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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第一部:辺境伯の地
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焼け跡の地下道


パルミュナが指差す先には、崩れかけた壁が二重になっていた。


謁見の間などの一般的な構造として、偉い人が使う側の出入り口とかは、衛兵や臣下が脇から出てくる姿を見せないために、衝立のような壁が手前に一枚立っていたり、入ってすぐのところで廊下が九十度に折れ曲がっていたりする。


いまはパルミュナと手を離しているが、それでも一旦注意を向ければ、その壁の奥の方から濁った魔力が空に向かって吹き出していることを感じる。


「あー、なんか怪しい出入り口だな」


パルミュナに当たり障りのない声をかけつつ、奥を覗き込んでみる。

なるほど・・・


「おいレビリス、この奥は壁全体が焼け焦げで真っ黒だぜ?」

「ん? おお、ホントだなあ」

「よっぽど燃やし尽くしたいものがあったのかもしれないな」

「よし、この奥を見てみようよ」


レビリスも乗ってきたので、そのまま三人で奥へ進んでいく。

ただ、奥と言っても高い壁に挟まれているだけで、元々は有ったはずの天井というか二階の床というか、頭の上を塞ぐ構造物がすべて焼け落ちてしまっているので、見上げると狭く青い空が見えている。

所々に残っている石の階段と梁を支えていたはずの柱が、本当はこの上に二階、三階と続いていたのだと言うことを伝えてくるばかりだ。


時間もそろそろ昼に近くなってきているので、日差しも壁を越えて射し込んできていて暗くはない。

ここの廊下は、先ほどの謁見の間と同じ石を敷き詰めてあるので、あまり草木に侵食されてもいないようだ。

きっと王の歩く通路だったということだろう。


俺はパルミュナと並んで歩いている風を装いながら、その実、パルミュナの向かう方向に合わせて進んでいた。

レビリスは周囲を見回しながらその後をついてくる。


進むにつれて、どんどん嫌な気配が強くなってくる。

もう、パルミュナに手を握って貰っていなくても、どっちの方向に澱みが渦巻いているのかを感じ取れそうなほどだ。


複雑な構造の建物の残骸を右に避け左に避けとしながら奥に進んでいき、恐らくは城の中心部だったと思われる辺りに来た時には、俺の目にさえも、濁った魔力を吹き出している場所が見えていた。


「ここか...」


なんとなく独りごちてしまうが、レビリスも破邪として見るからに怪しい雰囲気を感じ取っているのか、警戒した表情で周囲を鋭く見回している。


濁った魔力を吹き出している一角に近づくと、奇妙な違和感を覚えた。

そこだけ、何か変だ。

違和感の正体が分からずに近づいてみると、いまは塞がっている戸口から吹き出る濁った魔力にむせそうな気さえする。


ひどいなこれは・・・


実際には匂いも毒も無いのかもしれないが、なんというか、ゴミ溜めやドブ川に入ろうとしてる気分になる。

自分の本能が、汚れるからあの戸口の向こうに入りたくないと訴えているかのようだ。


そこで違和感の正体に気がついた。


扉が燃えていない。

古めかしく、重厚で、傷んだ材木と錆びた鉄枠で組まれた扉。

だが燃えてない。

ここに来るまでの間、石造りのもの以外のことごとくが燃え尽きて二百年の間に消え去っていたこの廃墟の中で、この扉は、確かに二百年の歳月を感じさせる古びた様子をたたえている。

