毒の保管方法
「しかし本当に美味しいですな勇者さま。まさか自分たちの船でこんな高級料理が食べられるようになるとは思いもしませんでした」
パーキンス船長がスープを飲み込んで、しみじみと言う。
「いえ、最近は南方大陸から赤サフランの輸入が増えて、昔ほど高価な物では無くなりつつあるそうですよ」
「左様でございますか。以前に食べた時は目の玉が飛び出るかと思う値段でしたが・・・」
「あ、パーキンス船長はブイヤベースを食べたことがあるんですね?」
「ええ、随分と昔のことですが、私とバージル君は別の船でアルティントを訪れておりますからな。その際にブイヤベースを食べた記憶があります」
「そうでしたか」
「薄れ掛けていた味の記憶が鮮明に蘇りましたぞ。しかし、さすがはメスナー君だ。有り難くもラクロワ家の料理長殿からレシピを頂戴したとは言え、すぐに、この味を仕上げてきたのはさすがだと思う」
パーキンス船長がそう言うと、メスナーさんが照れて恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いえ船長、ちゃんとした詳しいレシピがありましたし、なにより素材が良いからでさぁな。ここの綺麗な海で獲ったばかりの魚を使ってちゃあ、マズいモノなんか出したくても出せませんさ」
「謙遜しなくていいですよメスナーさん。ホントに、昨夜ラクロワ家で頂いたものと遜色ありません。例えレシピがあったって、俺たちが作ったんじゃ絶対にこうは行きませんからね!」
本当に無意識にと言うか、まったく含むところも無く、つい『俺が』じゃなくて『俺たちが』と言ってしまったんだけど、その瞬間、俺は向かいに座っていたシンシアがフッと目を逸らした事に気が付いたのだった。
だって・・・料理なんか作るわけも無いアプレイスと、作る必要が無いマリタンと、作らせるわけにも行かないパルレアに囲まれてたんだもん。
ウッカリそこにシンシアを混ぜてしまったのは失敗だったけど他意は無いぞ?
確かにシンシアは以前、シチューの作り方について述べた最後に『だそうです』と伝聞形で説明を締めくくったタイプではあるが、伯爵家の令嬢なんだから仕方の無いことだと思ってるし・・・
でも、重ね重ねゴメンなシンシア。
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予想以上に美味しい仕上がりを見せていたブイヤベースをセイリオス号の皆と一緒に堪能して満足した夕食の後、早速、疫病と王位簒奪に関する調査依頼の手紙を持ってラクロワ邸に転移してみる。
不可視状態で屋敷内をこっそりと移動し・・・って、まるで泥棒のようだよ、俺も古代人の生活をとやかく言えないな・・・密かにスライの部屋を訪れてみたが、やはり自室にはいなかった。
したためておいた手紙を扉の下に差し込んでヒップ島に戻り、さっき思いついた『ヒュドラの入手経路』についての意見をみんなに聞いてみることにする。
俺が自分の考えを説明すると、シンシアが少し悩ましげな表情を見せた。
「第三の経路ですか...御兄様の仰ることも分かります。ただ、幾つか難しそうなポイントがあると思うんです」
「例えば?」
「まず、ルイゾン・バシュラール氏が開発する前には『凍結ガラス』が存在していなかったはずです」
「そうだな」
「強力な武器や魔法でヒュドラの首を断ち切ることが出来たとしても、それをどうやって持ち帰ったのかと言うのが謎ですよね?」
「運搬方法...と言うより保管法か。そのままだと首が再生しちゃうもんな」
「ええ。それに凍結ガラスなしでは、保護魔法だけで三千年もヒュドラの毒を保存するのは難しそうです。太陽光に晒されていれば分解されると言うのは、それだけデリケートな物質だと言うことですからね」
「そうだな。ただ、『中心部以外の首』なら再生を停められた可能性もあると思うんだ。再生しないなら普通の容器に入れても問題ないはずだろ?」
「ええ」
「触れただけで死に至る猛毒だと言っても、最初からガス状じゃなくて液体とかだったなら触らずに回収する方法は色々あると思うし、古代ではガスを防ぐ魔法なんかも使えたかもしれない」
「それはそうですね」
「で、回収した毒の保管の方だけど、もし『光』に当てさえしなければ大丈夫なら、真っ黒な壺とかガラス瓶に入れておくとかでもイケるんじゃ無いかな?」
