転移門を使わない理由
桟橋の看板でここが『ウルベディヴィオラ』だと言うことは確認できたけど、それは同時に荷物の送り元である『ヴィオデボラ』がこの街では無い、言うことも示してもいる訳だ。
となると、名前が似てるから『同じ街の、古い名前と今の名前』かもしれないってのは俺の早とちりだったんだろうな。
< でー...また、あの倉庫の方へ戻るのー? >
< そうだな。少しだけ周囲の様子を探って...それからどこか、腰を据えられる場所を見つけたい >
< 朝ご飯? >
< 違う、それはもう食べたよ。明日、シンシアの覗き窓の魔道具の本体を置いて銀ジョッキを操作できる場所だ。距離が近いほど魔力が少なくて済むって言ってたからな。街の外に馬車を出して、その中でやるのがいいかなって思う >
< でもさー、もしも馬車で荷物が届いたら、今度はその馬車を追い掛けるんでしょー? >
< まあ、そうなるな >
< だったらさー、最初からあの倉庫の近くに荷馬車を停められる場所を見つけて、そこでやっちゃえば? >
< あー、それも手なんだけど...面倒な可能性もあるから出来るかどうかチョット調べてみないとな >
< なんでー? >
< ここは外国との貿易をしてる港町だからな。入市税や通行税だけじゃ無くって、輸入品の税金とかウルサい可能性があるんだ。馬車の場合は積んでる荷物もチェックされるコトが多いし、入市税や港で荷を揚げた時に払った税金の証明が無いと、出るのが面倒だったりするかも >
< へー、そうなんだ! >
ポルセトの状況がどうなのか、今ひとつ俺の知識があやふやだ。
南岸地域は昔から貿易が盛んな上、商売で蓄積した資金力に物を言わせて自由都市を標榜していた街も多かったことから、その歴史的な経緯でいまも街によってと言うか、その街の領主によって対応が違ってた気がする。
さすがに市壁も無いってことは無さそうだけど、エルスカインの部下達は税金とかどうやってるんだろうか?
あれ?
それを考えると馬車で運び込むってのは非現実的かな?
どこか途中でコッソリ転移門に乗せて、直接地下工房に届ける方が揉め事のリスクが少ないだろうし・・・
ソブリンでもそうだったけど、どうもミルシュラントで長く過ごしているうちに、入市税とか通行税とかに対して鈍感になって来てるよな、俺。
< ねぇお兄ちゃん、思ったんだけど? >
< なんだい? >
< そもそもさー、ヴィオデボラから来るのが『転移門じゃなかったら馬車だ』ってコトも無くない? >
< え? 荷物を運ぶのにか? >
< そー >
< 小さな貴重品なら人が直接持って来るってのもアリだけど、それだったら目立たないから転移門でいいだろう。やっぱり荷物は、それなりの量か大きさのものだと思うぞ? >
< じゃなくってー...うーんとね、突拍子も無い考えだと思うけどさー >
< 全く突拍子も無いな! >
< いちおー聞いてよーっ! >
< 冗談だよ。で、なにを考えたんだ? >
< 転移門が使えない理由ってさー、発掘場所に人の目があるって他には無いのかなー? って思って... >
< 例えば? >
< 発掘場所が動いてるとか? >
< 冗談かと思ったけど、ホントに突拍子も無かったな! >
< じゃー、発掘場所はどこ? >
< どこって、それがヴィオデボラだろ? >
< だいたいさー、古代遺跡の発見とか発掘とか大騒ぎになる話じゃん? しかもシンシアちゃんが言ってるよーに、物凄く沢山の人が働いてたらゼーッタイに秘密とか守れないよね? >
< それはまあ...>
< だったらさー、馬車の帰りをつけていかなくっても周囲の街で噂を集めて回れば、発掘場所なんて見つけられると思うのよねー >
< ああ、そう言う手もあるか...>
< でも、そーやっても発掘現場は、ヴィオデボラは、見つけられないんじゃ無いかなーって気がするの。理由は無くって、お兄ちゃんが良く言ってる『勘』ってヤツだけどねー >
パルレアの直感か・・・俺はパルレアのことを信頼しているし、ちょくちょく危なっかしいところはあっても、シンシアとは違う方向性で頼りきってるとも言える。
なら、その直感も信じるしか無いのか?
