Part-1:獅子の咆哮 〜 アルティントの朝
俺とスライの乗る馬車はアルティントの街中をのんびりと抜けていく。
昨日、この道を逆向きに走った時は午後だったが、朝の港付近には市が立ち、昨日以上に活気に満ちていた。
漁師町でなくても、やっぱり港って言うのは朝が活動のピークなんだな・・・
「そうだ、忘れない内にコレをライノに渡しておこう」
そう言ってスライが布包みを取り出した。
「それは?」
「昨夜ライノに頼まれたもの。昨夜のうちにアランが家に人をやって倉庫から取り寄せてくれたぜ」
「あっ、じゃあ?」
「赤サフランだ。無くなったら渡すからいつでも言ってくれってよ。赤サフランは秋に花が咲いて雌しべを収穫するから、丁度いまが仕入れ時なんだそうだ」
「有り難い...」
「それ、ライノが自分で料理するのか?」
「自分で料理が出来ればいいんだけどまだ無理だな。いずれ、ちゃんと料理の修業をしたいとは思ってるんだけどね。でもセイリオス号の調理人...メスナーさんって言うんだけど、なかなか腕の立つ人でね。彼に渡せば美味しく活用してくれると思う」
「なるほどね。じゃあ料理の前に赤サフランの雌しべを水に浸して、香りと色を出すのを忘れないように言っといてくれ。あと、このメモも渡しとけ」
「なんだ?」
「昨夜のブイヤベースのレシピだ。ラクロワ家の料理長に書いてもらっといた」
「おおぉっ、助かるよスライ!」
「いいってことよ」
思わず御者台の席でガッツポーズを取ってしまった。
これは、うまくいけばセイリオス号でブイヤベースを食せるようになるかもしれない・・・
「ライノ、あそこの屋台で卵を売ってるな。ちょっと大目に買い込んでおけよ」
「なんでだ? スライが弁当に喰いたいのか?」
「阿呆か。さっき渡したレシピに書いてあるけどブイヤベースの魚に付ける白いニンニクソース、アイヨリっつうんだけどな、アレを作んのにはニンニクの他に卵と油がいるんだよ」
「おおっ、そうなのか! じゃあ買っとこう!」
「船の厨房なら油やニンニク、トウガラシなんかは常備してるだろうけど、不安ならついでに買っとけ。作り方はさっきのレシピを見れば分かる」
「了解だスライ!」
スライに馬車を道の端に寄せて停めてもらい、卵や油に香辛料その他諸々、市場で目に付いたものをどどっと買い込む。
船の資材購入のために、シンシアが気を利かせて周辺諸国の各種銀貨を持ってきてくれていたのが地味に有り難い。
買ったものは馬車の中に積み込むふりをして、片っ端から革袋に収納だ。
コレでまた一歩、ブイヤベースの自家製造に近づいたな・・・
「しかし沢山買い込むなあライノ...」
「セイリオス号は食料をたっぷり積み込んでたけど、出来るだけ備蓄に手を出したくないからな。それに香辛料みたいに量は少なくていいけど入手が難しいものは、チャンスがある時に手に入れておきたいんだよ」
「それもそうか...じゃあアランに言って食料品とかを色々と揃えさせておこう。オービニエ造船所から資材を運び出す時に、ついでに生活用品もヒップ島へ持ってけばいいさ」
「それだ!」
「品目は適当にアランに選ばせていいか? 正直、俺も料理や家事の事はよく分からんからな」
「ああ、それで頼むよ」
「了解だ」
「アラン殿によろしく言っといてくれ。それと支払いは金貨で頼む。銀貨は出来るだけ取っときたいからな」
「また金貨かよ!」
この文句は、もちろん冗談だ。
いつぞや俺が馬の仕入れ代金に金貨を渡して、スライに文句を言われた時の事を思い出した。
「金貨分まるっと仕入れて貰って構わないぞ?」
「おおぅ...」
ともかく、アラン殿は南方大陸へ渡った事がある・・・つまり、往復の長い船旅を経験してるってワケで、船の厨房で使える食材がどんな程度かは良く知っているだろう。
それを踏まえて調達してもらえれば有り難い。
さて、朝の市場で思わぬ買い物を済ませてから造船所に到着すると、すでにパーキンス船長とスミスさんも到着していてオービニエ氏と歓談中だった。
昨夜はオービニエ氏の屋敷で晩餐をとりつつ、造船技術のアレコレについて三人で多いに盛り上がったらしい。
みなさん諸々の手配状況が順調で、機嫌が良いね!
