ガルシリス城からの眺め
翌日の朝、レビリスと三人で宿屋を出て城砦の廃墟へと向かった。
街道からすぐに脇道へとそれて、エッシ川を越える橋を渡る。
「昔はあの丘全体が城砦化されてたらしいね。一応、向こう側にもぐるっと丘を囲んで堀がある。いまはただの池と用水路になってるけどさ」
「うーん、ウェインスさんから公領地の地図を見せて貰って不思議に思ったんだけど、辺境伯の居城って領地の端っこのギリギリの処にあるよな? いくら防衛しやすい地形だからって、こんな端っこに城を構えてる方がいろいろと危なくないのか?」
「そうか、ライノみたいな外国の人は、そもそもガルシリス辺境伯領の成り立ちを知らないか...」
「なんか逸話があるのかい?」
「元の場所からズレたんだよ、辺境伯の領地はさ」
「は?」
「この辺りも大戦争の前は小さい国が群雄割拠してたんだけど、その中のちっこい国の一つを治めてた王家がガルシリスの一族だ。で、大戦争のドタバタの時に、ガルシリス家の当主はミルシュラント大公側に付くことにしたのさ」
ああ、それはルーオンさんから聞いた覚えがあるな。
大戦争の前は、世界中で沢山の小国が興っては消えを繰り返していて、正確な領土分けの図を描くのも難しかったそうだが。
「その時のガルシリス王国ってのかな...その領土は、いまのリンスワルド伯爵領の西側と、ここからルースランドまでの土地の途中くらい?の範囲だったって訳さ」
「じゃあ、その頃は、ここは領土のど真ん中辺りだったって、ことか?」
「その通り。戦争後にガルシリス家は『辺境伯』って肩書きを貰って、一応は公国の臣下だけど事実上は独立国みたいな立場になったわけさ」
「そりゃあ、元王様だもんな?」
「ただ、その時の交換条件として、自治権と独自の軍隊を持つことを許す代わりに、ルースランドとの国境防衛を担ってくれっていう話になってさ、ガルシリス辺境伯の領地は、まるまる西側にズレたんだよ」
「聞いたことが無いぞ、そんなダイナミックな領地移譲の話は」
「まー、三百年前にどんな交渉があったか分かんないけどさ、本街道の東側も昔はただの山と森と荒れ地だけだったらしいし、西側の草原地帯の方が農地として発展してたらしいから、悪い取引じゃ無かったんだろ」
なるほどなあ・・・
辺境伯にしてみれば、美味しい話って感じだったのかも。
「それに、その西側の大平原だって、元はガルシリス王国と、ずっといがみ合ってた敵国の領地だったそうだからさ、むしろ『念願の征服だ』ぐらいだったかもよ?」
「あー、宿敵みたいな間柄か」
「らしいね。とにかく、それで領地がズレて、元はガルシリス家の土地だった東の方は、公国が併合した他のちっさな国と併せてリンスワルド伯爵に下賜されて、いまのリンスワルド領になったのさ」
「それで、昔はど真ん中だったところが端っこになっちゃったと」
「そう。で、その時にガルシリス家は西部の中心地だったリストレスに居所を移して、ここは出城の扱いになったのさ」
「いま、エイテュール子爵が住んでるのがそこか?」
「ああ、元々あそこは別荘じゃ無くて、その時にガルシリス家の新しい本城として建てられた城なのさ。それが途中でまたまたひっくりかえっちゃったってわけ」
「そりゃまたなんで?」
「叛乱騒ぎを起こした時の当主が、急にここに戻ってきたらしい。しかも、『本来はリンスワルド領も自分たちの土地だ』って、いつも公言してたそうだ」
「なんか不穏だな。元の領地っていうかリンスワルド領を取り戻せば、ここがまた領地のど真ん中になるぞって主張してるみたいじゃないか?」
「そうだったのかもね。結局それからしばらくして叛乱騒ぎを起こした訳だからさ」
「うひゃー...なんか怨念が渦巻いてそうな感じだぞ」
「ああ、全くだよ。この辺りに生まれ住んでる者としちゃ、そんな話に巻き込まれたくはないけどな」
++++++++++
