Part-1:岩塩の出る山へ 〜 三人で相談
( 第二部:伯爵と魔獣の森 )
旧街道問題の解決祝いと言うことで、今日の夕食にはレビリスも来てくれる予定だ。
帰りにパストの街でもう一度食べた麦粥と串焼き肉も美味しかったけど、やっぱり俺とパルミュナにとっては、フォーフェンと言えばここの料理とエールだよな。
とりあえず宿屋で部屋を確保し、荷物を降ろしてしばらく寛ぐ。
フォーフェンについた時間が早かったおかげで、夕食時まではまだ少々の時間があるし、レビリスも一度、自分の寝床に戻って荷物を置いてくると言っていたので、合流するまでしばらく掛かるだろう。
宿屋の使用人から桶に入った湯を貰い、とりあえず足でも洗おうとブーツとサンダルを脱ぐ。
まあ、水は俺にも出せるし、いまではパルミュナが自由自在にお湯を温めてくれるけど、宿屋でお湯を貰わないと肝心の『桶』が無いんだよな・・・
鍋くらいならともかく、さすがに桶まで持ち歩く訳にはいかないし、そんな面倒をするくらいなら浄化魔法だけで我慢するって話だ。
「あ、パルミュナ。先にお前が足を洗えよ?」
「ありがとー。あ、そーだ。せっかくだから着替えよー」
「え、古い服はあの店で引き取って貰っただろ?」
「新しく買った肌着のほう。そっちは店で着替えなかったから、あのままずっと荷物に入れてたのー」
「ああ、そうだったのか。分かった。じゃあちょっと外に出てるな」
「え? ここにいていいよー」
「えっと、肌着を着替えるってのは裸になるってことだろう?」
「見るのが恥ずかしいなら目を瞑ってればいいじゃん。だいたい、ライノは前にもアタシの裸は見てるでしょー?」
「あの『魅了?』は、また今回とは別口だろうが」
「なんで『魅了』が疑問形っぽいのさーっ!!」
「まあサイズも違うし、そもそもちゃんと知り合う前だからな」
「中身はおんなじだもーん」
「ガワと状況が違うのが問題なんだよ」
「そーかなー?」
「ん、待てよ? お前日頃は肌着とか浄化してるだろ? て言うか、考えてみれば買い物した時って、箱から出てきて、まだ十日ぐらいだったじゃないか、なんで新しいの買う必要があったんだよ?」
「絹で着心地いいってお勧めされたのが、可愛かったからー!」
絹・・・!
確かに『なんでも買っていい』って言ったよ?
間違いなく言いました。
人前で肌着関係を振り回すのを止めさせるために!
あの店員め、俺がパルミュナの言いなりだと、ちゃんと把握してやがった。
あー、でも、差し引きを考えると、それまで着ていた服の引き取りも、結構高く買い取ってくれてるな・・・まあ、この世に出てきてから大して着られてない服だけどさ。
「あー、もう...とりあえず外に出る!」
「えーっ」
なんか言ってるパルミュナの方は見ずに、脱いでいたブーツを手に持って急いで部屋を出た。
こうやってたまに揶揄ってくることさえ無ければ、パルミュナは本当に可愛いくて頼りになる妹なんだけどな。
うん、いま脳内でパルミュナのことをナチュラルに『妹』と形容していた自分に驚いたよ・・・
まあいいけど。
ブーツを履き直して宿から出ると、空には微かに赤みがさし始め、仕事仕舞いの人たちが急ぎ足で通りを行き交っている。
考えてみると、完全に一人きりで外に出たのも久しぶりだ。
丁度いい機会だと思ったので、花壇の囲いの石組みに腰掛けて、少し考えに耽ってみる。
気になるのは、エルスカイン?が最後に言っていた『各地に魔法陣を設置して、奔流から吸い上げた魔力をその網の目に魔力を溜める』というニュアンスの台詞だ。
もちろん、それについてはガルシリス城からフォーフェンに戻る途中でもパルミュナと相談したんだけど、結論としては魔力の奔流が乱れて来ていることと『関係ないとは言えないけどねー・・・』という感じだった。
あの城に吹き出ていたぐらいの濁った魔力は、本当にあちらこちらにあるらしく、むしろ、それがすべてエルスカインの仕業だとは考えにくいとも言っている。
パルミュナ曰く、奔流の乱れが顕著になり始めたのは、ちょうど大戦争の頃からだからタイミング的には前後しているけれど、どちらが原因でどちらが結果なのかは、もっと色々なことを知らなければ因果関係が分からない、のだそうだ。
つまり、逆に魔力の奔流が乱れ始めたことを知って、エルスカインたちが、それを利用するための魔法陣を開発したのかもしれないと。
そう言われてみると、それの方がスッキリして正しいような気もするな・・・
アホな大精霊とか言ってすまない。
まあ、アレは本当に言葉のアヤで、実際にそう思っていた訳じゃ無いけどね。
それにしても・・・だ。
もし、二百年前のガルシリス辺境伯の叛乱計画が・・・
あの、ちょっと考えてみれば穴だらけで到底上手くはいかなさそうな計画が・・・
もし、エルスカインの企み通りだったとすれば、それは『本当なら上手くいくはずだった』ということになる。
そして叛乱伯もただの馬鹿だった訳では無く、居城を戻したことやリンスワルド伯爵への恫喝さえも、周囲にどう見られるかを分かった上で茶番を進めていた可能性が高い。
もしも、計画の核心を知らされていなかった甥っ子が、それを分からずに失敗すると思って伯父を裏切ったのだったら、それはそれで無理もない結果だという気もするがな・・・
つらつらと考えていると、どうしても、リンスワルド伯爵領というか、伯爵の居城があるところに行ってみたくなってきた。
先代の伯爵夫妻が事故に遭ったというのが、どういうことだったのか?
