案ずるより産むが易し
みんなが揃って食卓に着くと、開口一番でシンシアが船の話を持ち出してきた。
「先ほど、お母様とお父様に軽く相談したら、いま西の港町『スラバス』に係留してある艦隊を出して下さると言われたのですが、それにはかなり時間が掛かるようです」
「は? 艦隊?」
「ええ、外洋航海が出来る大型船を一隻借りられないかと相談したら、一隻ではもしもの時に心配だし、直掩の護衛艦も何隻か必須だと言われて...」
「あ、うん。そうだね...」
直掩護衛艦って言うのはつまり、敵との戦闘になった際に反撃するのはもちろんのこと、火矢や魔法で攻撃してくる相手や乗り移って制圧しようと体当たりで突っ込んでくる船からの『盾』になる役目の船だ。
ある種の『身代わり』になる役目と言ってもいい。
まあジュリアス卿の心配も分からんでも無いけどね・・・
造船技術や航海技術が進んだ現代でも、外洋航海はつねに危険が伴うからな。
ましてやシンシアの乗り込んだ船が洋上でエルスカイン側と交戦する可能性とか考えたら、父親としては『護衛艦隊』とか言い出すのも無理はないかも。
つい頭の中で、公国海軍艦隊司令官のぶかぶかな制服を着たシンシアを思い浮かべてしまった。
それで『シンシア提督』とか呼ばれてたら滅茶苦茶に可愛いぞ!
「これから準備してミルシュラントの西岸からポルセトの南岸まで回航するには、普通なら二ヶ月は掛かるそうで、仮に一隻だけでも...どんなに急いでも一ヶ月を切ることは無いそうです」
「そりゃそうだな。しかもミルシュラント公国軍の軍船がポルセトの貿易港の周辺をうろついてるとなったら、ややっこしい政治問題になりかねないよ」
「ですよね...」
「どうして大型船じゃないと駄目なんだライノ?」
「目的地のヴィオデボラ島が何処にあるか分からないんだよアプレイス。何日かかるのかも分からないから、それなりに大きな船でないと後を追うのは無謀だよ。小舟じゃあ、ヘタをすればこっちが遭難しちまう」
「いや、船じゃ無いと追跡できない理由は?」
「海の上だぞ?」
「あー、つまり俺がみんなを乗せて飛ぶのじゃダメな理由って意味だ」
「いや、だから目的地まで何日かかるか分からないんだってば。飛んでる途中で魔力切れになっても、降りて休む場所なんか無いだろうし、ヴィオデボラ島もエルスカインの一味に占拠されてる状態だと思った方がいいな」
「えっ、そういう理由か?」
「前にアプレイスも、南方大陸に向かってどこまで飛べるか分からないって言ってたじゃ無いか?」
「だって、アレは南部大森林で魔石サイロを見つける前の話だろ?」
「えっ?」
「俺の魔力が尽きてきたら、飛びながらでも高純度魔石を大量に喰わせてくれれば問題ないぞ?」
「マジかよっ!」
「ヴィオデボラ島に降りられないなら、全員で乗れる程度の小舟をライノが革袋に入れていって、島に着いたらそれを出して海上から近づく手もあるだろ? いまはライノも飛べるじゃねえか」
「おおぅ...アプレイス、俺はもうダメだ。物事をややこしく考えるクセがつき始めてる」
「私もです御兄様。少しショックかもしれません」
「ウッカリしてたわー。これって『燭台もと暗し』かなー?」
案ずるより産むが易しってのはこのことか・・・
「みんな大袈裟だぞ! それと、何日も背中に貼り付いてるのが辛いなら、馬車の車体を出して俺の背中に乗せておけばいいさ。その中に座ってるなり横になってるなりすれば馬車の旅みたいなもんだ。少しくらいの長旅でも平気じゃ無いか?」
「あー...気を遣わせてすまんなアプレイス...ともかく明日の朝は、俺がウルベディヴィオラから少し離れたところで漁村か港を探して小舟を買い取って来るよ。それを革袋に入れて追跡に向かうとしよう」
「あのシンシア様、ちょっといいかしら?」
「なんでしょうマリタンさん」
「ドラゴンが言ってる高純度魔石って、銀ジョッキに使ってる『標準魔石』のコトよ、ね?」
「ええ、『標準』と言われてもピンと来ませんが、アレのことですね。私たちは南部大森林で保管庫を見つけたので大量に所有していますけど、現代の世の中では実は貴重なモノで、ほとんど世間に出回ることはありません」
「だから、いまの魔道具って能力よりも魔力節約重視なのね。ともかく、標準魔石を沢山使っていいのなら、兄者殿が仕入れてくる小舟を操作するのにも使えると思うのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、ホントは船自体に魔導機関を積むのがいいと思うの。でも兄者殿が小舟を手に入れてから、それを作ってる時間は無いでしょう?」
「ええ、相手がいつ出発するのか不明ですからね」
「だから代わりにワタシが斥力魔法を発動しながら船を動かし続ければ、それなりのスピードや機動性は発揮できる、はずよ。もちろん効率は悪いから、ワタシも魔石を大量に消費しちゃうけど、ね」
「斥力?」
「簡単に言えばモノを突き放す力ね」
「つまり、小舟でオールを漕いだり帆を張ったりしなくて良いって事なのかいマリタン?」
「そうね、兄者殿」
「よし、いきなり行ける気がしてきた!」
「ねー!」
「ですね!」
これならアプレイスとマリタンの力で最大の懸案が解決できそうだ。
って言うか、やっぱりみんなで相談しながらやってかないとダメだよな、俺・・・
++++++++++
明るい気分になって晩飯を済ませ、銀ジョッキの仕上げを見学するというパルレアを残してソブリンの宿屋に戻った。
見学って・・・手伝いじゃ無いのか?
