ヒップ島でブイヤベース
『獅子の咆哮』から生み出される『吐息』とは、やはりヒュドラの毒なのか?
これに関してはシンシアもマリタンも、可能性が高いとしながらも判断を保留している。
ドゥアルテ卿の『記録』と会話した様子では流出を把握していないと思えるし、仮にエルスカインがイークリプシャン王家の系譜だと仮定しても、ヒュドラに関する全てを厳重に保管していたはずのバシュラール家から流出した経緯が分からないからだ。
それに、すでにイークリプシャン王家側も持ってたのだったら、しつこくヴィオデボラを狙う必要もなかったような気がするし・・・
それとも、バシュラール家とイークリプシャン王家以外にも、ヒュドラの毒を入手できた勢力があったのだろうか?
まあ、三千年前に何があったか誰にも分からないからな。
ただ、さっきみんなと話している時は思い浮かばなかったのだけど、俺はスライに手紙を送った後で、ドゥアルテ卿が言っていたことを一つ思い出した。
彼は『迂闊に破壊すると飛散した肉片から新たなヒュドラが生まれる可能性もあり、また焼却することも出来なかった』と、言っていた。
その知識を前提に、ドゥアルテ卿の先祖であるルイゾン・バシュラールはヒュドラを魔道具の麻酔酒で麻痺させて凍結ガラスの容器に封じ込めたのだ。
つまり、焼却を試して出来なかったという『実績』があったわけで、ドラゴンにも焼けなかったし、強烈な魔法で粉々に吹き飛ばすような攻撃にも踏み切れなかったって言うことだろう。
まあ『肉片から新たなヒュドラが生まれる』って言うのが誰かの実体験なのか、単なる伝承なのかは分からないけどね・・・気軽に試せることでは無かっただろうし、少なくとも中心の首が再生するところは俺たちも見ているのだから、事実である可能性は高い。
ただし、『伝承通りに中心の首_だけ_は再生が止まらず焼却も出来なかった』と言ってたってことは、逆に中心以外の首は再生を停められたか、焼却できたという事も意味している。
そうするとルイゾン・バシュラールによるヒュドラ討伐の前に、誰かがそうして手に入れたヒュドラの首か毒を保管していたって可能性は無いだろうか?
それをエルスカインがどこかの遺跡から発掘して入手し、マディアルグ家に貸し渡したとか?
それにしても・・・仮に自爆兵器では無いにしても、大将首を取りに来た敵を本陣に誘い込んで、逆に猛毒で皆殺しにするとか凄まじい戦略だよ。
もはや『肉を切らせて骨を断つ』どころじゃ無い、禍々しさを感じるぞ?
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そのままセイリオス号の部屋でヒュドラのことを悶々と考えていると、シンシアが呼びに来てくれた。
「御兄様、夕食の用意が出来たとメスナーさんが」
「有り難う。じゃあ一緒に行こう」
辺りはすっかり暮れなずんできているけれど、簡易ドックに船を上げて以来、周辺の環境整備が加速度的に進んでいるし、主要なポイントには魔石ランプの明かりが煌々と輝いているから夜でも不便は無い。
俺たちは高純度魔石の保有量に関しては、そこらの国家を超えてるレベルだから、これくらいの贅沢は許して貰おう。
それにシンシアの魔導技術も、そこらの王宮魔道士団全員をたった一人で足下にすら寄せ付かせないレベルだ。
セイリオス号と浜辺全体を照らしている魔石ランプも、凄く明るいのに眩しいでもなく、ふわっと空間全体を明るくしているのが、どういう理屈というか魔法なのか俺にはさっぱり分からないよ・・・
ともかくシンシアと一緒に浜辺の『簡易食堂』に向かうと、良い匂いが辺りに立ちこめていた。
これまでセイリオス号の食事では嗅いだことの無い香り、そして、昨夜のラクロワ家の晩餐で初めて知った香りだ。
「おおっ、早速メスナーさんが赤サフランを使ってくれたのか!」
「はい。御兄様が出発した後すぐにお渡ししたのですけれど、それ以来ずっとこの香りが浜辺に漂っていましたね」
きっとメスナーさんは一日中、赤サフランを使ったブイヤベースの試作を繰り返していたに違い無い。
そして夕食に呼ばれて、その香りが立ちこめていると言うことはブイヤベースが出てくるに違いない・・・楽しみだ。
「メスナーさんの指示で、数人の方がボートを出して魚を沢山獲ってきたと仰っていました」
