解決の『筋書き』
俺は、レビリスとパルミュナに目で合図してから、村長さんに今回の顛末の『筋書き』を話した。
「実はですね、この奥の部屋には『人を幻惑する魔法陣』が張ってあったんです」
「そうなんですか!」
すみません、本当は嘘です・・・
「ええ、恐らく昔住んでたガルシリス辺境伯が、この城を攻められた時に敵軍を撹乱するためにでも作っておいたんでしょう。結局、公国軍に囲まれた時には、使う暇も無かったようですが」
「それは大昔の叛乱計画のことですな?」
「ええ。ほぼ壊れてましたから、きっと辺境伯を裏切った騎士団長の甥っ子とやらが破壊したんでしょうね」
「ああ、確かにあれはそういう話でしたなあ...」
「ただ、この部屋に地下水と一緒に濁った魔力が入り込んで溜まりでもしたのか、部屋の中に魔力が澱んでいました。きっとそのせいで、最近になって壊れた魔法陣の幻惑が途切れ途切れに発生するようになり、旧街道地域の人たちに、化け物の幻覚を見せていたのでは無いかと思います」
「おおっ、そういう原因で!」
「想像ですけれど、たぶん、それが一番可能性の高い原因だと思いますね」
「だとすると...ひょっとしたら、化け物騒ぎはこれで解決と言うことに?」
「はい。長年かけてここに澱んでいた濁った魔力は、俺たちが水と共にすべて吹き飛ばしましたから、もう、化け物を見る人が出ることは無いと思いますよ。この先、また濁った魔力が溜まることがないように結界も張っておいたので大丈夫です」
「おおおっ、それは、それは有り難いことです! ありがとうございます。 レビリスさんもありがとう! これで、村人たちも安心して生活できます!」
村長さんは、そう言って俺たちに頭を下げた。
嘘の理由を教えたことにはちょっと心が痛むけれど、実際に何があったかを教えても混乱が増すだけだろう。
伝説の魔獣使い『エルスカイン』が実在していて、ここを何らかのよこしまな目的に利用しようとしていたとか・・・
村長さんが意識を乗っ取られて、俺たちを攻撃してきたとか・・・
この村長さんが、あの『魔物のようなもの』を体に埋め込まれて操られていたのがいつからかも分からないし、それを告げられたところで、どうしようもない。
確認する証拠もないし。
「どうやら、この魔法陣は周囲から澱んだ魔力を集めるように作られていたらしくて、術者のいない魔法陣は挙動が不安定で、それで、村人たちがパラパラな時期に、色々な場所で魔獣の幻影を見せられたんでしょう」
「そうなのですか! ...いや、原因がハッキリして良かった。こんな有り難いことはありません!」
「今回の調査は、キャプラ公領地長官からの公式な依頼なので、私たちの方からフォーフェンの破邪衆寄り合い所と騎士団に報告しておきます。ひょっとしたら後日、騎士団か別の破邪がここに現場の確認に来るかもしれませんが、その節はよろしくお願いします」
「むろん承知いたしましたとも! お任せください」
まあ、仮に本当に騎士団の誰かが視察に来たとしても、魔法陣があった、と言うことだけ確認できれば十分だろう。
仮に解読を試みても、俺が大部分を削り取ってしまっているので、正確なところは分からないはずだ。
城跡に隠されていた秘密を見つけ出し、エルスカインの企みを支えていたらしい魔法陣を無事に破壊できたと言うことは、当面、三人の間の秘密にしておきたい。
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その後、俺たちはそのまま村長さんと一緒にハートリー村に戻った。
村長さんは『事件の解決』にやたらと感動していて、俺たちを招いて宴会を開こうという意欲が満々だったが、『村長さんが気絶していた間に澱んでいた魔力の排除をして疲労困憊している』という理由で辞退し、宿に戻ることにした。
宿に向かって三人で歩きながら、残っている疑問を頭の中で整理していると、やっぱりレビリスも同じことを考えていたのか、それについて尋ねてきた。
「なあ、村長はライノの説明で納得していたけどさ、結局、この地域の住人たちがよく分からない化け物を時々見かけてたってのはさ、実際はなんだったんだろうね?」
「うーん、確かにあの魔法陣で実体のある魔獣を召喚できてたけど、村人が見たのはそれとは違うと思うんだ」
「それはどうしてさ?」