結局、部屋を借り続ける必要は無かったかも知れないと思いつつベッドにゴロリと横になっていると、窓際から呼び声がする。
顔を向けると、ヨハル青年がいてビックリした。
「まだソブリンにいらっしゃって良かったです。ライノさん」
「あれっ、どうしたんですかヨハルさん。てっきり、もうアトルの森に戻られたかと思ってましたよ」
「ええ、そのつもりだったのですが、昨日、宿を都合して貰った『協力者』さんのところで面白い話を聞きまして、それが本当かどうか確認していたのです。どうやら裏が取れたようなのでご報告に」
「それはまたどんな?」
「実は入市税徴収器の事なんですけど...市民向けの身分証発行用の徴収器の方だけ、来年辺りには新型と入れ替えるんだそうです」
「へぇ、新型?」
「ええ。なんでも新しい徴収器で登録したソブリン市民は、そのトークンを使って『ドラゴンシェルター』って施設に入れるんだそうですよ」
「は? なんですかソレ?」
「いや、まだ中身は良く分からないんですけどね。もしも戦争が起きたり街をドラゴンさまに襲撃されたりした時には、街の地下に造られる、そのシェルターの中に入れば魔法で守られて絶対に安全だって話なんだそうです」
「いやいやいやいや、戦争はともかくドラゴンが暴れるって...現実はそう滅多にあることじゃないでしょ?」
ライムールの悪竜の件もあるし、他にも逸話はアレコレあるから無いとは言えないけど、滅多にはない。
それも街を滅ぼしたなんて言うのよりも、アプレイスが言ってたような『洞窟引きこもり系』のドラゴンにちょっかいを出したとかって話が多いんじゃ無いかという気もする。
ただ普通なら、怒らせたら絶対に勝てない相手だからなあ・・・
まあ、俺とシンシアは実際に殺されかけたけど、あれはコッチも対決上等で自分から会いに行ったんだからノーカンだ。
「でも最近、ミルシュラントの北の大山脈にドラゴンさまが飛んできて暴れてるって噂がルースランドにも流れてるわけじゃないですか? コリガン族やピクシー族はドラゴンさまに守って頂いていますから気にしませんけど、他の人族は怯えると思いますよ?」
おーっと!
そんな噂がレンツから遙々ルースランドくんだりまで流れてきてるのか?・・・
ってアレ?
待てよ、あの噂自体がエルスカインの仕業で出たモノだよな?
確かにアプレイスとエスメトリスは北部大山脈に飛んできてたけど、ヒューン男爵領で牧場の家畜を平らげたとか暴れてるってくだりは誤解というか『捏造』というか・・・
となると、この噂ってエルスカインがわざとソブリンに流してるんじゃ無いのか?
でもなんのために?・・・
ああ、それはいまヨハルさんが言ってたコトか!
ドラゴンが街を襲うことは本当に有る話なんだと人々の意識に擦り込んでおいて、いざ『ドラゴンが街を襲ってくる』ような大事件が起きた時に、市民が自らドラゴンシェルターに入っていくように、だ。
ひょっとするとドラゴンシェルターって、エルダンの地下にあったような『魔法ガラスで出来た箱』じゃないだろうか?
中に一人ずつ横になって入れるような、さ?
「有り難うございますヨハルさん。これって、物凄く有益な情報でしたよ!」
「お役に立てて幸いです、ゆう...ライノさん!」
ヨハルさんにお礼を言いつつも心は沈む。
なんだか俺の嫌な推測というか想像を裏付けるネタがもう一つ、それもかなり具体的に出てきたって感じだな。




