魔獣はどこに消えた?
「そりゃあ実感できる方がいいよな。精霊の水魔法は出来具合がはっきり自分にも分かったから、割と早く力を伸ばせたかなって気もするし」
「じゃあこれ」
そう言って、パルミュナはベッドから降りると、椅子に座っている俺の前にやってきた。
「じっとしててねー。これは言葉よりこっちの方が早いから」
俺の頭を両手で掴むと、自分のおでこを俺のおでこにくっつけてくる。
東西の大街道で、最初に精霊たちの見ている景色を見させて貰ったときと似たような感触だが、今回は視野ではなく、頭の中に直接イメージが流れ込んできた。
文字の並びもあるけれど、これは精霊文字だ。
パルミュナの呪文と同じで、知らないのに分かる言葉。
いや、イメージか・・・
あ、これは魔法陣なのか!
複数の呪文とそれぞれに通す魔力の流れ、術式の起動する順序や強さ、向ける方向、そういった諸々が精緻に組み上げられた構造を持つ、一塊のイメージとなって頭の中に浮かんでいる。
「見えたー?」
「ああ、見えたよ。これがなにかも分かった...防護の結界を張る魔法陣だな?」
「あたりー! ねっ、頭の中にスッと入っていったでしょー? ライノの魂には精霊の力の根源があるの。だから、自分がそれを使えると言うことを知れば、もう使えるようになるのさー」
「ちょっと自分でも驚いてる...これで俺にも防護結界を使えるってことか」
「そー! 思い浮かべれば使えるし、制御できるよ?
「こんな簡単に...って言っちゃいけないんだな。パルミュナが写し取ってくれたからこそか」
「ぶっちゃけねー、この魔法陣をイチから組み上げるのは結構むずかしいけど、あるモノを使うだけなら簡単なのさー」
「その最初の一歩が大変なんだろう? まあ俺は、素直に大精霊の力を借りてって感じだけどな」
「それでいーのよ、あとは経験が育ててくれるからさー。あと、張れる防護の強さは魔力の増え方次第だねー」
「自分で自分が育つのを待つって感じか...」
「そ、れ、と...いま私がやったみたいに魔法陣を誰かの頭の中に写し取ってあげれば、その人だけの防護結界も張れるようになるよー」
「マジか! なんか凄いなソレ...」
「ただ、その時の魔力はライノから出ることになるから闇雲には使えないし、離れ過ぎて魔力が届かなくなると効かないから注意してねー!」
「おお、了解だ。」
「ライノはさー、アタシがラスティユに結界を張るのを見て、ちびっ子たちを動かすのは世の中の理をうまく使うことだって、すぐに理解してたでしょー?」
「理解って言うのはちょっと...そんな風かなって、ただ想像しただけだし」
「まーとにかく、いちど心に収まれば自然と身に付いていくものなの。だから慌てなくても、これからどんどん使えるようになっていくから心配無用だよー!」
うーん、とは言われても、そこは正直不安・・・
俺はなんとなく自分自身を信頼できないし、やっぱり早く鍛錬したい。
まあ、王都キュリス・サングリアまでの道のりはまだまだ長いし、途中で練習する機会は沢山あるかな?
でも王都に向けて南北の本街道を北上していくなら、この先どんどん行き交う人が増えていきそうだし、人目を避けて歩くってのは無理そうな気がする。
精霊魔法を鍛錬するなら、田舎道を遠回りする感じのコースを探すしか無いかなあ・・・できるだけ人に見られずに王都まで行けるように。
・・・ん? 人に見られずに?
