人のフリをするメダル
「それでなアサム、記録しておいた『その人独自のオーラ』を再現できるような魔道具も作ってペンダントと一緒に持っていけば、リリアちゃん本人がその場にいなくてもなんとかなるんじゃないかって言うのが、シンシアと相談した結果なんだよ。これなら危険が無くて済むだろ?」
「なるほどねぇ...相変わらずシンシアさんって凄いこと考えるよね! じゃあライノさん、まずはリリアのペンダントをライノさんに渡しておくことと、そのオーラを記録するメダルが出来たら、それをリリアがしばらく身に着けておくってことでいいのかな?」
「ああ。俺からはお願いしたいのは、そういうコトだな」
「リリアは、いまの話で何か分からないことある?」
「ううん、別にないの」
「ペンダントを貸す事も?」
「うん大丈夫」
「そっか。じゃあペンダントをライノさんに貸してあげてもいいんだね?」
「うん!」
「あ、待って待ってリリアちゃん。ペンダントを借りる前に、ちゃんとリリアちゃんに伝えておかなきゃダメなことがあるんだよ」
「え? なあに?」
「えっとだな...俺はそのペンダントを持ってエルスカインの...敵のいる場所に乗り込むことになる可能性が高いんだ。そこで戦いが始まったりする可能性だってある」
「そうなの?」
「ああ、そうなんだ。危険な場所だし、もしも戦闘なんかになったらね...そのお母さんの形見の大事なペンダントを、絶対に無事に返すって約束はできないかも知れないんだよ」
「うん、分かったの。はい」
リリアちゃんがとても軽く返事をして首に下げていたペンダントを外し、俺に向けて差し出してきた。
いやいやいや、むしろコッチが慌てるから!
「いやホントに、もしも返せないって事になったら申し訳ないからね。でもリリアちゃんには、その可能性があることをちゃんと分かっていて欲しいんだ」
「それは分かったの」
「えっと...それを承知で大切なペンダントを俺に貸してくれるの? 本当に無くしてしまう可能性だってあるんだよ?」
「うん。だって必要なんでしょうライノさん?」
「それは、まあ...」
「ライノさんはノイルマント村の英雄だから、あたしにとっても英雄なの。このペンダントがライノさんの役に立てるんだったら、その事の方が大切だから、あたしが持っていなくてもいいの」
リリアちゃん・・・なんか、目頭が熱くなるな。
もうすっかり秋なのに、暑くて目が汗をかきそうだよ俺!
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拍子抜けするほど簡単に、だけどリリアちゃんの思いをしっかりと受け止めてペンダントを借りた俺は、早速屋敷に戻ってシンシアにペンダントを渡した。
アッと言う間にペンダントを借りて戻って来た俺に、シンシアも少しビックリしている。
「意外と簡単に貸して貰えたんですね?」
「ああ、母親の唯一の形見だって聞いてたから、辛い決断を強いるかも知れないと思って内心ドキドキしてたんだけどね。リリアちゃんはノイルマント村のことを心の底から大事に思ってて、そのノイルマント村のみんなは俺のことを信頼してるから自分も役に立ちたい的な? なんだかリリアちゃんの純真さに涙が出そうになったよ」
「御兄様、目尻に涙の跡がついてますよ?」
「えっ、マジ!?」
慌てて目尻を指で拭うと、それを見たシンシアが軽やかに笑った。
「ウソです。でも涙ぐんだのは本当でしたね?」
「シンシアぁぁあっ...!」
「えへっ、ごめんなさい御兄様!」
「いぃけどっ!」
港から戻ってくるなり魔道具造りのアイデア出しをシンシアと一緒にやっていたパルレアが、テーブルに突っ伏して震えている。
それって、痙攣して声も出せないほど笑いこけているワケか・・・やれやれ。
でも、シンシアがこういう冗談を言ってくれるようになったことは、なんて言うか素直に嬉しい。
言葉では表現しづらいんだけどね。
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リリアちゃんから借りてきたペンダントを渡した後は、もはや毎度の事ながらシンシアとマリタンの突貫作業で翌日の夕方には『オーラを記録するメダル』が完成していた。