「さすがに人数分の魚を釣るのは大変だったろうな」
「いえ、船には魚網を何種類か積んであるそうで、それを使ったと。あと、磯で貝の類いも採ってきたそうですよ」
「そりゃいいね」
簡易食堂のテーブルに着くと、さっそくメスナーさんが俺たちの所にやって来る。
「お帰りなせえませ勇者さま! いやぁ今日はホントにいいもんを船の台所に頂戴してありがとうごぜえます。早速レシピに合わせて使わせて頂きやしたよ! あと、油とか卵とかも」
「喜んで貰えて良かったですよメスナーさん。昨夜、友人の家で御馳走になったのが素晴らしく美味しかったんで、魚が好きな人ならきっと気に入るだろうと思いましてね」
「私は船乗りの方々って、もう、お魚を食べ飽きていたりはしないかと心配したのですけど、意外にそういう訳でも無いのですね」
「へぇ、シンシアさま。船乗りも船が海を走ってる最中は新鮮な魚を口に出来る機会は滅多にねぇもんですんで、干物じゃねえ魚を口にするのは陸に近寄った時だけです。で、港に着きゃあ、みんなまずは新鮮な肉と野菜を食いに行くんで、思いのほか魚を食べることは少ないモンですなぁ!」
「なるほど...まずは新鮮な肉と野菜って、その気持ちは分かりますね」
俺とシンシアが二人でドラゴンを探しに行っている最中、アスワンの屋敷に残っていたみんなも塩漬け肉の類いや保存食で凌いでいたけど、だからと言って近くの森を流れる川まで魚釣りに行ったなんて話は聞かなかった。
魚の大好きなアサムやリリアちゃんとか、地元で魚の養殖をやっているレビリスやリンスワルド家の面々以外は、普通それほど魚に思い入れが無いらしい。
やっぱり肉か。
パルレアも以前のパルミュナも、どっちかと言うと肉派だよなあ・・・
「さぁ、どうぞ勇者さま! 見様見真似で作ったもんですから味の方は自信ありませんが、食べてみてください!」
そう言ってメスナーさんが、魚介類がたっぷり入ったオレンジ色のスープを装ってくれる。
ちゃんと白いアイヨリソースも付いてきてるし、薄切りパンだってある。
しかも常備食の堅パンじゃなくて、普通に焼いたパンだ。
今日のメスナーさん、張り切って大忙しだったろうな。
「ああ、美味しい!」
一口食べたら声が出た。
シンシアとパルレアもニコニコ顔だね。
「な、な、美味しいだろ?!」
まるで自分が創作したか発見した料理でもあるかのように、みんなに同意を求めてしまった。
「美味しいですね、御兄様!」
「さいこーっ!」
「うん、これはアレだなライノ。『銀の梟亭』の料理にも負けてないと思うぞ?」
「だよなー!」
「ああっ、しまった!」
「どうしたんですか御兄様っ?!」
「ラクロワ家で飲んだのと同じワインを買っておこうと思ったのを忘れてたんだよ! あの白ワインはブイヤベースに滅茶苦茶マッチする味だったんだ...」
俺がそう言うと、少し腰を浮かしかけていたシンシアが座り直した。
驚かせてゴメン。
「白ワインですか? ミルシュラントでは少ないですよね」
「そう言えばそうだな」
伯爵家では色々なワインを御馳走になってたけど、ほぼ赤いワインだったように思う。
濃さというか味や色合いは様々だったけど、透明なワインが出てきた記憶は無いかも・・・なんでだろ?
「大戦争以降のミルシュラントではエールの方が一般的でしたからね。ワイン生産がまた広がってきたのはここ百年ぐらいだそうですよ?」
「そうだったのか」
「ですが、前にお母様も『今後は白ワインや甘口のワインにも手を広げ行きたい』と仰っていましたから、徐々に普及していくと思います」
「うん、魚料理には白ワインが一番だってヴァレリアン卿も言ってたし、折を見て仕入れておこうと思ってたんだけど選び方とか聞かずじまいだったからね。いやあ失敗しっぱい」
「御兄様、それはまた次の機会にでも」
「えー! いまから買いに行こうよ、お兄ちゃん!」
「あのなあ...」
「もう街中の商人は店仕舞いしてますよ御姉様。それに宿屋の食堂で良いワインを手に入れるのは難しいでしょう?」
「そっかー...」
「まあパルレア、スライの話によると王都ルリオンはワインの名産地だそうだから、この先も仕入れる機会はあると思うぞ?」
ワインの名産地って言葉を聞いてパルレアの目がキラリ・・・もとい『ギラリ』と光ったような気もするけど、ここは気が付かないフリをしておこう。




