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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第二部:伯爵と魔獣の森
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塩漬け肉の塩茹で肉


リンスワルド家のことで話し込んでいると、二皿の塩茹で豚と焼き魚が運ばれてきた。


こう・・・豚肉の仕上がりと、魚の焼き上がりと、ぴったり時間を合わせて配膳してくるって、やっぱりこの食堂って凄いよね。

フォーフェンに来た最初の日に、この宿をチョイスしたあの時の自分を褒めてやりたい。


ともかく、塩茹での豚肉って言うのは、思っていたものと全然違っていた。

俺のイメージだと、ベーコンにするような脇腹の肉とかをぶつ切りにして真っ白に茹で上げたものを想像してたんだけど、運ばれてきたのは、骨から剥がして軽くほぐしてある肉で、それが赤い。

いや、火が通って無くて赤いんじゃ無くて、しっかり茹で上がってホカホカと湯気を立てているけど綺麗なピンク色をしてる。


「赤いな」

「こりゃあ赤い」

「赤くておいしそー」

なにを言ってるか分からないかもしれないけどそうなんだ。


そこにたっぷりのマスタードとクレソンが添えられていて、赤みの強い肉と、黄色いマスタードと、鮮やかな緑色のクレソンが、皿の上で絶妙に並んでいて食欲をそそる。


うん、俺が頼んだのは焼き魚の方だけどね。


「わー、このお肉も美味しー!」

さっそく食べ始めたパルミュナが、最初の一口で感嘆の声を上げる。

「ねーねー、ライノも食べてみてー!」

「おおっ、ありがとうな!」

一瞬の躊躇も無くパルミュナのお言葉に甘え、ほぐしてある肉片を一つ皿から貰ってみる。


口に入れて驚いた。

味は確かに「塩茹で肉」なんだけど、どう茹でたらこうなるんだか、見当も付かない。

豚肉なんて、これまでの人生で何回茹でたのか数えられないと思うけど、こういう風味になったことは一度もない気がする。

三人で肉と魚を一心不乱に食べている途中、エールのおかわりを運んできてくれた給仕の娘さんを捕まえて、ダメ元で聞いてみた。


「ねえ、こんな美味しい茹で肉、初めて食べたんだけど、どうやって作るの?」


「ありがとうございます。これは豚の足の肉を塩漬けにしてから茹でてるんですよ。漬ける時に海の塩じゃ無くて、リンスワルドの岩塩を使うことで、こういう色合いの綺麗な肉に茹で上がるんです」


「へー!!! リンスワルドの塩って凄いんだね」


「そうですね。聞くところによると、岩塩は取れた場所によって味とか違うらしくて、でも、リンスワルドの塩はどこでも評判いいらしいですよ?」


「そうなんだ...あ、ところで、何か甘いものってあるかな?」


俺がそう言うと、給仕の娘さんは、ちょっとクスッと笑ってパルミュナの方をチラ見した。


「今日は、干しイチジクのコンポートを焼き込んだ甘パンがありますよ。東の方ではケーキと呼んでるそうですが、生地に卵を入れて焼いたフワッとした柔らかいパンです」


「それーっ! それがいいなー」


予想通りにパルミュナが返事をして、娘さんは先日と同じように苦笑しながら奥へと戻っていった。


「あれ、パルミュナちゃんって甘いもの好きなの?」

「うん、大好きー」

「ああ、でも甘いもの嫌いな女の子なんていないか」

「そーだよー」

「じゃあ、夏にラスティユの村に来るといいさ、プラムが沢山食べられるよ?」

「えー、魅力的かもー」


「お前、王都の屋敷がなんだとか、今度いつこっちに来られるか分からないだとかラキエルたちに言ってたくせに」

「あれはあの時ー」

「まあ、どう考えても夏までここにいる訳は無いだろ? 逆に俺たちが夏に王都からこっちに戻ってくるとしたら、たぶん大事件だぞ?」

「どんなー?」

「うまいエールが飲みたいとか?」

「いいねー!」


まあ、そんな冗談を言ってられる状況というか、本当に、そんなふざけた行動が出来る状況でいられたら幸せなんだが・・・


「ところで話が戻るけどさ、ライノたちは、すぐに養魚場や採掘場の方まで行ってみるつもりかい?」

「そうだなあ...採掘場の方はともかく、まずは養魚場の方は見ておきたいな。採掘場の方はそれしだいで考える感じか...正直、これ以上はフォーフェンの街にいても、美味い飯を食べること以外に用事が無いからな」

それはそれでとても大切で魅力的だと言うことは心に伏せておく。


「そうか...なあ、明日一日、出発を待てないか?」

「えっ、なんで? いや別に急ぐ訳じゃ無いから構わないけど」

「俺も一緒に行ってみようかと思ってさ」

「お? そりゃまたどうして?」


「どこを歩くにしても、フォーフェンの破邪が一緒にいる方が、絶対に話が早いと思うんだ。特に、養魚場や岩塩の採掘場なんて、用事の無い奴が来るような場所じゃ無いからさ、下手をすると怪しい奴扱いされかねない」


「それもそうだな...」


「あのあたりに何度も顔を出してる俺が一緒なら、エドヴァルから来た破邪仲間を案内してるとかなんとか、言い訳もしやすいしね。ライノが勇者だってことをバラせないのなら、あちこち見て回る理由もやっぱり言えないだろ? それに一応言っとくけど、これは俺の勝手な行動だし、ライノに対するお礼の気持ちでもあるから、ぜんぶ自腹でいい」


