Part-2:南海の遺跡 〜 転移門の事故
離宮の地下から無事にソブリンの宿屋に戻った俺たちは、五人で今日の成果を確認し合った。
出掛ける時には、エルスカインの重要拠点がソブリンにあるかどうかさえ確認できれば上出来だと思っていたのに、シンシアの罠と銀ジョッキ、それにパルレアの魔法のお陰で実地偵察まで出来たし、アトルの森のコリガン族とピクシー族の協力で、その全容も見えてきたのだ。
マジ大収穫。
ただ、ルースランドはエルスカインにとって重要拠点だったけど、決して本拠地では無いという事も納得できた。
ヤツはもっと、どこか遠くの、奥深くに潜んでいるのだ。
「お兄ちゃん、ところでエルダンの二人はどーするの?」
それだよ・・・エルダンに放置している二人のローブの男、エルスカインの直属の部下と思えるホムンクルスをどうするか考えなければ。
「悩ましいんだよな。このまま捕まえておいたところでロクに秘密なんか喋らないって言うか喋れないだろうし、生かして帰せばシンシアの罠の事がエルスカインに露呈して、離宮の警戒が厳重になるだろうし...」
エルダンは魔力が濃いからホムンクルスなら飢え死ぬ事も無いというパルレアの見解は信用していいだろう。
ただ、このまま捕まえておいたところで果たして尋問できるのかというと、甚だ怪しい。
宣誓魔法で部外者に対して秘密を口に出来なくされていて当然だし、エルスカインから見放されたら死ぬしか無いということも良く分かっているだろう。
カルヴィノのように半分騙されて利用された『下っ端』の現場要員とはワケが違うからね。
「とは言え、二人の失跡に王家の人や、他のエルスカインの手下が気が付くのも時間の問題ですよね? どこでどうして二人が消えたのか、近々に捜索が始まると思います」
「キモは、あの二人が前日の内にエルダンから戻っている事が知られているかどうか、だよな。少なくとも二人の口ぶりじゃあ、シンシアの罠を持ち帰った事をエルスカインに報告はしていない。それが帰還自体の報告前だったからか、自分たちの戦果を確認するまでワザと黙っていたのか、それによって時間的な猶予が変わるだろう」
「あのシンシア様? 本来のあの小汚...罠の転移門を記した紙は、いまエルダンの檻の中にあるのかしら、ね?」
「そうですねマリタン。あの罠は御姉様が起動状態で転移させましたけど、いまは転移門が閉じて、あの二人の足下にでも転がっていると思います」
「まー、アレは事故だからー!」
「で、シンシア様の造ったニセの罠の紙は、兄者殿が回収なさったのよ、ね?」
「ええ」
「俺が持ってるよマリタン」
ポケットからパルレアが写し取った魔法陣の描かれている紙を出してみせる。
「それでは...『事故』で押し通してしまうのはどうかしら、ね?」
「マリタン、それはどういう意味だい?」
『事故で押し通せばいい』と言ったマリタンの口ぶりに、ちょっとした茶目っ気を感じた俺は真意を尋ねてみた。
「兄者殿、あの罠の転移門は不完全なの、よ。ワタシにアレを挟み込んだ錬金術ホムンクルスが自分で造ったんでしょうけど、きちんとした転移門の術式になってないの。しかも、一方通行に改造したから余計に不安定。ね、シンシア様?」
「マリタンさんの言うとおりですね。以前に御兄様にお話ししたように、アレは錬金術師が不完全な情報で組み上げた感じです」
「だから事故ったのーっ!」
「いやいやパルレア、誰一人としてお前を責めてないからな? そもそも転移門を転移門で送ると不安定になってどんな挙動が起きるか分からないって、お前も言ってたんだし...」
「そうです御姉様。いまの結果もそれほど悪いとは思いません」
「うん」
「で、二人はずっと脱力状態のままなのかシンシア?」
「いえ、エルダンの地下は魔力も濃いですし、すでに罠は転移門と一緒に消えていますから、時間が経てば回復すると思います」
「なら、知力も魔力も回復する前に手を打った方がいいな」
「そうですね」
「マリタンが言いたいのは、不完全な転移門だから『事故が起きるのは必然』って感じに見せちまえばいいってことだよな?」
「そう、ね、兄者殿。今あのローブの男達は檻の中で失意のどん底にいる、はず。足下に落ちている『罠の魔法陣』が自分たちをこんな目に遭わせてる事は理解してても、その理由までは思い至らない、と思うの、ね」
