港の無い島
「たしかに言われてみると、きわめて普通の荷役風景ですよね...」
「だろ、シンシア?」
「上陸するまでは古代の魔導技術の粋を集めたような様子だったのに、どうして、いざ島の上に上がったら人力作業なんでしょう?」
「高純度魔石を使わなくても、週払いで雇ってる獣人族の水夫達を働かせる分にはタダだからな!」
「そうじゃないだろアプレイス...」
たしかに船乗り達がみんな力強い獣人族って言うのは、こういう時に便利だ。
他の人族だったら、見ただけで腰が引けそうな大荷物を軽々と担いでるもんな!
「なあアプレイス、アクトロス号の船員達じゃなくて、島の方から出てきた人足って、あの中にいるか?」
「え? んん...そう言えば働いてるのは水夫達だけのような気がするな。浮遊桟橋が着陸した後に周囲から出てきた奴は見てない...多分、いまあそこで働いてるのはアクトロス号に乗ってきた獣人族水夫達だけだ」
「アクトロス号を空に浮かせるほどの魔導技術を持ってるのに、荷物を降ろすのは水夫達だけなんて不自然じゃ無いか? 高純度魔石を数百個ポイッと使える状況なら、むしろアプレイスが言うみたいな『荷運びゴーレム』とか使ってる方が自然だと思うよ」
「古代なら、その手の魔道具が無いはずないよな、マリタン?」
「そうねドラゴン。土木作業や建設用の魔導装置と同じで、運搬用の魔道具はポピュラーだったはずよ」
「でしたら...実はギリギリで魔石を節約する意図でもあるのでしょうか?」
効率と勝率を最優先にするエルスカインに、節約なんて概念は無さそうな気がするな・・・必要と考えたら一気に数百匹の魔獣や虎の子のグリフォンをまとめて三頭も送り込んでくるヤツだ。
「シンシアさま、荷運びだけなら必ずしも浮かせる必要は無いから、それほど魔力を必要とするモノでも無いわよ?」
「浮かばせないなら荷馬車や荷車と同じ理屈ですよね。馬やロバの代わりに魔力で動かすだけで」
「ええ、そういうことですわ」
「まあ、どうやってもアクトロス号を人力で島に持ち上げることは不可能だから、それには『浮遊桟橋』を使うしか無いって言うのは分かる。ただ、魔石の節約なら他にも方法がありそうな気がするしね」
「でっかいクレーンとかな!」
「良くそんなモノを知ってたなアプレイス! 港の設備なんか大衆演劇には出てこないだろ?」
「芝居にクレーンを使うんだよ。ライノは見たこと無いのか?」
「え? いや、無いな」
「そうか。最後の幕で舞台の上からクレーンに吊された役者が空から降りてきて、話をまとめるって流れが良くあるんだよ。まあ、その手の締め方をする芝居は大抵つまらないけどな!」
うーむ、俺よりアプレイスの方が街の大衆演劇に詳しいとは・・・
「ああいうクレーンを、見上げる塔ほどデカく作ったら船でも吊せるんじゃ無いか?」
「どうやって作るんだよソレ。船を持ち上げるクレーンの腕木って鋼鉄でも厳しそうだぞ?」
「まあな」
「ともかく不自然さを感じるんだよ...浮遊桟橋ほど凄いモノを使えるのに荷役が出来る魔導具は無い...これまでもエルスカインの行動の中で、そう言う大掛かりな魔導具が表舞台に登場したコトって無かったよな?」
「そうですね御兄様。エルダンやソブリンの地下にはホムンクルス製造装置とかガラス箱とか、凄い魔導装置が沢山置かれてましたけど、どれもその場所に設置してあるものですし」
「出してきたのは魔獣ばかりだ」
「古代の魔法は、橋を架ける転移門とか支配の魔法とか、凄いのをバンバン使ってるのにな!」
「ドラ籠はー?」
「ああ、アレがあったかパルレア...でも考えてみればオリカルクムのドラ籠も、きっと古代の魔道具『その物』だよな?」
「いやライノ、それを言うならどれもこれも古代の魔法技術だろ?」
「そうじゃなくてな。現代になってからエルスカインが作った『モノ』じゃないって事さ。ドラ籠だって魔法ガラスと同じように、どこかから掘り出したものじゃ無いかな?」
「つまり、新たに造られたモノはほとんど無い、と?」
「そんな気がする」
「新しいのは徴税ゴーレムぐらいか?」