その時、俺は『人に見られずに』というフレーズから、まったく別のことを思い浮かべていた。
「そうか、誰にも見られてないんだ!」
「なにがー?」
「魔獣のことだよ。二百年前の魔獣の噂!」
「んー?」
「そもそも辺境伯が王都に放つ魔獣を用意してたって言うのが本当ならな、その沢山の魔獣たちは、辺境伯が捕まったときに『どこに消えたんだ?』ってことなんだよ」
誰にも見られること無く、誰が、どこに、どうやって隠したか、あるいは連れて行ったか・・・それも、公国軍が城を囲んでいた状況で。
「城が焼け落ちて、一緒に消えたってか? だったら、魔獣の話は単なる噂じゃなくて、魔獣の焼死体が証拠として残ってておかしくないはずだろ? だって大公の派遣した公国軍の軍勢に囲まれてたんだぞ?」
「魔物じゃ無くて魔獣なら死体は残るよねー。ノミとかダニとか出てくるぐらいだもんねー」
山道でウォーベアを討伐した時に、そんな話もしたっけな。
でも実際、いくら油を撒いて火を着けたって言っても、沢山の魔獣の死体が灰になって消えるまで燃えるなんて、ちょっと考えられない。
「つまりー本当は魔獣なんていなくて、根も葉もない噂だったー?」
「いや、人間族主体の地元領民たちが二百年も残したほどの噂になってる話だぞ? 出元には、なにか目撃談とか証拠的なものがあった気がするんだ」
「そーねー、もしタダの妄想なら、辺境伯が討伐されちゃったらそこで終わってた気はするかなー? そもそも誰も真に受けないってゆーか」
「だろ? たださあ、沢山の魔獣をどうやって王都まで運び込むつもりだったんだよ? 当時なら関所もあっただろうし、魔獣の檻を積んだ馬車の隊列に、道から外れて山越えさせるとか無理だろう?」
「だよねー。ふつーに考えたら見つかるよねー」
「そうすると、なにか特別な手段があったはずだ。例えばパルミュナが出てきた箱みたいな感じとかさ」
「アタシたちの使ってる箱みたいなのはー、存在のズレてる隣り合った世界を一時的にくっつけてるようなものかなー。前にライノに見せた、精霊たちが遊んでる世界と、この現世を一時的につなぐ扉みたいな感じ?」
「そうなんだ...違う世界をくっつけても意味ないよな」
「やっぱり妥当なのは転移魔法かなー?」
「古代の魔法だろ? 二百年前にそれを使える奴がいたとすればな」
「うーん、でも転移魔法って精霊ならともかく、人族が使うのは結構大変なんだよねー」
「まあ、存在だけは知ってても、実際に日々使ってるなんて話は聞いたこと無いもんなあ...」
「あらかじめ、両側に転移門を開く魔法陣をおいて、あと余計なモノに邪魔されないための結界を張ったりとか、かなり準備がいるかなー」
「行く先にも魔法陣がいるのか? 好きな場所に飛べるって訳じゃないんだな」
「うん。それにねー、使うたびに魔力を莫大に消費するの。転移門に魔力を供給する仕組みでもあれば別だけど、普通は一度設置したからってずっと使える訳じゃ無いし、運ぶものの量に応じた魔力が必要になってくるのよー」
「そうなのか。手軽になんでもアリって訳にはいかなさそうだな」
「送り込む魔力が足りないと、向こう側で上手く実体化できずに元の場所にもどっちゃったりとかー」
「なにそれ。中途半端に届いちゃったりするのか?」
「ううん、完全に実体化するまでは、実際はまだ届いてないの。ただ届く様子が目に見えてるってだけー」
「ああ、その途中で魔力が不足すると、結局届かないで終わると」
「そんな感じー」
「なるほどね。だけど、パルミュナたちっていうか精霊たちは、割と気ままに出現できるよな? 現世に顕現するのは転移魔法とは違うのか?」
「アタシたちは精霊の世界の中でなら自由に居場所を変えられるから、一度戻って、別の場所で顕現し直せば、まあ実質的に転移したような感じになるけどさー。世界を跨がった転移とは言えるかも知れないけど...人には無理じゃ無い?」
「うーん、そうすると王都にも手引きする奴が必要だな...まあ、辺境伯は有力貴族だ。王都にも屋敷を持ってただろうから、そこが拠点か...」
ルーオンさんの話じゃ、ルースランド王家が背後に付いてたってことだし、金を積めば拠点や協力者はなんとでもなる話だ。
今回の旧街道の化け物騒ぎと、二百年前の辺境伯の叛乱騒ぎには、絶対に繋がりがあるとしか思えない。
それがどんな繋がりかは、二百年越しの闇の中だけどな。