精霊たちがいない土地
辺りを睥睨するかのように荒れ果てた城跡が鎮座しているとはいっても、『人の目』で見ている限りでは、その丘の周辺は若草が生い茂り、小さな花が咲き誇った野原に過ぎない。
絵に描いたような、のどかな春の光景かな?
だけど・・・
『精霊の目』で見たら、そこは荒涼とした原野のように感じる。
なんというか、殺伐とした雰囲気。
実際にそんなことは無いのだけど、生き物の気配なんて欠片も感じ取れないようにすら思えてしまうほどだ。
そんな廃墟近辺の様子は分かったのだが、パルミュナが手を離そうとしないので、そのまま二人で手を繋いで歩き続ける。
親子かよ?
まあ現実的な話として、もしも精霊の目でないと認識できないものがどこかから飛び出してきたりしたら、見えてない俺には咄嗟に対処できないだろう。
その点では、こうして貰っている方が安心感はある。
ちょっと気恥ずかしいけどな。
前を歩いていたレビリスが振り向いたときに、俺たちが手を握り合って歩いているのを見て、当然のように、その意味を誤解したらしい。
「大丈夫だよ妹ちゃん。何があってもライノが守ってくれるさ。もちろん俺も頑張るよ、うん」
まあな・・・そう捉えるのも無理はない。
魔法の戦闘力がどんなにあるとしても、若い女の子が『不気味なものを怖がる』って言うこと自体は、ごく当たり前だ。
それに、幽霊を怖がってる騎士だとか、呪いっぽいものにはとにかく近寄りたくないって断言する豪腕の剣士ぐらい普通にいる。
日常的に『不気味なもの』を相手にするのが仕事の破邪はともかく、正体の分からない、不思議なものを怖がるっていうのは人にとって本能的なものだし、今回の化け物騒ぎも、その心理が根底にあるわけだからね。
でも正直なところパルミュナの場合は、本来どっちかというと『人に怖がられる側』じゃないかな? って気もしないでもないんだが・・・?
「痛ぁっ!!」
思わず叫んだ俺に、またレビリスが振り向いた。
「どうした?」
「いや、何でもない。ちょっと尖った石に足の指をぶつけただけだ」
「そ、そうか...」
ブーツ履いてるけどな。
手の指の付け根にはパルミュナの爪がギッチリと食い込んでいた。
血が出そうだぞ、その食い込みっぷりは。
伝わってたのかよ、変なことを考えて悪かったよ・・・
まあ、視覚とか共有してるもんな。
俺が空いてる方の手を伸ばし、お詫びの気持ちを込めてパルミュナの頭をぽんぽんと撫でると、ようやく力を緩めてくれた。
それにしても・・・
近づくにつれて城砦の廃墟はその全容を露わにしていき、そのあたりから吹き出す魔力の奔流も、否が応でも存在感を増してくる。
今回はパルミュナも魔力を絞っているのか、それとも触れ合っているのが手のひらだけだからなのかは分からないが、以前のようにハッキリとしたビジュアルではなく、魔力の方はなんとなく正体が見えている、というぐらい。
なんだけど・・・それでも凄い威圧感だ。
城砦は屋根や天井などの上部構造が焼け落ちて、残っているのが石造りの土台や壁の部分だけとは言え、丘全体を防衛拠点として使うような、昔風の山城の作りだったことが見て取れる。
今時の貴族の居城のような屋敷とか館と言った瀟洒な風情ではなく、本当に立て籠もって戦うことを前提とした古い城の造りだ。
夕日が真横から当たっていることもあって、石垣には深い陰影が浮かび上がり、一層無骨な雰囲気を醸し出している。
これは、甥っ子とかいう裏切った騎士団長の手引きがなかったら、駆けつけた公国軍も攻め落とすのに手間取ったかもしれないな・・・
そこそこ村に近いのに農地として利用されていないのは、恐らくこの城跡一帯の土地の扱いが、何らかの理由で領主から保留にされているからなんだろう。
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その後、なんとなく落ち着かない気分で、木立の合間から見え隠れする廃墟を横目に見ながら歩き続け、城跡から一番近い、ハートリー村にある今日の宿に着いた。
レビリスと相談した計画では、明日は街道を外れて城跡の方に丘を登っていき、廃墟の中を調べてみることになっている。
問題は『具体的になにを探せばいいのか』が決まってないというか、分かってないと言うことだが、とにかく、直感に訴えてくる怪しいものを見かけたら、お互いに声を掛け合って詳しく調べてみよう、という程度のゆるーいプランだ。
プランって言うのもおこがましいけど。