だけど、燃えていないのだ。


「レビリス、分かるか?」

「ん、何がだ?」


ここの雰囲気に当てられているせいか、レビリスの越えも心なしか緊張している。


「この扉だよ」

「扉? どこの扉だ?...」

「これだよ」

俺が扉を指差すと、レビリスはその時点で初めて扉の存在に気がついたように目を(しばた)いた。

この扉には、何か存在に気づきにくくする系統の魔法がかかっているな。

俺とパルミュナには効いてないけど。


「あ、ああ、これか」

「この扉、燃えてないだろ?」

「ああ、そうだな。古いけど結構頑丈そうな扉だ...えっ? 何で木の扉が燃えてないんだ!」

「つまり、この扉は後から誰かが持ってきたんだろうな」

「誰が、なんでさ?」

「その答えって、レビリスもなんとなく思い浮かべてるだろ?」

「・・・」


レビリスは返事をせずに、顔に脂汗を浮かべてこくりと頷いた。


扉がくっついているのは、全体が石で組まれた分厚い壁の突き当たり部分で、位置と構造的にはその向こうは屋外だったのだろうと思える。

ただ、この場所自体は城の中では中心に近い部分だから、屋外だとしても中庭とか厩舎とか、そういう場所だったのかもしれない。


すでに、その向こうの構造物は崩れて何もない・・・ように見えるのだが、石壁の構造がなにか不自然だ。

平たく言うと『他よりも分厚すぎないか?」っていう感じ。

門とか塔の下の部分とかだと、壁にこれぐらいの厚みが有ってもおかしくないんだけど、ここはそういう構造とも違う。


「パルミュナ、扉を開けてみたいからちょっと下がっててくれ」


何か飛び出してきたりして、買ったばかりの服が汚れたりしたら嫌だからな。


パルミュナは素直に数歩下がったので、前に出て扉に手をかけてみるが、びくりともしない。

錠前が掛かっているとか蝶番が傷んでいるとかじゃあ無くて、扉自体が壁にくっついているかのようだ。


仕方が無い、ガオケルムで叩き割るか・・・

そう考えて腰に手をやると、パルミュナがその手を押さえた。


「お兄ちゃん、この扉ひょっとしたらさー、魔法が掛かってるかもしれないから、アタシがやってみるー」


パルミュナがそう言うのなら、ひょっとしたらじゃなくて魔法で固定されているのだろう。

まあ、適材適所で任せるさ。

俺も精霊魔法の鍛錬、早く進めたいけど・・・


パルミュナは扉の斜め前に立ち、手を伸ばして壁と扉の合わせ目辺りに触れながら、口の中で小さく呪文を唱える。

すると、なにかがズレるようなミシッという感じの音が聞こえて、パルミュナがこちらを向いた。


「たぶん、これで開くと思うよー」


早いな。

世の泥棒たちと錠前師たちが泣くぞ? あと魔法使いも。

呪文もレビリスの手前、適当にごにょごにゅ言っただけだろうしさ。


とにかく、脇へ避けたパルミュナに代わって扉の前に立ち、両手で端の部分に手を当てて見ると、動く気配がする。

隙間に爪を立てるようにして扉を手前に倒すように引くと、見事に石壁から扉が剥がれた。


そして、扉がなくなったことで一層吹き出してくる濁った魔力の奥には、黒々とした闇をたたえた地下への入り口がぽっかりと口を開けていた。


++++++++++


扉の向こうに現れた、地下へと降りる階段からは、黒々とした濁った魔力が絶え間なく湧き出している。


意を決して石造りの階段を一歩ずつ踏みしめながら降りていく。

階段の上を囲う屋根のような形に石壁が建っているせいで、数歩降りただけで思いのほか暗い。


どうしようかなあ・・・


その場が暗いからといって、破邪が光魔法を使うことは滅多にない。

目の前で光を灯してると、いつまで経っても自分の目が暗闇に慣れないままになるし、その光を目印に魔獣に襲いかかられたりしたら堪ったもんじゃ無いからな。

もちろん戦闘中は悠長に手の上に光を灯しておくことなんて出来ないから、そこでいきなり真っ暗闇の戦闘になったりしたら、かなり不利だ。


わずかな月明かりか星明かりでも有れば、それでなんとかなるんだが・・・地下では望みようもないよなあ。


もしもの戦闘のことを考えると、あまり光魔法は使いたく無いんだが、パルミュナが何かを気にして動きにくくなることも絶対に避けたい。

光魔法を使おうかどうしようか逡巡していると、後ろからレビリスが声をかけてきた。


「ライノ、俺が光りの魔法で照らそうか?」

「ああ、そうしてくれると助かるな。頼んだ」


これなら、俺とパルミュナは手が塞がれることも明かりを気にすることも無くてすむ。

困った時に有り難きは破邪の友人だな。


かなり長い階段を降りきると、やはり石畳の廊下が続いていて、まるで鉱山の坑道のようだ。

数年前に、鉱山に魔物が出たと言われて、師匠と一緒に討伐に行った嫌な記憶が思い出される。

あれは・・・

暗くて、臭くて、暑くて、本当に辛かった。

無事に魔物を成敗した時は、その達成感や魔物の危険が去ったことの安心感よりも、『やっとこれで、ここから出られる!』という開放感の方が強かったほどだ。


坑道の中には、パルミュナに触れていない俺にも見えるほどの、濃密度な濁った魔力が漂っていた。

本能が『その中に行きたくない!』と叫んでいる感じもするんだが、理性が『そうも言ってられないだろう?』とクールに提示してくる。


ちくしょう、行くしかないな。


昨日の夜、パルミュナはこの程度の魔力の澱みはあちらこちらに有ると言っていたが、そんなに頻繁に出会うと心が折れそうだよ・・・


まあ愚痴っていても仕方が無い。


別に濁った魔力を浴びたからすぐにどうなるという訳でも無いだろうし、とにかく、コレが噴き出してくる原因を見つけて塞ぐことが大切だろう。


それにしても澱んだ魔力の影響なのか、強烈な悪寒というか恐怖感みたいなものが湧き上がってくるな。


後ろから照らして貰っている光がやけにぶれるので、振り返ってレビリスを見ると、真っ青な顔をして脂汗を垂らしていた。

これ以上進むのが辛いってことが、一目で分かる。

本人も、自分の中にわき上がってる恐怖とか忌避感とかの出所が分からず、ただ(さいな)まれている状態だろう。


気は進まないけど、ここからレビリスだけ戻らせた方がいいかな?

これ以上奥へ行かせても辛いだけで、何か出来るとは思えないし、最悪は・・・


すると、パルミュナがすっとレビリスの前に行き、両手を上に伸ばして、その顔を手のひらで包むように頬に手を当てた。

そのまま手を引き寄せてレビリスの頭を下げさせ、顎先に自分の額を押し当てる。

レビリスも俺と代わらないくらいの背丈はあるから、腰をかがめてパルミュナの頭の上に顎を乗せているような感じだ。


レビリスは、そのまま動けずにパルミュナにされるがままになっていたが、すぐに顔色が戻ってきた。


「あれ? あ、俺、どうしたんだ? えっと、妹ちゃん...」

「もう大丈夫ー。また辛くなったら教えてねー」


そう言ってパルミュナは俺の横に戻ってきた。


俺は困惑している表情のレビリスに、軽くウインクだけしておく。

別に、それで何の説明が出来る訳でもないが、言わんとすることがある、ということだけはレビリスに伝わるだろう。


すまないが、説明は後だ。


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