二百年越しの清算
宿に戻って夕食を作って貰い、三人揃って食べ始めようとしたところで、村長さんから酒とツマミの付け届けがあった。
宿の夕食本体よりも、『どうぞツマミにでも!』と言われて渡された方が質量共に数段豪華だ。
近年の重大懸念事項だった化け物騒ぎを解決できたってことで、嬉しさ一杯な村長さんのお心は、気持ちよく受け取っておこう。
美味しそうだし。
実際、あの廃墟は公式にもこのハートリー村の範囲内にあった訳で、『ガルシリスの呪い』なんて逸話と一緒に化け物騒ぎのことを語られると、さもその原因が自分たちの管理下にあるみたいで居心地悪かっただろうからな。
自分たちはなに一つ悪くないのにね。
俺も仲良くなれたレビリスに対して『勇者と精霊のコンビ』っていう秘密を暴露できたので、喉の奥に引っかかってた小骨が取れたみたいで気持ちいい。
祝杯っていうと少し大袈裟だけど、貸し切り状態の宿の食堂で三人だけの宴。
ただ、今回の件では、実際のところ『エルスカイン』っていう奴らのことは、何一つ明らかになった訳じゃ無い。
何者で、どこにいて、なにを企んでいるのか?
もっと根本的には、そもそも破邪の噂に上っていた『エルスカイン』と呼ばれている存在と同一なのか? もだな。
これは、エルスカインの仕業と噂されていた様々な悪行も含めてだ。
俺たちが死ぬことを前提に面白そうに話してたあの背後の魔法使いは、『各所に置いた魔法陣の網の目に魔力を溜めて、好きなように使える』と言っていた。
これって、単に奔流から魔力を吸い出すだけじゃ無く、それを集めて溜めておけるっていうのがミソだろうな。
しかも、『各所に置いた網の目』って言うことは、アレと同じ魔法陣をあちらこちらに設置してある、という意味でもある。
以前、パルミュナと魔物や精霊を動かす方法について話した時に、パルミュナが『水が低い方へ流れるように』とも言っていた。
だとすると、あのエルスカインの言う『網の目』ってのは、魔法陣を沢山おくことで、井戸とかため池のような役割を果たせるってことなのかもしれない。
謎は多いし、敵の姿もハッキリしないけど、一つ確かなのは『大きな敵がいる』ということが判明したことだ。
もちろんパルミュナとアスワンの考えも後でちゃんと聞いてみる必要があるけれど、俺は『ここ数百年の奔流の乱れ』に、実はエルスカインたちが関わっているんじゃないかと感じている。
ま、いずれにしてもこの土地の人たちには関係ないことか・・・
いまは、化け物騒ぎと『ガルシリスの呪い』が解消して、レビリスの実家もある旧街道地域に、また人の流れが戻ってくるように祈るだけだが。
ドライソーセージと、焼いた魚と、根菜の煮物と、そして塩漬け野菜とをエールで流し込みながら、おれは気になっていたことの一つを、なにげにレビリスに話してみる。
「なあレビリス、前にエイテュール子爵家とリンスワルド伯爵家で旧街道の渡し船を廃して代わりに橋を架けるって計画があったことを話してたろ?」
「ああ、いまんところ中断状態だけどな。あれが実現すれば、この辺りにも、もうちょっと人の流れが戻ってくるとは思うんだけどさ」
「中断になったのは、二年前に先代のリンスワルド伯爵夫妻が事故に遭ってからだって言ってたよな?」
「ああ、そうだ」
「ちょうど、化け物騒ぎが始まりだした頃か?」
レビリスは、口に入れかけた塩漬けの野菜を手に持ったまま、ギョッとしたような表情を見せた。
黙ったままだが、その表情の奥にどんな考えが巻き起こったかは手に取るように分かる。
「かもしれない、って話だけどな?」
「まさか...」
「でも、今日のあの連中ならやりかねない、とも思えるだろ?」
「・・・」
レビリスが黙っているのは肯定の意味だ。
領主様を狙った暗殺計画の話なんて、たとえ噂の類いだとしても、そうそう気軽に口に出していいことじゃない。
そんな話をしているところをうっかり誰かに聞かれたら、あらぬ疑いをかけられて衛士や騎士団に尋問される羽目になっても文句の言えないところだ。
俺は、さっきパルミュナが静音の結界を張ったことを知ってるから平気だけどな。
そもそも余所者だし。
「パルミュナの力で外には聞こえないから、ここでなにを話しても大丈夫だ。で、この地域が賑わいを取り戻したら、あいつらは困ったんじゃ無いかな? 溢れた魔力で実験だのなんだの言ってたし、少なくともやりづらくはなってたと思うよ」
「ああ、そりゃあそうだろうな...それにしても」
「あの時、俺たちに魔法陣を壊されてブチ切れたエルスカインは、『どれだけの手間をこの地に掛けてきたと思ってる!』って言ってたんだぜ?」
「たしかに言ってたな」
「つまりだ、あの魔法陣が使えるだけの魔力の流れが、昔からここの大地にあったってことなんだ。恐らく、最後のガルシリス辺境伯が叛乱を起こそうとした頃にもな?」
レビリスがはっとした表情で顔を上げる。
エルスカインが旧街道地域に固執していた理由や、そもそもの狙いは分からないにしても、大公国の転覆さえ謀ってたのかもしれない奴らだ。