本当にそれにエルスカインが関わっているという根拠を見つけることが出来たら、もう少しなにか分かってくるような気もする。
もちろん、城の中に入るとか伯爵本人に会うとかは絶対に無理でも、現場の雰囲気というか、旧街道沿いで見たような濁った魔力の澱みが、リンスワルド領でもあちこちに同じようにあったりはしないのか、そういうことだけでも確認してみたい。
「おっ、こんなところにいたか!」
急に声をかけられて顔を上げると、目の前にレビリスがニコニコとして立っていた。
「ちょっと考え事をな。レビリスの方は、もう片付けてきたのか?」
「どうせウェインスさんの報告書を手伝うのは明日だし、今日はもうクリアーだから、少し早いけど来てみた」
「そうか、じゃあ時間もまあまあいい頃合いになってるし、これから飯にするか!」
「ああ、それがいい」
「じゃあ、パルミュナは部屋にいるから呼んでくるよ。先に食堂に入って座っててもらえるか?」
「おう、わかった」
パルミュナと一緒に食堂へと降りると、まだ早めの時間だったこともあって、先に食堂に入って貰ったレビリスは、しっかり奥のテーブルを確保していた。
まずはエールだな。
俺とパルミュナは苦い奴、レビリスは味の濃い奴でスタートだ。
エールのツマミはやっぱり腸詰めと塩野菜。
ここの腸詰めと葉野菜って、塩さえあれば無限に食べ続けられそうで怖い。
他の店で出るのとどう違うんだろうなあ・・・
セーブしないと自分の腸が塩漬けになってしまうかもしれん。
羊の煮込みは無かったが、代わりに今日の肉料理は塩茹でした豚肉だと言うことで、パルミュナとレビリスはそれを頼んだ。
焼き魚は定番らしく、今日も定食になっていたので、俺はそれを頼む。
美味い肉は他所でも食べられるけど、バターとフェンネルのソースを仕込んだ鱒の塩焼きは、たぶんフォーフェンでしか食べられ無さそうだからな。
「ところでライノは、これからまた王都へ向かうのか?」
レビリスが腸詰めと葉野菜をまとめて口に入れ、エールで流し込みながら聞いてくる。
レビリスと一緒にフォーフェンに戻ってくるまでの間に、俺とパルミュナのことは、周囲に説明するための設定も含めて色々と話しておいた。
特にレビリスはこの先ラキエルやリンデルを始め、ラスティユの村の人たちとは頻繁に顔を合わせるだろうから、話が食い違っていると良くない。
「ああ、それなんだけどな、ちょうどパルミュナにも相談しようと思ってたところなんだよ」
「なーにー?」
「ちょっと寄り道になっちゃうけど、リンスワルド領を少し見て回りたいんだ」
「ん? それってさ、ひょっとして例の話かい?」
レビリスがドキッとした表情でこっちを見る。
「まあな...それで何が分かるってもんでもないし、ただの遠回りになるだけって気もするんだけどな。自分の納得感って感じだ」
「いいよー。王都の方は別に期限がある訳じゃないしさー。ライノは勇者なんだから、やりたいようにやればいーんだよ!」
パルミュナが平気で『勇者』とか言ってるので、レビリスも、俺たちの会話が外には漏れないってことを思い出したらしい。
こんどは固有名詞を会話に混ぜてくる。
「まあ、伯爵夫妻の事故から二年も経つしな...普通なら見て分かるようなものが事故現場に残っているとは思えないけどさ、ライノとパルミュナちゃんの精霊の目だったら気づくことがあるかもしれないな」
「その事故現場ってどの辺りだか、大体でも分かるかい?」
「ああ、俺も依頼で行ったことがあるよ。あそこはまあ、場所はわるくないんだけどね...」