空飛ぶ桟橋
やがて空に浮かぶ『桟橋』は停止したアクトロス号に近づくと、二つに割れた状態でアクトロス号を両脇から挟み込むように動いた。
「ああやって、船の両脇を固定して停泊させるのか...船じゃなくて桟橋の方が動くってのも凄いアイデアだな!」
「きっと、それだけじゃないわよ?」
「じゃあ、どういう風に使うものなんだマリタン?」
「ワタシが使い方を知ってるのは、もっと小さなものなの。ボートを修理する時に水から引き上げてしまうような、ね。『ドック』って言うのよ」
「浮き桟橋じゃないのか?」
「アレで船を挟んで水面から持ち上げるはずなのよ。ワタシが思ってる通りなら、だけどね」
「船を持ち上げるだと?!」
「そうね。船そのものを水から出してしまうの。そうしないと船底の修理とか出来ないでしょう?」
「いや、そういうのは、なんとか浜に引っ張り上げてやるもんだと思ってたんだけどな...」
「目的は同じ、よ? 船を水から引き上げるのに魔力を使うだけね」
「ホントに水から上げるのか? あのデカい船を?」
「たぶんね」
「そりゃあライノ、ここは島の近くと言っても、実質的には逃げ場の無い外洋のど真ん中だぜ。あんなところで停泊してる最中に嵐でも来たら、どうしようもないだろうからな」
「あー、たしかに...長期滞在するなんてとんでもないな」
例えアクトロス号のような外洋帆船と言えど、酷い嵐が来たら逃げるしかないだろうけど、ヴィオデボラ島には逃げ込める湾や入り江など見えない。
銀ジョッキが映し出すアクトロス号の船上では、獣人族の船員達が畳んだ帆をしっかり固定したり、舫い綱を桟橋との間に渡したりして忙しく立ち働いている。
やがてアクトロス号を挟み込んだ『空飛ぶ桟橋』は、ゆっくりと海面から上昇し始めた。
「うぉぉぉスゲえぇぇぇっ! ホントに船ごと浮き上がりやがったぞ!」
「ビックリだよなアレは!」
「アタシもマジ驚いたっー!」
「ですよね...浮遊魔法であれほどのことが出来るとは思いもしませんでした」
一人冷静だなシンシア・・・
「あのまま島の天辺までアクトロス号を運び上げるのか...だったら荷下ろしも積み込みも楽でいいな!」
「ですが御兄様、船の上げ下げに使う標準魔石が何千個もあるのなら、現代ではアクトロス号自体が買い取れませんか?」
「そうだけど...こう、ほら、男のロマンって言うかさ?」
「たぶん、浮遊桟橋で数往復分ですよ?」
「う...そうなんだけどさ.,,」
「まあ、きっと『魔石が勿体ない』ってのは現代の感覚なんだよシンシア殿。ライノの『ロマン』ってのも似たようなもんだけど、単純にアレが作られた当時は費用に見合うモノだったんだろうさ」
「確かにそうですね。ああ言う大掛かりな仕掛けは、絶対に実用品として作られたはずのものですし」
アプレイスの言う通りで、高純度魔石が家畜の飼料や建設用の砂利のごとく扱われていた古代の基準を現代人が論じても詮無いことだ・・・
アクトロス号は両脇を空飛ぶ桟橋に挟まれたまま、何らかの仕掛けで固定されているらしく、水面から上がっても船体が傾いたりすることもなく、島の上部を目指して真っ直ぐに上昇していく。
まさか『大型船が空を飛ぶ』なんて光景を見ることがあるとは思いもしなかったなあ・・・
俺たちにとっては敵側の行いとは言え、正直チョット、いや、かなり感動的だよ。
「御兄様、銀ジョッキが島の上面を写し始めました!」
シンシアに言われて写し絵に目をやると、ちょうど凝結壁の黒い壁を越えて、緑色の樹冠が舳先の向こうに映り始めたところだった。
凄い! 圧巻だ!
島の上面というか大地というか、天辺には沢山の建物らしき人工物と、その隙間の全てを埋め尽くす勢いで生い茂っている密林が見える。
まさに密林・・・ポルミサリアの中でも温暖湿潤な南部海岸地方よりも、さらに南の海を彷徨っているのだから無理もないか。
海流次第では、むしろ南方大陸に近い気候かも。
アクトロス号は木々の頂上よりもかなり高い位置で一旦停止した後、今度は島の内側に向かって進み始めた。
銀ジョッキは船尾楼閣の屋根の上に鎮座ましましているから、送られてくる写し絵はアクトロス号の甲板から舳先に掛けてを見下ろしている感じだ。
船の外側、前方と両脇は一面に緑の密林と所々に顔を出している建物っぽい灰色の構造物たち・・・
島自体の『壁』と違って建物が黒くないのは、なにか理由があるんだろうか?
