アクトロス号
ウルベディヴィオラに停泊中のルースランドの商会の船・・・いまでは『アクトロス号』という名前だと分かっているが・・・こちらの方は交代で見張っているものの特に動きはない。
まあ、あれだけ大きな船だ。
ヴィオデボラ島で発掘作業が行われているのなら空荷で戻る訳もないし、食料や資材の調達を行っているのだろう。
俺は『オーラ記録メダル』を届けてから二日後に、またまたノイルマント村を訪れて、その間リリアちゃんに身に着けて貰っていたメダルを回収した。
「シンシア、リリアちゃんのフリをする魔道具の方はどんな調子だい?」
「メダルに記録して貰ったオーラのパターンを分析して、エッセンスを抽出するための道具はもう作ってありますので問題ありません。それと『リリアーシャ殿のフリ』をしてニセのオーラを発生する魔道具には『銀箱くん』を改造して用いたので、それほど手間は掛かりませんでした。後は、記録したオーラのエッセンスをうまく『改造型銀箱くん』に移せるかどうかですね。それが上手く行けば銀箱くんにリリアーシャ殿の身代わりをさせられる訳ですが...」
おぉぅ、シンシアは相変わらず魔法技術のことになると早口かつ饒舌だ。
それにしても銀箱くんが意外と活躍してるな!
罠解除の時にパルレアが回収してくれてて良かったよ。
それに銀箱くんの見た目ってなんとなく好きなんだよな・・・俺の趣味的に。
「段取りとしてはまず、『オーラ複製器』に御兄様が回収なさったリリアーシャ殿の『オーラ記録メダル』をセットして複製します」
「ふくせい?」
「そうです。メダルのオーラを読み取って、まず対象の魔力波パターンを完全に複製します。そこから特徴的なピークを見つけ出して圧縮するんです。それによって、その人独自の...と言うか、その人『だけ』にしかない魔力波の特徴部分の組み合わせ...いわばエッセンスが抽出されます」
そう言いながらシンシアは『オーラ複製器』と呼んでいる箱の蓋を開けて、俺から受け取った『オーラ記録メダル』を収納した。
起動すると、なにやらブーンと言う音が微かに聞こえてくる。
説明の意味は半分ほど分からなくても、シンシアの満足げな表情を見ていれば魔道具が予定通りに動いてるんだなってコトは分かるな。
しばらくそのまま黙って待っていると、複製器の音がやんで蓋が勝手に開いた。
ホントに芸が細かいな!
「これで、先に中に入れておいた新しいメダルに、リリアーシャ殿のオーラのパターンが取り込まれた、という訳です。そしてこのメダルを改造した銀箱くんにセットすれば、オーラ的には銀箱くんがリリアーシャ殿のように見えているはず...なのですけれど...」
おっと、いつの間にか銀箱くんにも、メダルをセットするポケットのような枠が追加されているな。
シンシアは複製器から取り出した新しい方のメダルをそのポケットにセットして銀箱くんを起動した。
「いま、銀箱くんがセットされたメダルからオーラのパターンを読み取っています。上手く行けばペンダントに近づけた時に、リリアーシャ殿が手にした時と同じ反応が現れるハズなんですけど...」
そう言って恐る恐る銀箱くんをペンダントに近づける。
「あ、やりました! 以前に見た時と同じ揺らぎが宝石の中に現れています。成功ですね!」
一発で成功ですか、そうですか・・・
さすがは『シンシアだ』としか言い様が無いな。
「いつも仕事が早いなあシンシア。でも、ここのところずっとシンシアにばかり負担を掛けてるから俺としては心苦しいよ」
「いえ、そんなことはありません御兄様。私もマリタンも御姉様も、自分に出来ることに集中しているだけです。それに実際に追跡が始まったら、きっとアプレイスさんは不眠不休ですよ?」
「ああ。そこはまあ、そうだよね」
アプレイスは飛ぶ気満々でいてくれてるし、何日かかろうと高純度魔石さえ補給してくれれば大丈夫だって言うけれど、実際にどれほど飛ぶことになるのかは予測がつかないからな・・・
イザとなったら俺が買い取ってきた小舟を浮かべて、そこで休めばいいって言うけれど、果たして天候や追跡状況がそれを許してくれるかどうかは出たとこ勝負なのだ。
もしも嵐に遭遇したら、アプレイスにはひたすら雲よりも高く飛び続けて貰うしか無いだろう。
++++++++++
『銀箱くん改』とオーラの模倣メダルが完成して二日後の昼前、数刻ごとの交代番で港を見張っていたシンシアが指通信で状況の変化を報告してきた。
ようやく魔道具造りから解放されたのだから少しはゆっくり休めばいいのに、シンシアは自分も見張り番のローテーションを受け持つと言って聞かなかったのだ。
< 船上の動きが慌ただしくなったようです御兄様! 桟橋にも沢山の荷物が運ばれてきました >
< 分かった、すぐに行くよ >
急いで港へ飛ぶと、『アクトロス号』への荷物の積み込みが盛大に行われていた。
ここ数日とは活気が全然違うな。
いかにもラストスパートって感じ?
