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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第七部:古き者たちの都
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転移門に繋がる転移門


これは途轍もなく残酷な想像だ。


つまり、イークリプシャンの一般国民は、そのほとんどが何らかの理由で終戦時に命を失っているということになる。

エルセリアに変容したのですら無く、ただ『消滅した』だけ。


そして、生き残ったイークリプシャン達は一部がエルセリアに変貌し、残りのごく少数・・・恐らくはエルスカインの一派・・・だけは、ガラス箱に入って難を逃れたんじゃないか? そういう話だからな。


「そうすると、『帳尻が合ってない』ように見えていたのは、後代の人々が『見えている部分』だけで考えていたからだと...でも、実は消えたモノや隠されていたモノを加えると帳尻は合っていたとするならば、それこそがガラス箱の存在する理由かも知れませんね」


「俺もそう思うんだよシンシア。その帳尻合わせに決着を付ける事こそがエルスカインの目的だろう」

「その帳尻合わせは、どんなコトだと思ってらっしゃいますか御兄様?」


「正直、何が起きるかハッキリ分からないけど、とにかく止めなきゃいけないコトは確かだからな。それも、ただエルスカインを倒すっていうより、ヤツが長年かけてポルミサリアに埋め込んできた『仕掛け』自体をきちんと消し去らなきゃいけないと思う」


シンシアが深く頷いた。

対して、パルレアは吃驚した顔をして目を見開いている。

まあ、これまでの伝承の『常識』とは正反対だもんな。


いなくなったイークリプシャンはみんなエルセリアになったんだと勝手に思い込まれていただけで、きっとそれは違う。


多くの者は命を失い、生き延びた少数だけがエルセリアへと変容した。

さらに、エルスカインに連なるイークリプシャン達は、ただ『隠された』だけだったのだ。

本来は造り出したアンスロープの戦士達や、その素材になった魔獣や奴隷達を氷漬けにして保管しておくためだった、あのガラス箱に・・・

呪い返しを受けないように。

エルセリアにならないように。


いまもガラス箱の中で時を止めて待っているのだろう。

その呪い返しを誰かに肩代わりさせて、自分たちが自由になれる日を。

再び外の世界を闊歩できる時が来るのを。


まだエルスカインの仕掛けが完成していない今の時点では、ガラス箱に入れられているイークリプシャン族は外界に出て時間が動き始めた途端にエルセリア化するに違いない。


恐らくはリリアちゃんと、その母親のように。


リリアちゃんと、その母親がエルスカインの一味だったという見方に対しては、俺はいまも変わらずに懐疑的だ。

八年前の脱出劇? が実際のところどういう出来事であったにせよ、彼女らが本当にエルスカインの仲間とか身内であったのなら、そもそも脱出する必要が無かっただろうし、なぜ魔獣達に交じってエルダンにいたのかも釈然としない。


シンシアが持ち帰った『ガラス箱の帳簿』をしっかり調べてみないと断定は出来ないけれど、なんとなく他のエルセリアがエルダンに眠っている事は無さそうな気もするんだよな・・・


俺の残酷な推測を切っ掛けに、少し暗い雰囲気が漂いだした地下室でエルダンのガラス箱について考えていると、急にシンシアが声を上げた。


「転移門が開かれました!」


その声に慌てて本体の上に浮かんでいる写し絵の光景に目をやると、檻の中に微かに揺らぐ『空間の穴』のようなモノが現れ、あのローブの男が覗き込んでいるのが薄らと見えていた。


ついにかかったか!