「なあマリタン、建物っぽい構造物が黒くないのはどうしてかな?」
「んー...アレも多分なにか塗ってるんじゃないかしら? 装飾性とか、住人たちの気分を優先して、ね?」
「それもそうか。室内は当然だけど、周囲を真っ黒な建物に囲まれてるのもイヤだもんな」
「ですわね。本当は塗らずに黒いままの方が維持管理は楽なのだけど、ね」
「そうなのか? だから住居じゃない建物は黒いままなのか」
「ええ、そうよ兄者殿。凝結壁は光を吸収して魔力に変換できるの」
「それも凄いな...」
「ライノ、船の前方に平らな地面が見えてきたぞ!」
「おぉっ」
「あそこが着陸場所かな? だけど船に『着陸』って言葉を使うのもなんか変な感じだな!」
「本当に真っ平らですね。凄く広そう」
「あの浮桟橋、いや『浮遊桟橋』か...アレがいくつか置けそうだよな」
「本当に、そう言う目的の平地ではないでしょうか? このヴィオデボラ島が作られた理由は分かりませんけど、周囲がぐるりと壁に覆われているのですから、空からしか入っていけませんよね?」
「たしかになあ...」
古代の経済事情はまったく見当も付かないけど、マリタンも『大きくて重いモノを浮かばせるのは相当な魔力がいる』と言っている。
大型船の寄港なんてそうそう頻繁じゃないのかも知れないけど、そこまでして『海からは島に入らせない』理由があったんだろうか?
軍事要塞とか?
あるいは王族や貴族の別荘地だとか?
それにしたって、部外者を立ち入らせない方法は色々と有りそうな気がするから、ちょっと不思議だな。
そうこうしている間にアクトロス号を抱えた浮遊桟橋は島の縁にある平地に着底して、銀ジョッキが送ってくる写し絵には積み荷の陸揚げに奔走する大勢の獣人族船員達が映し出されている。
すでに物理的に陸に上がってる船からだから、陸揚げって言うより単純に荷下ろしって言うべきか・・・どうでもいいけど。
ただ、荷下ろし作業そのものは現代的というか、普通と変わりないな。
なにか『空飛ぶ艀』みたいなモノでもやってきて船に横付けするのかと思っていたけど、そんなことは無く、桟橋との間にいくつものタラップを掛けて人力で荷物を運んだり、ロープで縛った荷物を滑車で降ろしたりしている。
つまり極めて普通だ。
普通じゃ無いのは船の舷側から地面までの高さだな。
キャラック船ってのは吃水の下、つまり水中に隠れてる部分がけっこうデカいから、あの浮遊桟橋は、そういう大きな船を両脇から挟み込んで地面に置いても、倒れてしまわないようにかなりの高さがある。
水夫や人足達にとってみれば、普通なら桟橋に荷物を降ろしたらあとはそのまま水平に地面を運んでいくだけなんだけど、ここでは背の高い浮遊桟橋のデッキ上から、さらに本当の地面に荷物を降ろす作業が追加されてる。
もちろん桟橋には船側と地面側、それぞれの間に階段や斜路が用意されているけれど、見てる感じだと、地面に降ろすことも船から降ろすことと同じ程度に大変そうだ。
単純に、二倍の労働ってトコか・・・
「なあライノ、あの調子で『荷運びゴーレム』でも出てくるかと思ってたら、そんなことは無いみたいだな!」
「ははっ、アプレイスも俺と同じようなことを思い浮かべてたか。なんか凄い魔道具で荷下ろしするんじゃないかって、実は期待してた」
「わかるぜ!」
「巨大な『銀箱くん』みたいなのが人の代わりに荷物を背負ったりしてな。あと、なんか『浮遊桟橋』の小さいのとかで甲板から直接荷物を運び出すとかさ?」
船から降ろした荷物は荷車に載せて、平地の端にある建物の中へ次々と運び込んでいるようだ。
古代の美的基準は分からないけど、それは宮殿とまでは言わないまでも、ちょっと豪華な雰囲気のある建物で、『王族の別荘地』なんていう俺の勝手な想像にはマッチしている。