覗き窓の魔道具本体の前にいるシンシアが銀ジョッキを操作して、桟橋に積み上げられた荷物の数々を大きく映し出した。
雰囲気からして食料品の類いが主なようだ。
籠に入れられた沢山の鶏に、生きたままの山羊までいるな・・・
長期の航海では生きたままの家畜を積み込むことは珍しくないけど、むしろコレは島での発掘作業の長期化に備えたものじゃないだろうか?
「朝、御姉様と見張りを交代した時から沢山の荷物が桟橋に積まれていたんですけど、それはほとんど運び込まれました...それにしても家畜をあんなに沢山積むなんて変ですよね?」
「あの数は長期航海の船上で食料にするってレベルじゃ無いな。島に降ろして育てる気かもしれない」
「なるほど、発掘作業がそれほど長期化する見込みだと?」
「多分ね。それならいいんだけど」
「えっ、どうしてですか?」
「もしも食料として生きた家畜を連れていきたいほどの『長期航海』を見込んでいるだったら追跡するコッチが辛いよ。逆に、彼らがヴィオデボラ島に長期滞在する覚悟でいるとしたら、その方がエルスカインの目論見を探るチャンスは多いだろうからね」
「なるほど...確かにそうですね御兄様」
帆船の出航は風次第って要素も大いにあるけれど、アクトロス号の船長はそれも見越して今日の積み込みを指示しているだろう。
となると出港は今日の夕方か、遅くとも明日中だ。
「シンシア、早ければ今日中にも船が出る可能性はあるけど、それでも午後遅くか夕方になるだろう。屋敷に戻って少し眠っておくと良いよ」
「御兄様は?」
「俺はこのまま見張っていよう。ギリギリで妙な動きとかあったら見逃したくないからな」
俺も長丁場に備え、荷馬車の側板に寄りかかって寛げる姿勢を取る。
この状態なら数時間くらいボーッとして・・・もとい、真剣に監視をしていても苦にはならない。
「でしたら、私もここにいますね。銀ジョッキの操作が必要になるかも知れませんから」
「追跡が始まったら長期戦になるよ。いまは眠っておいた方がいいと思う」
「そうですね...では、ここで少し横になります」
そう言ってシンシアはその場でくるりと身体を回すと、荷馬車の床板の上に座り込んでいた俺の太腿の上に頭を乗せた。
「寝付けるまでこうしていて良いですか?」
「お、あぁ構わないよ」
「重くなったら頭をどけて貰って構いません。それと銀ジョッキを動かす必要が出たら、すぐに起こして下さいね?」
「わかった」
これはアレだ、『事後承諾』ってヤツだな。
先に行動しておいてから相手に同意を求めるって言う、断りにくくするための高度な心理的テクニックである。
ぶっちゃけ、俺が先に銀貨を渡してからボートを売れだの小舟を売れだのってやったのと同じだけど。
それにしても、随分とシンシアが自分の思いをストレートに出すようになってきたなあ・・・
こういうプライベートな事だけでなく、みんなで話している最中に自分の意見や推測を積極的に口にするようになってきたし、リリアちゃんの時の『涙』みたいな冗談を言って俺やアプレイスをからかったりもする。
これまでの謙虚すぎる姿勢が少し軽くなった感じだな。
まあ先日の『将来云々』の話は若さゆえの勢いって処もあるだろうけど、全体として自分を出すようになってきたのは良いことだと思うよ。
それでも口調は堅いままだから、微妙にギャップを感じたりもするけどね・・・
いや、そのギャップが良いのだと、それがシンシアの持ち味だと考えよう。
以前にパルミュナも『ギャップが面白い』のだと言ってたしな!
 