「それは俺は助かるけど...それでいいのか?」


「本当に気にしないでくれ。ガルシリスの呪いが消えたってだけでも、俺にはライノを手伝う十分な意味があるのさ」


「まだ消えたと決まった訳じゃ無いぞ?」


「そんなことはいいのさ。大事なのは希望が出てきたってことだ。あと、二人のおかげで予想外の討伐報酬も手に入ったからね! まあ、とにかく、ライノが嫌だって言うんじゃ無かったら、俺も一緒に行きたいと思う。で、明日はウェインスさんの報告書を作る手伝いをしなきゃいけないからな。それで一日待って欲しいってことさ」


「分かった。じゃあ俺からも是非頼みたい」

「よし、道案内は任せとけ」

「頼む。ところでそこへ行く道って、どんどん山地に入っていくんだよな?」


山越えする街道の通行量が少なければ、今度こそ、歩きながらの精霊魔法の練習もはかどる・・・はず。


「田舎で人通りは少ないけど、一応は王都まで繋がっている古い街道だ。途中にリンスワルド伯爵のお屋敷があるんだけどさ、その手前で脇道にそれて、ずーっと山に登っていくと採掘場に突き当たる」


「しかし...リンスワルド伯爵って、そんな山奥に住んでるのか?」


「いやいや山の中って言っても、そこは開けた土地だよ? 盆地みたいな感じで、そこがそもそも古い王国時代の城があった場所なのさ。初代伯爵が当時の大公陛下から領地を下賜された時に、そこの城を建て直して居城にしたんだそうだ。何度も行っているけど明るくていい土地だ」


「ふーん、居城はこの近くかと思ってたから意外だ」

「だってさ、フォーフェンって割と新しい街だぜ?」

「ん、言われてみるとそうか」


「キャプラ橋が出来てこの地域が賑わうまでは、東西の大街道から南の平野部はただの荒れ地で、いまみたいに広大な麦畑だの牧場だのが広がっていた訳じゃなかったそうだし、むしろ昔はやまあいの方が豊かでいい場所だったのさ」


「そりゃ、なにもない原野のまっただ中にぽつんと屋敷を建てたりしないよな...」


「そういうことだな。それに、そっちの街道は田舎道だけどさ、伯爵のお屋敷から見れば、いったんフォーフェンに出て南北の本街道を上るよりも、王都には近道なんだってさ」


「じゃあ俺たちには丁度いいかもしれないな。ただ、田舎道ってなると、途中に宿とかあるのか?」


「あんまり多くは無いね。特に採掘場に向かう枝道から先じゃあ関係者はみんな施設に泊まるから、いざとなったら、採掘場関係の施設にお願いして軒を貸して貰う感じかな?」


「うーん、依頼のある破邪として行くならともかく、パルミュナ連れだからなあ...物見遊山みたいな感じに見られると気が引ける。できればパルミュナは宿に寝かせてやりたいんだが...」


「一応、野宿も考えるなら寒さ対策はしっかりやっといた方がいいよ。養魚場はここらと変わらないけどさ、採掘場の方まで上がっていくとすれば、ちゃんとした防寒具を用意しておいた方がいいと思う」

「そうか」

「しつこいようだけど、とにかく寒いからさ」

「冬場の野宿って考えた方がいいかい?」

「エドヴァルの冬がどんな感じか知らないけど、ここの春爛漫って様子からのギャップは酷いかな? 風は冷たいし、真夏でも軽い上着を持っていかないと夜中に後悔する場所だ」


「なるほどな...ちょっと服を足した方が良さそうか」


「ああ、向こうに着いてからじゃ手当てできないからね。最悪は、採掘施設の管理者に頼んで予備の防寒着を売って貰うくらいは出来ると思うけどさ...まあ、パルミュナちゃん向けの服は無いよな」


「分かった。いざ行ってみて装備不足で寒すぎるってのは嫌だからな...じゃあ、明日はレビリスがうんうん報告書をにらんでる間に、俺とパルミュナはのんびり買い物でもしておくか!」


「おーっ!」

「言い方っ!」


三人でベタな戯れ方をしていると、俺たちがおおかた食べ終わったことを見計らって、干しイチジク入りの甘パンっていうお菓子が三つ運ばれてきた。

相変わらず絶妙なタイミングだよ。

もしも俺がこの食堂の持ち主だったら、この娘さんには他の給仕さんの三倍くらい日当を出してもいいね。


甘パンの見た目はこの前のイチゴのタルトと違って地味な感じだ。


一面にびっしりと穴が空いたような黄色い生地の合間に、鈍く茶色がかった干しイチジクのコンポートが、地層の合間の鉱脈のように織り込まれていて、地味なんだけど美しい。

この前のイチゴのタルトが、女の子の髪飾りのような綺麗さだったとすれば、これは実用的な工芸品の美しさだな。


囓ってみると、本当にフワッとした...初めて食べる食感だ。

これってパンなの?!

パルミュナの方を見ると、予想通りに限界まで目を見開いてもぐもぐ口を動かしている。


俺は三種類目のエールのお代わりを運んできてくれた娘さんに、先を見越して甘パンのお代わりもお願いしておいたよ。


そしてレビリス。

明日もここで晩ご飯を食べる大義名分をくれてありがとう。

俺も明日は塩茹で豚を注文するつもりだ。


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