パルレアも少し手伝ったらしいけどな。
それをノイルマント村に届けてリリアちゃんに身に着けて貰い、二日後に回収するって言う段取りだ。
シンシア曰く、おおよそ二日もあればその人のオーラのパターンはもれなく収録できる見込みだという。
「じゃあその記録したオーラを銀箱くんみたいな別の魔道具から二日分出し続けるとか、そういう感じなのか?」
「いえ、推測ですけど、それではダメだろうと思います」
「なんで?」
「もしもこれが鍵だとすればどんな時でもすぐに使えないと困ります。もちろん眠っている時や失神している時は別ですけど」
「ああそうか。えーっと、つまり鍵として使えるには、いつでも即座にそのオーラが誰の者かを見分ける必要がある訳だ」
「そうなんです。ずーっとパターンを観測していては時間が掛かりすぎますから、その人のオーラを特徴付けているピークを見るんです」
「ピーク?」
「いわば、どんな時でもその人のオーラには含まれている『エッセンス』のような感じですね」
「よく考えるなあ...」
「魔法鍵の仕組みはマリタンさんに教えて貰ったんです。『呪文だけで開く鍵』と、『本人が使わないと開かない鍵』では、それぞれに仕組みが違ってるんですよ。そこでオーラのピークが鍵の補助をするんです」
「良く分からないけど、だったら『オーラだけ』でも鍵に出来るんじゃ無いの?」
「そうですね。ただ、本人がその場にいれば勝手に開いてしまうよりは、『鍵』になるアイテムや呪文も別にあった方が色々と安全ですから」
「ああ、それもそうだよな!」
マリタンがウルベディヴィオラの倉庫で隠し扉の鍵を開けた時は、なにか高速に呪文の入れ替えを行っているような気配があった。
あれは、呪文としてマッチする文字の並びを目にも留まらぬ速さで試していたとか、そういう感じだろうか?
あの鍵が、もし『特定の誰か』のオーラがないと開かない鍵だったらダメだった訳だけど、不特定多数が使う場所でそれでは逆に不便だろうし。
個人の家以外で『特定の人にしか開けられない鍵』とか言ったら、宝物庫とか国家機密の部屋レベルだよ・・・ってコレ、エルダンでやった会話だったな!
「ただし今回は、この鍵となるペンダントが手元にあるので、それで反応を見ながら調整すれば大丈夫です」
そう言ってシンシアがリリアちゃんから借りてきたペンダントを手に掲げてみせた。
改めてまじまじと見ると、綺麗な緑色の宝石が台座にはめ込まれていて、そこに魔法陣が刻まれている。
初めて見た時は、ただの模様かと思ったけどね。
姫様に貰ったリンスワルド家の紋章入りペンダントのような、見るからに『高級宝石商が仕上げた』ような豪華さはないけれど、シンプルながらも美しい。
逆に俺的には、装飾の少なさに気品を感じると言ったところだ。
「綺麗なペンダントだよな。この緑色の魔石って言うか宝石も透明なのに凄く濃くて鮮やかな緑色だし、他では見たことないような気がするね」
「よく装飾品に使われるエメラルドではないですね。魔力に反応するのですから単なる宝石では無いはずなのですけど、私にも思い当たるものがないです。それと、試してみることは出来ませんがかなり堅い石だと思うので、これほど細かな魔法陣をどうやって刻み込んだのかも謎です」
「言われてみれば、鑿で加工できるサイズじゃないよね」
「そう言う加工魔法があるのだとは思いますけど、マリタンさんにも詳しくは分からないそうですから」
「そうなのか...ますます解明したくなるよな!」
「もちろん御兄様は、バシュラール家がヴィオデボラと関係していると考えてらっしゃるのですよね?」
「うん、それも港町のウルベディヴィオラじゃなくて、『彷徨う島』の方のヴィオデボラとね。だからヴィオデボラを探し出せれば、何か重要なことが分かると思う」
「ええ、きっとそうですね!」
シンシアがそう言って微笑んでくれるのが心強い。
正直に言って俺もシンシアも、このペンダントとリリアちゃんの出自のことに関して持っているのは勘と推測だけでしかない。
だがそれでも・・・必ず何かがあると、心の底で呟く自分自身がいるのだ。