そしてこれから事前の打ち合わせ通り、スライが俺の正体をオービニエさんに教える事になっている。
自分で言うのもなんだけど『正体』って表現は、なんだか悪役っぽいよな?
アプレイスの好きな大衆演劇なら、それまで善人のはずだった登場人物が、終幕近くになってから急に主役を裏切って『正体を現す』とか、そんな感じだ。
それに勇者って一時的な役職に過ぎないしなあ・・・
仮に『英雄』っていうのがその人物の『人生を語る称号』だとすれば、『勇者』っていうのは『いま取り組んでいる仕事』という方が近い。
世襲出来る貴族の称号じゃなくて、一代限りの騎士の役職みたいな感じ?
貴族の子供は産まれた時から貴族だけど、騎士や勇者の子供はタダの一般人だもんな!
どうでもいいけど。
そんなくだらない事を考えている俺を尻目に、スライがオービニエさんに改まった調子で話を始めた。
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それから半刻後・・・オービニエさんとの間で『ほぼ予想通り』のやり取りを展開して、無事に転移魔法と革袋の事も彼に教える事が出来た。
これでセイリオス号の改修資材を運搬する上での懸念は、ほぼ無くなったなと言っていいだろう。
当初は『少し離れたところにダミーの倉庫でも借りようか?』なんてスライと話していたのだけど、カモフラージュのための無駄な行き来をしなくて済むようになったのは有り難いよ。
まずは、オービニエさんに工廠の一室を借りて転移門を張らせてもらった。
この部屋は乾ドックのある屋外と、建物内の作業場の両側に向けて扉が付いているので、人目を避けて出入りするのに丁度いい。
早速、パーキンス船長とスミスさんを連れてヒップ島に戻り、みんなに声を掛ける。
渡すものだけ渡したら折り返しでアプレイスと一緒に造船所に戻り、待たせていたスライとルリオンに向かう段取りだ。
「アプレイス、じゃあすまないけど一緒に来てくれ」
「おう、退屈してたからな。そろそろ昼寝以外の事もしたい」
「船の修理が本格的に進んで来たら、アプレイスにしか出来ない事が山ほど出てくるよ」
「まかせろ」
「それとシンシア、これをメスナーさんに渡しといてくれるか?」
そう言ってスライから受け取った赤サフランの布包みとレシピのメモを渡し、ついでに朝市で買い込んだ食材をどどっとその場に積み上げた。
「御兄様、なんですかこれは?」
「ブイヤベースって言う魚のスープって言うかシチューって言うか、それのレシピと材料だ。昨夜スライの実家でご馳走になったんだけど、やたら美味かったから、みんなにも食べてもらおうと思って材料を仕入れてきたんだよ」
「へー、お兄ちゃんったら気が利くー!」
「おう。多分メスナーさんならいい感じにやってくれるだろ」
「確かにセイリオス号の食事はパターンが...その、最近は限られていましたからね」
はっきり『食べ飽きた』と言わないのが、シンシアの奥ゆかしいところだな。
「俺達だけ銀の梟亭から仕入れた料理を食べる訳にも行かないしな...ともかく、これはそのブイヤベースに使う赤サフランってスパイスと、魚に付けるソースの素材なんだ」
「サフランですか?!」
「銀サフランじゃ無いよ。スパイスとして使われてる赤サフランだから、あそこまで高価なものじゃないそうだ」
「わかりました。メスナーさんに一式渡しておきますね」
「メインの材料は海で獲れる魚介類だから、この島ならボートで釣りに出れば幾らでも手に入るだろ?」
「確かに」
「ただ、ブリームとかの川魚は使わないように言っといてくれ。海の魚じゃないと合わないらしいから」
「風味とかですか?」
「だろうな」
「確かに川魚と海の魚は風味が違いますよね。リンスワルド領では海の魚は干したものか塩漬けしか手に入りませんでしたけど」
「塩漬けなら養魚場のも美味しいじゃないか?」
「それはまあ...」
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。戻りがいつになるかはルリオンの遺跡を見て、その様子次第だな。もし俺たちの留守中にセイリオス号の件で必要が出たら、シンシアがパーキンスさん達をアルティントに運んでやってくれ。まだみんなには転移メダルを配らない方がいいと思うから」
「あ、そうですね」
「それと、スライや造船所のオービニエさんと手紙箱でやり取りできるようにラベルを作っておいて貰えないか?」
「承知しました。御兄様もアプレイスさんも、どうか十分にお気を付けて」
これで必須の赤サフランとブイヤベースに必要な素材は渡したからな。
後は頼むぞメスナーさん。