「銀ジョッキを突入させます!」

「やってくれ、シンシア!」


俺がそう言い終わる前に、すでにシンシアは銀ジョッキをローブの男の顔めがけて突っ込ませていた。

もちろん彼にとって銀ジョッキは『実在していない』存在なので、顔にぶつかる事も無く、そのまま幽霊のように向こう側へと通り抜けていく。


「御姉様、転移門の連結に成功しました! エルダンへ跳ばして下さい!」

「まかせてーっ!」


パルレアが両手を伸ばして魔力を高めると同時に、球形の結界ごと氷漬けされた罠の転移門の姿が揺らぎ、一瞬の後にフッと姿を消す。

同時に、ローブの男の絵姿も本体の箱の上から掻き消えた。


「無事に行ったよー!」

「はい。これでもう大丈夫です」

「よし! 『銀ジョッキ』とまとめて一緒にソブリンの宿屋に転移するぞ!」

「行きます!」


何も映らなくなった『銀ジョッキ』の箱の前に立つシンシアが、そのままの状態で転移門を作動させる。

俺とパルレアも一緒にソブリンへと跳んだ。

急に現れた俺たちを凝視するアプレイスとマリタンを尻目に、いまは銀ジョッキの再接続に集中だ。


「繋がるか?」

「いまやってみます!」


固唾をのんで、『箱』に付いている突起のいくつかを操作し続けるシンシアの姿を見守っていると、またある瞬間、不意に箱の上に絵姿が浮かび上がった。

どこかの室内だが見覚えは無い。


「銀ジョッキと繋がりました!」


シンシアの手元操作に合わせて銀ジョッキから送られてくる視界がぐるりと巡り、ローブの男の後ろ姿が映し出される。

となりにもう一人の男がいる。

似たようなローブを着ているけど、後ろを向いているから先日の大広間で一緒にいた奴かどうかまでは分からない。


「やったなシンシア、凄いぞ!」

「はい御兄様、やりましたっ!」


シンシアがいつかのように可愛く、でもちょっとだけジュリアス卿に似てる雰囲気のポーズで拳を握ってみせる。


『これは一体どういうことだ?』


突然、聞き覚えの無い声が室内に響いた。

まさかの反撃かと慌てそうになったけど、シンシアが平然としているって事は、これは予想通りの事態だな。


そうか、これは銀ジョッキが送ってきている、あの室内の音か!

絵姿だけで無く音まで魔力変換して送ってこれるとは・・・

凄いな銀ジョッキ。

じゃなくて、凄いなシンシアとマリタンの魔導技術。


『儂にも分からん。この転移門の先はどこかの牢獄に繋がっていると聞いていたのだが』


二人の会話が聞こえてくる。

シンシアが銀ジョッキを更に転回させるが、部屋の中にいるのはこの二人だけのようだ。

殺風景で、何に使われているのか判然としない雰囲気の部屋だな。


『様子を見るに牢獄は牢獄だな。少々狭いが...それよりも錬金室に侵入した奴らは何処にいるのだ?』

『姿が見えん。そんな広い場所では無さそうだがな』

『うぅむ...だが、どこかで見た覚えのある場所のような気もする』

『儂もだ』

『捕虜がいないのでは仕方が無い。侵入者は以前にエルスカイン様から聞かされていた勇者一行だと思っていたのだが...』


いま確かにエルスカインと言ったな!

名前を知っているという事は直下の部下か?


『空振りか? しかし罠は確かに作動して魔導書も開いていたぞ。話に聞いていた通りの様子だったことは間違いない』

『どうする? 空振りだったと報告するのか?』

『いや、だったらワザワザお伝えする事もあるまい。手柄にもならんし、むしろ勝手な事をやったと叱責される可能性もある』

『それもそうか...』

『捕虜がいないならいないで、一応、ゲートを完全に広げて向こうの場所の確認だけでもしておこう』

『分かった。それがいいだろう』


そう会話すると、一人目の男が何やら手を動かして、小さなのぞき穴のようだった転移門の連結を広げた。

最初は罠の『一方通行』の状態を維持しつつ、様子見をするためだけに細くブリッジを繋いでいたのだろう。


「あっ、シンシアちゃんマズいかも! アイツらがゲートを広げたから凍結が不安定になってきてるー!」

「罠が動き出すんですか?」

「かもー。なんか、向こう側の魔力の揺らぎが変な感じー!」

「パルレア、こっちへの影響は?」

「この部屋も屋敷も今はエルダンと繋がってないから、ぜーんぜんへーき」

「だったら様子を見よう」


次の瞬間、突然二人の男は同時に膝から床に崩れ落ちた。

床に手をついて苦しそうにあえいでいる。

喋ろうとしているようだけど、ヒュルヒュルと息を飲むような音がするばかりで、声となって聞こえてくる事が無い。

それになんだか、嗚咽しているような感じもする。

ひょっとして泣いてる?


「錬金術師の仕掛けていた転移先の罠が稼働してしまったみたいですね。いま、あの二人は魔力を封じられた上で絶望と恐怖に苛まれているんだと思います」

「かなり怖いぞソレ」

「警戒していたら対処できたレベルの魔法だと思うのですけど、まさか、味方の仕掛けた罠が逆向きに襲ってくるとか予想外ですものね」


冷静な分析だなシンシア。

土くれになって消えた錬金術師が不憫に思えてくるレベルだ。


だが俺は、次に起きた事態に目を疑った。


よろよろと立ち上がった二人の男が、そのまま転移門に『吸い込まれて』しまったのだ。

本当に、まるで小さな穴から液体が流れ出す様子を見ているように、二人の身体がぐにゃりと液体のように捻じ曲がり、洗い桶の排水口から流れ出すかのごとく穴の向こうに消えていった。


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