...まあ確かにキュリス・サングリアはいいところですな。私も結局フォーフェンまで流れてきましたが、あのまま王都に居着いた可能性もあったと思いますね」
「そうだったんですか?」
「ええ。王都は周辺にも沢山の街や集落、農地が広がっているので、ちょっとした討伐などの仕事には事欠きません。あと、その良し悪しは別として、大きな街の裏側に濁った魔力が溜まると、その澱みから魔物が出てしまうこともありますからな。あの手の討伐依頼は田舎や小さな街には無いものです」
「ああ...純粋に、沢山の人の悪心が重なって生み出した思念の魔物、という奴ですか?」
「まあ、そういう類いですな。危険な大型魔獣とは逆に山奥には出ない代物です。王都ぐらいの規模の街になると、ちょくちょく、そういうモノが姿を現すようになってしまいます」
「人が集まることには、良い面も悪い面もあるってことですね」
「そうですな。フォーフェンはまだまだ、そんな規模じゃありませんし、なにより活発で澱んだ所がありませんからね、王都のような心配事が出てくるのは、きっと何十年も先の話でしょうけれど」
「なるほどね...ところでウェインスさんは、王都に行く前はどちらに?」
「私の生まれは北です。北部山岳地帯って呼ばれてるところですよ」
「それって、ミルシュラントとシュバリスマークの国境に跨がっている山岳地帯ですね?」
「ええ、あそこは険しい山地で利用価値もないので、実は国境の位置もハッキリしてないそうですがね。どちらの国も、それで困ることも無いから気にしてないんでしょうな。まあ、それぐらい田舎です」
「私も、話にしか聞いたことが無いですから、どんな場所なのか想像も付かないですよ」
「ミルシュラントの人にとっては、シュバリスマークってところは山の向こう、それも普通なら直接は行けず、エストフカ王国を通らないと辿り着けないところです。ほとんどの公国民にとって、存在だけは知っていても、一生縁の無い国でしょうな」
「ん? するとウェインスさんはミルシュラント側じゃなくて、シュバリスマークのご出身なんですか?」
「ええ、そうですよ」
「そうですか! シュバリスマーク出身という人に実際に会ったのは初めてです」
「それは無理も無いですな。相当に活動的な商人でも、シュバリスマークからエドヴァルまでは行かないでしょう。遍歴破邪でも、そうそういないと思いますよ。私は一人で山を抜けてきたので最短コースでしたが」
「え? あそこの大山脈を越えて北部を通り抜けてきたんですか?」
「なあに、当時は私も若くて現役の破邪でしたからね。一人で山を抜ける程度は問題ありません」
ウェインスさんは簡単にそう言い切ったが、北部山岳地帯って言うのは、ただ森深いだけで無く、険しい山々がそびえ立つ大山脈がその中心を走っている。
そもそも道なんか無いはずだし、山と山の間の一番低いところで峠を越えようとしても、真夏でさえ雪と氷の残っているような高所を何時間も進み、時には岩壁をよじ登らなければ抜けることが出来ないと聞いている。
もちろん危険な魔獣がどこに潜んでいるかも分からない場所だ。
若い時とは言え、そこを一人で抜けてきたのか・・・
ちょっと、いやかなり。
ウェインスさんって凄い人だった!