「つまりこうか? 錬金術師が中途半端で粗雑な造りの魔法陣を罠に使っていたせいで、転移門が制御不能に陥って自分たちも巻き込まれた。罠の送り先はエルダンの檻だったけど、転移門がデタラメに動いたせいで、そこに送り込まれたり引き戻されたり散々な目に遭った、と?」
「そう言うストーリー、よ、兄者殿。どうかしら、ね?」
「私は悪くないと思います御兄様。あの魔法陣はマリタンさんの言うように不完全でしたし、御姉様が言うように、実際に起きた事も一種の事故ですから」
「事故よねー!」
パルレアこだわってるなあ・・・
「ですから逆に、その事故の原因が『二つの転移門を連結したせい』であるとか、『転移門で転移門を送った』からだというのは、むしろ背景を知らない者には考えつかないんじゃ無いかと...」
「それもそうか! アイツらはシンシアのニセモノの罠に嵌まった事に気付いて無いんだもんな。背後で何が行われてたか知らないなら、錬金術師の造った魔法陣がいい加減だったから、としか思えない訳だ」
「実際にそうよ、ね」
「ええ。事故が起きかねない記述ミスや混乱は、本当に魔法陣にありますから」
「分かった、じゃあ具体的にはどうすればいいのかな?」
「あの二人が無気力に座り込んでいる間に、離宮の地下に送り戻しましょう」
「出来るのか?」
「あの檻の中には、ね、姉者殿が罠を送り込む時に使った転移門が張ってあるのでしょう? だったら、それを使って二人を離宮の部屋に引き戻せるのではないかって思うの、よ?」
「ああ、それもそうか」
確かに、あの檻の中には俺自身が転移門を設置してきてるからな。
まさにローブの二人はその上に乗っている訳だから、状況認識さえ混乱させれば強制的に離宮の地下に連れ戻す事は出来そうだ。
「じゃあ俺がエルダンに行って、不可視状態のまま檻に入ってアイツらと一緒に離宮に行けばいいよな?」
「いえ、私が参ります」
「シンシアが行かなくても大丈夫だろ? 二人を連れて強制転移させるだけだし、そっとメダルをローブにくっ付けて離宮に着いたら回収するとか...それで良くないか?」
「二人を送り戻すだけならそうなんですけど...出来れば、もう一度銀ジョッキを離宮に侵入させたいので」
「それも俺がやるよ。回収した時の逆で、パルレアに次元のズレを作って貰えばいいだろう?」
「カンタンに言わないでー!」
「えっ、そうなの?」
「御兄様、あれは凍らせた『橋を架ける転移門』という存在があったから送り込めたんです。現世に引き戻すのは御姉様にとって簡単ですが、狙ったズレ幅に送り込むのは簡単では無いかと」
「ドコでもいーなら送り込めるだろうけどさー、そーしたら銀ジョッキと本体の接続が面倒ってゆーか、探し出せないかも?」
「そういうことか...」
「ですので、私と御姉様が一緒にエルダンに行く必要があるのです。あの場で檻の中の二人を魔法で眠らせ、そこを床に落ちている罠の魔法陣の紙ごと御姉様の結界で包んで銀ジョッキを送り込みます。まとめて離宮の地下に送り込んだ後は、御姉様が二人だけを結界から引き出せば、銀ジョッキがズレた次元に残ります」
「ややこしいなあ...」
「いずれ銀ジョッキと本体自体を改良したいとは思いますけど、いま出来るのはこの方法しかありません」
「そうなると、シンシアとパルレアがエルダンに行って二人を銀ジョッキと一緒に離宮に送る。で、俺は離宮の地下でパルレアが二人の後を追って転移してくるのを待ってればいいのか?」
「そこにお兄ちゃんいなくてもダイジョーブだけど?」
「一応の護衛はいるだろ。いつ誰が入ってくるか予測がつかないんだぞ?」
「そっかー」
「御姉様が二人を結界から引き出したら、一緒にここへ戻って下さい。私もすぐにエルダンからここへ跳びます」
「で、銀ジョッキは見えない存在として離宮の地下に残る、と。まあ状況が許せば回収に行きたいけどな」
「そこは状況次第かと?」
「だな、とにかくそれでやってみよう」
「なあライノ?」
「なんだアプレイス?」
「この宿、もう一泊分払っといた方がいいんじゃねえか?」
ですよね・・・
 