レビリスから色々な話を聞きつつ、エッシ川にかかった橋を渡ってから、そのまままっすぐに丘の方へと延びている道を進めば、半刻も歩かずに丘の麓に着いた。
近づいてみると、丘の周囲もぐるりと石垣に囲まれていて、さらに上がっていけるルートは限られている。
しかも遠くから見ていたときには、伸びた春草に覆われていて分からなかったが、あちらこちらに崩れかけた遺構があって足下が悪い。
こういう半壊した城跡って言うのは、周辺部分に関しては、地元民が畑の石垣を作ったりなんだりの為に、少しずつ石を持ち去ったりしていくものだが、ここでは使われている石組みの一つ一つが大きめなせいか持ち去られることもなく、単に二百年の年月で風雨と草木の根に侵食されて崩れつつあるだけって感じだ。
これは、エイテュール子爵家が放置しているのも無理は無いな・・・
今更この場所に城や要塞が必要な訳も無く、これを全部撤去するとか組み直すとか無駄な作業でしか無い。
ぶっちゃけ、利用価値ゼロだな。
「まあ、とりあえず丘の上まで登ってみるか」
せめて少しは歩きやすそうなルートを探しつつ、崩れた石垣を乗り越え、草むらに隠れている石に躓いたりしないように注意しながら少しずつ登っていく。
文句ばっかり言ってても仕方ないんだけど、中途半端に石垣が残っているせいで、歩きにくいことこの上ない。
元々が城砦だったのだから、下から上までまっすぐに上れる徒歩ルートなんて存在する訳が無いのだが、それがさらに、崩れた石組みで途中を塞がれていたりしてややこしい。
途中で前を塞がれて後戻ったり、いつの間にか一段下側に降りる通路に誘い込まれていたりと、一筋縄ではいかないんだよ・・・
パルミュナの服を、少しは歩きやすいものに買い換えておいて良かったとか思いつつ、恐らく丸々一刻以上の時間をかけて、ようやく丘の天辺にたどり着いた。
「もー、つっかれたー!」
パルミュナの文句も分かるよ。
俺も同じ気持ちだからな!
体力的に疲労してるって訳ではないんだけど、自分が正しい道を辿っているのかどうか分からずに歩き続けて、精神的に疲れたって奴。
とにかく、たどり着いた丘の天辺にはそれなりに大きな建物の土台と崩れ落ちた壁が残っていて、往時の姿を偲ばせる。
水筒をパルミュナに渡してやってから、一番高い位置にある石組みを探してよじ登ってみると、眺めは悪くない。
周囲を見回すと、東側に俺たちが歩いた山道やラスティユの村がある山並みがどっしりと構え、その手前にはかなり広い緑の農村地帯が広がっている。
北側は開けていて、直接視認することは出来なくても、街道とその向こうにあるはずのキャプラ川の存在を感じ取れる。
さらにその向こうには穀倉地帯の大平原。
西側を向くと、いまの公領地の主要エリアへと田園地帯が伸びていて、いくつかの集落が点在している様子だ。
南側は、南東が山とエッシ川に挟まれた、旧街道沿いの中心エリアである農村地帯。
南西から真南に向けては、山地に塞がれていて、その向こうは見えないが、方角としては俺が出てきたエドヴァルがある向きだ。
南東は、山と山の隙間からその向こうに開けた土地があることを感じ取れる。
ちょうど、コリンの街がある方向だな。
そちらに向けて伸びるエッシ川と街道沿いに点々と集落が続き、その奥には広い農地が広がっている。
大雑把に旧街道地域を表現すると『東西の山と川に挟まれた盆地』というところだ。
化け物騒ぎを知らなければ、いや、この目で精霊のいなくなった場所や澱んだ魔力が吹き出ているのを見ていなければ、緑豊かでのどかな土地だとしか思えない光景だな。
だけど実際にはこの盆地全体が、普通の人の目には見えない、濁った魔力で澱みつつあるはずなんだ。
俺の後を追って石組みに登ってきたレビリスが、その山の方を指差した。
「あそこに山が見えるだろ? 俺の生まれたホーキンの村は、ちょうど、あの山の真東くらいの位置さ。ここから歩いて二日ってところだな」