「うーん、さすがに三千年は危うい気もしますけれど、有り得なくはないです」
だけどシンシアの口ぶりからは、かなり可能性が低そうだというニュアンスを感じた。
光に晒されることで毒性を失うのは、それだけ脆い物質だからだ、という判断に間違いはないだろう。
確かに、石や金属のような堅い物体と違って、生き物や魔物の身体から取り出した液体がすぐに変質するのは経験的にも納得できる。
毒としての強力さと、物質としての堅牢さには関係が無いもんな・・・
俺が黙り込むと、代わりにそれまで黙っていたアプレイスがぽつりと呟いた。
「なあシンシア殿、その『凍結ガラスを使わずに三千年』って前提に拘らなくて良いんじゃ無いか?」
「え? 凍結ガラスが無くても保管できるはずだって言うことですか?」
「いや、そうじゃなくて...確かに古代の世界で、ルイゾン以前にヒュドラの首を落としたヤツは凍結ガラスを使えなかった。だから『中心の首』にはお手上げだったし討伐も出来なかったろうさ」
「ですよね?」
「でもライノが言うように、他の首を落として、その毒液を黒いガラスの壺にでも入れて持ち帰ったとすれば、一時的にでもバシュラール家以外の元にヒュドラの毒があったことになるだろ」
「それは確かに...」
「その後、ルイゾンが作った凍結ガラスはイークリプシャンの社会で広く普及したんだぜ? それが無いと暮らしが立ち行かないくらいにな。だったら、誰でも後から凍結ガラスの容器を入手して、手元にあったヒュドラの毒を途中で移し替えておくくらいは造作も無いだろ?」
「あ、確かにそうですよね! 黒いガラス瓶でも数年とか数十年を保管できていれば、ダメになる前に凍結ガラスの容器に移し替えて、そこからの三千年は乗り越えられます!」
「そうかアプレイス! 鋭いな!」
そうだよ・・・毒が変質してダメになる前に、普及している凍結ガラスの容器に移し替えれば、バシュラール家以外でも保管を続けられたはずだ。
なんの証拠もない推測だけど、最初のヒュドラ討伐の試みと、ルイゾン・バシュラールによる凍結ガラスの開発にそれほどの時間差が無かったとすれば・・・せいぜい数十年とか・・・毒の移し替えが間に合ったかもしれない。
「そうなると、それがエルスカインか誰かは分かりませんが、密かに保存していたヒュドラの毒を組み込んで、辺り一面の人々を見境無く殺戮する魔導兵器を造った者がいる、というコトですね?」
「なあシンシア、もしそれを作ったのが『エルスカインやイークリプシャン王家以外』の存在だったとすれば、俺はまたまた憂鬱な気分になりそうだよ」
「私もです...」
「だけどライノ、俺はそれもエルスカインの一派だったような気がするね。少なくともアレをルリオンに設置して、初代サラサス王家に引き渡したヤツは」
「なぜだいアプレイス?」
「イークリプシャン王家自身が『獅子の咆哮』を作ってたとすれば、間違いなく使ってたと思うぜ? それに当時の対抗勢力だって、火山を吹き飛ばす代わりに使ってた気がする...まあ、使いどころは考えて無差別殺戮はしなかったかもだけどな?」
「そうであって欲しいよ」
「後日、エルスカインがヒュドラの毒を手に入れて、そいつで作った殺戮兵器をサラサス建国時の王家側勢力...マディアルグ家だっけか、そいつらに渡したって言うなら辻褄は合うだろ?」
「そうだとして、なんでエルスカインは『獅子の咆哮』をわざわざマディアルグ家に与えたのかな?」
「そりゃ実験だろうな」
「実験って?」
「兵器として上手く動かせるかどうか。毒の強さは、どの位の範囲でどの程度の人数が死ぬか...そんなコトを確認するためじゃねえか? エルスカインは、日に晒されて時間が経てばヒュドラの毒が消える事を知ってるだろうから、後で回収するのも問題ないだろ」
アプレイスの言葉に背筋がゾワッとした。
吐き気がしそうだ。
シンシアの表情にも深い怒りが浮かぶ。
パルレアは・・・お面のように表情が消えている。
コレはもう、怒りや不快感を通り越してるって感じだな。
作った兵器の効果を確かめるために、無関係な人達を何千人も犠牲にするとか・・・
確かにエルスカインならやるだろう。
いや、やると確信できる。
『人として』なんて言葉は、エルスカインの前では塵ほどの価値も持たないのだから。