「あれもなあ...実際に使う場所のソブリンで作ってないって言うのは何か理由がありそうじゃないか? 材料はともかく、加工するための魔道具がウルベディヴィオラでしか動かせないとか、な?」
「それはなんとも言えませんけど...可能性はありますね」
「もっと言えば、アクトロス号を島の上まで持ち上げなきゃ行けないってコト自体も不思議だと思う」
「えー、なんでー???」
「どうしてでしょう御兄様? さっきアプレイスさんが仰っていたように嵐を避けるためというのは納得できる理由だと思ったのですけど?」
「嵐を避ける手段なら、島に港を作るとか逃げ込める窪みを作るとか...うーん、なんて言うのかな...そもそも島自体を、これほど『来訪者を拒絶する』ような構造にしなくても良かったんじゃないかな?ってね。だって人工的に作った島なら、最初からどうでも好きなように作れたはずだろ?」
「なるほどな...ライノの意見には一理ある」
「銀ジョッキの写し絵を見ていても、あのアクトロス号の船長の腕前は大したモノだと思うよ。きっと航海士や水夫長もだ。水夫達も練度が高くて動きに無駄が無いし、風の力と船の勢いをうまく計算して狙った場所にピタリと船を停めて見せた。あんなデカい船でそんな事が出来る奴らって、そうそう何処にでもいるもんじゃ無いと思うんだ」
「つまりライノ...この島に大型船でやって来て浮遊桟橋を使うってのは、誰にでも出来ることじゃないって、そういうコトか?」
「俺はそう思う」
「限られたヤツしか出入りできないのか...それも『地位とか金』とかじゃなくって、『才能とか腕前』がいるってのは、確かにヘンだよな...」
「だろ、だろ?」
「考えてみれば、嵐の時にはそもそも島に近寄れもしない訳ですものね。先ほどの段取りや御兄様のお話を元に考えると、荒れている海で浮遊桟橋を使うのは無理そうに思えます」
「だったらさー、昔はそーじゃなかったんじゃないのー?」
「え? どういう意味だパルレア」
「古代ではさー、あんなヤヤっこしいってゆーか、メンドーな方法を使わなくても誰でも島に入れたんじゃ無いかなーってコト!」
それはそうかもしれないけど・・・つまりどうやってだ?
「ソレって、つまり浮遊桟橋を使わずにか?」
「うん」
「いや、だったら昔の人はどうやって島に入ったんだよ?」
「昔はフツーに転移門で入れたんじゃ無いかなーって。ソレがいまは使えなくなってるから、魔石をたいりょーに使う浮遊桟橋なんて凄いモノ使ってるんじゃ無いかなーって思ったワケー!」
「なる...ほ...ど?」
「いえ、確かにそうかも知れません御姉様!」
「シンシアちゃんも、そー思う?」
「はい御姉様。この島がなんのために作られたのであれ、御兄様の言うように、ここまで『来訪者を拒絶』しているのは不自然です。一見すると島の防衛には意味があるように思えますけど、逆に自分たちも簡単に脱出できないし、敵を迎撃も出来ない訳ですから」
ああ、そうなんだよ。
この手の不便ってのは、入るのも出るのも等しく同じハズだからね!
その点でもパルレアの指摘は鋭いと思う。
何よりも、そうで無ければ当時から不便すぎるからな・・・
「だってお兄ちゃん、あのローブの男達は『発掘』って言ってたじゃん?」
「そうだな」
「この浮島? 浮舟? 分かんないケドさー、デッカくっても要は人が作った道具でしょ? 中身を昔のままに動かせてるんだったら『発掘』なんて言わないんじゃ無いかなー?って」
「おおぉぅ、そうだパルレア、その通りだぞ!」
「ほめてー!」
「おう、褒める褒める!」
パルレアに指摘されるまでウッカリ忘れていたけど、彼らはヴィオデボラ島の中身を『発掘』・・・つまり掘り返しているのだ。
倉庫の扉を開けて魔法ガラスを運び出すだけなら発掘とは言わない。
搬出とか出庫とか、そういう言い方をするものだ。
仮にエルダンの地下城砦のように自由に使いこなしている所だったら、その中身を『発掘する』とは言わないだろうし、ましてやこのヴィオデボラ島は『場所』と言うよりも、それ自体が全面を凝結壁で囲まれた巨大な『魔道具』のようなモノなのだからな。