無いよな?・・・
パルレアの勘では、いま俺たちが考えてる方法ではヴィオデボラを見つけられない気がすると言ってるけど、それは噛んだから・・・もとい勘だから明確な理由を説明できないのは、いつもの俺と同じだ。
だけど言われてみると、俺にも否定できない気がしてくる。
< パルレア、さっきは発掘場所が動いてるなんて言ってたけど、マジでそういうことって起こりうるのかな? >
< アレは『転移門が使えない理由は何があるかなー?』って考えたら咄嗟に浮かんだだけだけど...『転移門が使えないかも』ってゆーコト自体がアタシたちの希望ってか願望に過ぎないしさー >
< 仰るとおりだな >
< で、フツーに転移門で運び込まれてくる可能性も高いでしょ? >
< そりゃあそうだろ。その場合は別の方法でヴィオデボラを探すしか無いと思ってるよ >
< 不可視状態でコッソリ連中の転移門に紛れ込むとかねー。まー、何処に跳ぶか、跳んだ先に何があるか一か八かだけど >
< 銀ジョッキを地下にいさせて、ヴィオデボラからの荷を運んできたヤツを特定できれば、そいつの戻りに相乗りするってのはアリだよな? >
< シンシアちゃんは反対すると思うけどー? >
< だろうな... >
話しながら歩いている内に倉庫街に戻って来た。
いったん路地裏に入り、人目が無いのを確認してから俺も不可視結界を起動する。
昨日の倉庫の周辺には人気が無く、商売をしている場所特有の活気も無い。
なんて言うか・・・この一角はさっきの港の喧噪とは真逆って感じだ。
< 建物の外にさー、人払いっぽい結界とか張ってる訳でも無いのに、なんでだーれもいないんだろ? >
< あー、酔っ払いは通ってたもんな? 人避けしてるんじゃ無くて単に誰も来る必要が無い場所か...この一角の建物は全部、エルスカイン達の持ち物だろう。昨夜も明かりが一つも無かったし、建物自体には誰もいないんだよ >
< じゃー、使ってるのは地下だけ? >
< ソブリンの離宮と同じで、地上部分は世間とやり取りするためだけの偽装だな。この分なら、この街の官吏や顔役も揃って買収されてるって気がする >
通行税とか輸入税とか、そういう庶民感覚での心配事は無用なんだろう。
俺も社会生活はリンスワルド家とスターリング家に頼りまくってるから偉そうなことは言えないけど。
< あ、誰か出て来た! >
< お、ホントだ。一人だけ通用口から出てきたな... >
< 追う? >
< 言うまでも無い! >
事前に不可視化しておいて良かったよ。
倉庫から出てきた商人風の男の後ろをひっそりとつけていく。
服装は商人風だけど、あのローブの男とは別人なのか、それとも着替えただけなのかはハッキリしない。
男はスタスタと港の方に向かっていったが、途中で道を曲がって市場や露天の並んでいるエリアとは違う桟橋へ向かっていった。
< 朝ご飯でも買いに行くのかと思ったら違ったねー。船に乗るとかー? >
< ありうるな >
男は、そこそこ大型の船が接岸できる桟橋に行くと、船では無く、その一角にある建物に迷わず入っていく。
< あれは、徴税官の詰所だな >
< さっき言ってた輸入税とかー? >
< それだよ。桟橋に着いた船には徴税官が貼り付いて荷物の積み降ろしを見張るんだ。申告通りの荷物の種類と数かをチェックして、問題なければ規定通りの税金を徴収して終わり。税金逃れをやろうとしてたらドデカい罰金を科して払うまで出航させないんだ >
< 払うまで根比べ? >
< そりゃ無理だな。桟橋の利用料だけでも毎日相当な金額が加算されるし、税金の支払いが済むまでは水や食料の積み込みも許されないから、コッソリ逃げるのも難しい >
< お金が無いって言い張っちゃえばー? >
< 積み荷を取り上げられるし、挙げ句に逃げて軍船にでも追われたら、船を沈められても文句を言えないな >
< うわぁー... >
< とは言え港側も、無茶や横暴は出来ないんだ。貿易港としての評判は大切だからね。税率や手数料が高いと他の港に行かれちゃうし >
< バランスってヤツねー >
< そういうことだ >
しばらく待っていると、男は少し立派な服を着た徴税監督官らしき男に見送られながら建物から出てきたが・・・どうみても、普通ならふんぞり返ってるはずの役人の方がペコペコしてるよ?