今回、俺たちは破邪としてエイテュール子爵家の正式な依頼を引き受けている立場だから正規の依頼状も持ってるし、どこにずかずか入っていこうと罪に問われることはないだろうが、それはあくまでも『公式には』と言うことであって、地元の人から見たら、余所者がうろうろしているとしか見えないのは仕方がない。
そこで宿についてすぐに、地元の事情をよく分かっているレビリスが『暗くなる前に先に挨拶してくる』と言って、このハートリー村の村長さんの家を訪ねていった。
『明日から城砦の廃墟とかを調べて回るけど気にしないでね。村人が不安がってたら説明しといてね。よろしくー』っていう挨拶だ。
俺たちは同行せずに、宿でくつろいでいてかまわないというので、お言葉に甘えて、夕食までしばし部屋でのんびりする。
「あれはなんとかしないと駄目だろ?」
荷物を置いて、ベッドの上にごろんと横になっているパルミュナに問いかける。
「そーねー。やばいよねー」
「のんきな言い方だなあ...たとえアレが今回の化け物騒ぎに無関係だったとしても...もちろん俺はそうは思わないけど...あの濁った魔力を吹き出してるモノの根っこは、刈り取って散らさないとヤバいだろ。まるで、わざと魔力を溜めて澱ませてた桶の栓が抜けたみたいだ」
「そーだけど、あれくらいなら他にもあちこちあるよ? もちろん、だから放っておいていいってわけじゃなくてさー、ちゃんと刈り取って回らないとダメだけどねー」
「そうなのか? あれこそ草刈りしないといけない中心みたいに思えたんだが...」
「まだライノが見慣れてないからだよー。例えばさー、将来、ライノが大きなドラゴンを倒したとしたら、きっとあれどころじゃない量の魔力が吹き出すよー」
「うおっ、それを聞くと、全くというか益々というか、俺にドラゴンと戦うなんて未来永劫に出来なさそうな気がするぞ?」
「そんなことないってばー。冗談抜きで、ライノってどんどん強くなってきてるよー。きっとドラゴンなんて、あっという間に倒せるようになるよー」
ベッドの上に寝転んで、足をバタバタさせながら言われても説得力ないから!
て言うか俺、自分で自分のことをそこまで信頼出来ないから!
「いやパルミュナ、お前が俺と一緒に歩くようになってまだ二十日も経ってないだろ? そんなに変わるもんかよ?」
「んー、でも精霊魔法もけっこう覚えてきてるしさー、この先もどんどん伸びると思うんだけどなー」
「ありがとな。でも今回もなあ、レビリスと一緒に行動すること自体は良かったんだけど、精霊魔法の練習をする時間がゆっくり取れないのがネックだな」
「精霊の魔法ってさー、本質的には人族の魔法と違って世界への干渉じゃないんだよねー」
「ん? つまり?」
「人の魔法みたいにさー、一時的に世界の理を無理矢理に書き換えるようなことじゃなくて、そこにあるものの流れをうまく変えるみたいな感じー? 無いものを生み出すよりも別の場所から持ってくるみたいなー」
「いや、すまん。なにを言ってるのかさっぱり分からん」
「えーっと、流れを知って、それを操ること?」
「...パルミュナ、お前が俺になにかを伝えようとしてくれてることは分かる。だけど残念ながら、その意味が全く掴めないんだ。悪いな」
ホント、辛い・・・
パルミュナは相変わらずベッドの上で足をバタバタさせている。
「んー、この前、パストの街に行く途中で、精霊の世界を見せてあげたでしょ?」
「ああ」
「あの時の見え方は、今日とどう違ってたー?」
「おお、あの時は今日と違って凄くくっきり見えてたから、パルミュナも凄く魔力を注ぎ込んでくれたんだろうなって思ったよ」
「今日はー?」
「ぶっちゃけ今日は、ぼんやりっていうか、存在とか雰囲気とかは、ちゃんと分かるけど、くっきり見えているって感じじゃなかったな。この前と違って、触れ合ってるのが手のひらだけだったからか?」
「まー、でも、様子は分かったよねー?」
「ああ、ちゃんと見えてたとは思う」
「今日はねー、ほとんどライノ自身の力で見てたのよー。アタシは切っ掛けって言うか、どう見ればいいか示してただけって感じー」
「え、そうなのか?」
「そうなのー。あれからたった三日だけでも、ライノ自身の精霊の世界を見る目が育ったのよー。精霊的なモノの見方が身についてきてるって感じかなー?」
「おおっマジで!」
「マジそんなもんよー」
「でも、それってもちろん嬉しいんだけど、自覚がないから微妙だな...自分の力がどれだけ伸びてるのか自分で分からないって意外とやっかいかも」
「うーん、じゃあさー、上達が目に見えるものもあればいいよねー?」
そう言ってパルミュナはベッドから身を起こした。