「まず、転移魔法で魔獣をどこかから連れてくる為には、あの魔法陣が必要だったはずだ。でなかったら、あの部屋に近づいた俺たちをどこでも襲えたはずだろう?」
「うん、たしかに...しかも、これまでの化け物騒ぎで目撃場所を調査してもさ、魔獣の足跡とかは見つかってないんだよなあ。実体のある魔獣だったらさ、なにか一個ぐらいは痕跡が見つかってもおかしくないと思う」
「そう考えると、住民たちが見たのは実体の無いものだって考える方が素直だ。幻惑魔法か、あるいは魔物的なものなんだろうな」
「やっぱり、あの魔法陣の存在で澱んだ魔力のせいで、あちらこちらで魔物が発生してたってことになるのか?」
「自然発生とは思えないだろう? 村長に取り憑いてた魔物だって独立した存在じゃ無くて、どこかから操られていたものだと思うし」
「そう言えばライノは、操られてた村長に向かって、『あんたの後ろにいる奴が』って風に言ってたけどさ、あれはそういう意味か!」
「ああ、だからあの時に喋ってたのは村長でも、思考や精神を持った魔物でも無くて、あの魔物をどこか遠くから魔法で操ってた『エルスカイン』自身じゃ無いかって思うんだ」
「だとすると『エルスカイン』は、いまもどこかにいるんだよな?」
「もちろんそうなるな。村長に取り憑いてたあの魔物自身がすべての首謀者だって言うのは無理がありすぎるだろう?」
「だよなあ...やっぱり思念の魔物にまともな思考や精神は無い。でも、そんな形のない魔物みたいなものを自由に操って、さらに、そいつを取り憑かせた相手まで操れる、そういう技を持った奴が、どこかにいるってことか」
「ああ、しかも村長は、俺たちが魔法陣をぶっ壊した後でも自由に動いていた。だから、その魔物自体や、取り憑かせた誰かを操るためには魔法陣は必要ない」
「そうなるか...じゃあどこでも魔物を使役できるのか」
「だと思う。あの時、エルスカインは俺たちが死ぬと確信してたから、『色々な実験もしていた』なんてポロッと喋ってただろ? きっと化け物の幻が目撃されてたのは、その実験とやらに関係あるんじゃ無いかな。まあ、それがどんな実験だったのかまではわからないんだけど」
山賊になったおっさんたちも、ワンラの村人が見たブラディウルフも、そういう『実験材料』にされていた可能性は高い。
ひょっとしたら、ラキエルとリンデルを襲ったウォーベアもそうだった可能性はある。
「うーん面倒な相手だなあ...なあライノ、俺が勇者を心配しても始まらないかもしれないけどさ...」
「うん?」
「エルスカインは、あの魔物と村長を通じてライノやパルミュナちゃんの顔を見てる。最後の台詞からしても結構恨まれてる気がするぜ? 気をつけた方がいいと思うな」
それを言うならレビリスも俺と一緒に顔を見られている訳だが・・・
「そういうレビリスだって、俺と一緒にいたんだぞ?」
「自分で言うのもなんだけど、俺はきっとあいつらの眼中にないよ。最後に村長の口から変なのが飛び出してきた時、あれは俺を狙ってただろ? たぶん俺を操ってライノと戦わせるつもりだったんじゃないか?」
「俺が狙われるのは仕方ないさ。実は最近、この世界を巡っている魔力の流れが乱れてるそうなんだ。そのせいで、あちこちで魔獣や魔物が発生しやすくなってるらしいんだけど、どうも、あの魔法使いたちのやってることが、それに関わってるような気がするんだよな」
「ん、『たち』ってことはさ、なにかを企んでる魔法使いはエルスカイン一人じゃ無いってことか?」
「だって、さっきはあのおっさん、『儂らが』って言ってたぜ?」
「ああ、そうか!」
「そもそもエルスカインってのが、あいつの名前なのか、アイツたち全体の呼称なのかもわかんないけどな...ただ、あの魔法使いとは、またどこかでぶつかるような気がしてるよ」
「そうだな...」
「まあ、俺たちが出会ったエルスカインが、破邪の噂によく上っていた『エルスカイン』と同じものなのかどうかも分かんないけどな」
「どうなんだろうな。正体が分からなすぎてどうとも言えないや」
「最初は勇者の仕事なんて、ひたすら強い魔物を狩りまくっていればいいんだろうって思ってたんだけどなあ...」
「まあ、俺が言うのもなんだけどさ、十分気をつけてくれ。もちろんパルミュナちゃんもな」
「ああ、気をつけることにするよ」
「ありがとー」
いや、俺もレビリスもパルミュナたちに巻き込まれてるんだがな?
まあ俺は納得ずくだからいいけどさ。