自分たちにとって重要な拠点の邪魔になりそうな伯爵家当主の暗殺ぐらい、屁とも思わないだろう。
「分かるかレビリス? 仮に叛乱伯の三文芝居がエルスカインの筋書き通りだったとすれば、あいつらは国をひっくり返すぐらいのことをやろうとした連中だ。邪魔な存在を排除することに躊躇いなんか欠片も無いぞ?」
貴族を唆したのかどうか知らんが、何百年掛かろうが、自分たちの目的を果たそうとしてるような連中だ。
こいつは、この地域だけの話じゃないし、たぶんミルシュラント公国だけの話でも終わらないだろう。
「まあ、そうは言っても証拠もないし、今となっては過ぎたことだな。それに、この旧街道地域はあいつらに弄ばれすぎた。この二百年、ひょっとしたらもっと前からだ」
「そうだな...」
「なあレビリス。ある意味では、二百年続いた『ガルシリスの呪い』は本当に存在したんだ。でも、それは今日、綺麗さっぱり消えた」
「えっ、そうなのか?!」
「もうレビリスには教えてもいいことだけど、パルミュナには、魔力の流れや澱みが目に見えるんだ」
「見えるって?...」
「気配を感じるとかじゃなくて、形あるモノのように魔力を目で見ることができる。俺はうっすら分かるってぐらいだけど、パルミュナに手を繋いで貰えばハッキリ見える」
「あ! それでよく手を繋いでたのか! 畜生、仲がいいなあってうらやんでたぜ!」
「まあ、種を明かせばそう言うことだ」
「仲がいいのはホントだよー?」
「...とにかくな、パルミュナの力を借りてあの城砦の天辺から見回した時、あちらこちらに濁った魔力が溜まって澱んでいるのが見えたんだ。あの魔法陣とエルスカインの実験だかで、魔力の澱みが不確定に出現と消失を繰り返していたせいだろうな」
「それが、不作って言うか、不安定の原因だったのか?」
「たぶんな。でももう魔法陣は完全に破壊したし、最後にパルミュナがここの地下を通っていた魔力の流れを遠ざけて、二度と悪用されないようにもした。だから、これからは土地の魔力異常が原因の不作や異変は起きにくくなるんじゃ無いかなって思うんだ」
「そうかー、おお、そうかー...そうだったら有り難いな! ホーキン村やこの地域も、これから少しは発展するかもしれない!」
「この地域はまた自由になったんだよ。きっとこれからは、いい方向に向かうさ!」
++++++++++
翌朝、俺たちは宿を出て、来た時のコースをそのまま逆戻りする形でフォーフェンへと向かった。
行きがけは、レビリスが旧街道地域やミルシュラント公国の四方山話をずっと話してくれていた感じだったが、帰り道は、逆に彼の方が俺の外国話を聞きたがった。
それも破邪としての経験談よりも、あちらこちら行った先での名物やら食べ物やらの話の方が食いつきがいい。
特に、その地方ならではの農産物を見つけた話なんかになると、根掘り葉掘り聞きたがるのは、きっと、この旧街道地域を今後発展させるためのヒントを無意識に求めてるんだろうと思ったよ。
地元愛が強いなあ、レビリス。
そういうところはやっぱりエルフの血か?
俺とは全然違うけど。
結局、依頼として引き受けた『旧街道の調査』自体は、予想よりも全然早く終わった訳だし、そのままフォーフェンに戻れば日数のロスも大して無いなって思っていたんだけど、さらに帰り道は、ハートリー村からパストの一つ手前の村まで、あの村長さんが手配してくれた荷馬車に乗って運んで貰うことが出来た。
翌日は、パストの街まで緊張感もなくのんびりと歩いて一泊したけれど、宿で話を聞くと、次の朝ちょうど街道馬車の便があると言うことだったので、それを利用して午後にはフォーフェンの街に到着した。
行きの行程には四日かかったけど、調査に一日、帰りは実質二日半の超特急だ。
まさかウェインスさんも、俺たちがこんなに早く戻ってくるとは想定外だろう。
++++++++++
ビックリした顔で俺たちを迎えたウェインスさんへの説明はほとんどレビリスに任せ、ついでにエイテュール子爵家に出す報告書の記載補助も彼に押しつけた。
ことの顛末の説明は、基本的にあの村長さんへのと同じ。
もちろん、俺とパルミュナの正体は内緒にしてくれるように頼んである。
あまりにもスピード解決だし、もし俺とパルミュナだけだったら、色々と怪しまれるところもあったかもしれないけど、幸いフォーフェンを根城に活動しているレビリスが一緒に来てくれたことで、そこら辺への疑いの目が生じることは一切免れた。
重ね重ね、レビリスが俺たちの後を追って一緒に来てくれたことを感謝するよ。
本来、この依頼はただの『調査』だったはずが『解決』になったと言うことで、急遽、依頼を討伐扱いに昇格させてくれると言うことになり、レビリスの日当と経費と、さらに『元凶だった魔法陣を破壊した』という理由で討伐報酬も満額出るように手続きしてくれた。
その気持ちも嬉しいけど、ぶっちゃけ手元資金的にも有り難い。
そして懐の温かくなった俺とパルミュナは心も軽く、前回と同じ宿屋へ・・・
正確に言うと銀の梟亭の『食堂のご飯と三種類のエール』を目指して、破邪衆寄り合い所を後にしたのだった。