トークンとオーラ
「ところでライノ、トークンが自分に刻印された番号を周囲に魔力で喋ってるとか言うさっきの話だけどな、あのトークンって毎回、発行する相手のオーラを読み取って記録してるワケだよな?」
「だな」
「普通、その人のオーラってのは早々変化するもんじゃないから、その記録を見れば、そいつが何回ソブリンに来たかとかいつ頃滞在してたかとか全部バレちまうってワケか」
「ああ。結構、エグい仕掛けだよな?」
「他人とトークンの貸し借り禁止ってのは税収だけの話じゃなくって、そこの整合性も見越しての事なんだろうけど...俺たちの場合はどうなるんだ?」
「と言うと?」
「だって『銀箱くん』は乱数とか言う仕掛けで、起動する度に違うオーラを出すんだろ? つまりアレで発行したトークンを使えば、ソブリンに入る度に毎回違う人になりすませるって事じゃないのか?」
「おおっ...鋭いなアプレイス!」
「この先、またソブリンに来る事があるのかどうか、今回もすぐに退散するのか長く滞在するのか分からんけど、コイツはエルスカインを撹乱するネタになるかも知れないな...」
確かにアプレイスの言うとおりだ。
『銀箱くん』を使えば、俺たちは毎回『身元不明』のままで活動できるってことだから、もしも離宮の調査でソブリンを再訪する必要が出てきたら大いに助かるな。
まあ正直、そんなに何度も来たい場所じゃあ無いんだけどね・・・
「で、ライノ。さっきの話をまとめると、離宮にある転移門と繋がってる先が『エルスカインの本拠地』ってことになるのか?」
「その可能性は高いよ。だけど俺たちはエルスカインの拠点がどこに何カ所あるのかをそもそも分かってない。最初の頃はルースランドこそ本拠地だと思い込んでたけどな...だから本拠地、言い換えれば『そこにエルスカイン本人がいる』と確信するのは、よほどハッキリした証拠を見つけないと厳しいだろうな」
「もしもそうだとハッキリ確信できたとしたら...そこに転移門で突入するつもりか?」
「うーん、正直まだ決めかねるな。いまが攻め時だとは思うし、さっきの話は置いといて本当の本拠地だと確信できれば、一か八か突っ込んで大暴れしてみるって手も考えないんでもないけど...いま、ここからそれをやろうとすればパルレアとシンシアも一緒に来ようとするだろう?」
「だろうな」
「それは避けたい。二人とも得意分野は違うけど、それぞれに俺を超える力を持ってる。だけど、なんて言うのかな...荒事要員じゃないんだよ。転移門の向こうに精霊爆弾を放り込むのと、目の前にいる相手の目を見ながら斬り付けるのは全然違う話だ」
ふと、初めてレビリスと親しくなったときのことを思い出した。
あの時にレビリスがパルミュナの事を心配して追い掛けてきてくれたのもそういう理由なんだけど、『本気の対人戦』を経験していないと、人同士で戦う事の怖さや辛さが中々ピンと来ない。
で、初めてその場に立った時には足がすくむ事になる。
まあ、誰にでも『初めて』っていうのはあるものだけど、出来ればシンシアやクレアやパルミュナには、そんな経験を積まずに生きて欲しいとも思う。
甘いのかな?・・・
「言わんとする意味は分かるさ。魔獣やホムンクルス相手ならともかく、『人族』を相手に問答無用で暴れられるタイプじゃないよな、二人とも」
「そんなところだな」
「でも押し留められるとも思わないぞ? 俺としてはな」
アプレイスに痛いところを突かれた。
二人とも止めて停まるはずが無い。
俺だって、あの二人との約束や想いを振り切って飛び出すなんてしたくない。
かと言って、どうすればいいのかさっぱり分からないんだけどな・・・
「止められないなら一緒にいくしかないだろう? もう俺たちはみんな、そう言う間柄だぞ?」
「そうなんだけど...危険の程度が分からないからな。俺はあの二人を守ることを放棄できない。それが却って足枷になる可能性だってあるんだよ」
「まあ分かる」
「アプレイスなら、どうすればいいと思う?」
「単純だな。奥が見えない洞窟には飛び込まない。中にいるのが敵対者だけだとハッキリ分かっているのなら、入り口から魔力の続く限りブレスを吹き込んで焼き尽くす。調べるのはその後だ」
「まあ、そういうことだよな...」
この場合、アプレイスも転移門経由でブレスは吐けないだろうから、シンシアの精霊爆弾を山ほど送り込んで、向こう側をあらかた吹っ飛ばした後に乗り込めばいいのか?
だが、それで次の重要な手掛かりを吹き飛ばしたり、エルスカインを仕留めたかどうか判然としない、なんて状態になるのも厄介だ。
それに、あのローブの男達が罠の転移門を開いてくれなかった場合は、結局、物理的に離宮の中を探る方法を考えないといけない事になる。
さすがにパルレア流で『ワザと捕まる』なんてエキセントリックな手法は勘弁願いたいけどね・・・
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そのまま、ミュルナさん達が『部屋を訪ねる言い訳』用に買ってきてくれた菓子なんかをポリポリと摘まみながらシンシアとパルレアからの連絡を待った。
腹が減っていると言うより手持ち無沙汰だから。
アプレイスは『みんなで食事にしよう!』という時はノリを合わせて一緒に食事を摂るのだけど、『飢えを鎮めるため』という意味ではほとんど食事を必要としないから、こういう隙間の時間に何かを口に入れようとかはしない。
すると、その横で俺一人が本格的に食べるって言うのも気が向かないから、革袋から料理を出すほどじゃあ無いんだよな・・・
お菓子と果物という微妙な甘さの連続でそこそこ腹がくちくなるのは、これまた微妙な満足感・・・食べた記憶が薄い、と言ってもいい感じだ。
そんな風にダラダラと時間を過ごしていると、窓の外には、はや宵闇が迫ってきた。
このままずっと動きがなければ・・・つまり転移門が開かれる事も、あの紙が別の場所へ移動する事もなければ・・・シンシアが仕掛けた罠が露呈したという可能性が高い。
念のためにそのまま数日くらい待ってても良いのだけど、たぶん屋敷の地下で待ち続けるパルレアの集中力が保たないな。
よりにもよってパルミュナとクレアって言う、『飽きっぽい』を絵に描いたような二人がどうして一緒になってしまったのか・・・
いや・・・でもクレアの飽きっぽさは割と表面的というか、『嫌いな事から逃げ出すため』の意図的な態度っていうところがあったハズだよな。
それにパルミュナの飽きっぽさは元々が、現世に対する興味が希薄だったせいだろう。
そう考えると、逆に今はいい塩梅に落ち着いていると言えなくもないのか?
なんにしても、一応深夜まで待つか、待っても動きがなかったら明日はどうするか、そろそろシンシアやパルレアと相談しておいた方がいいかな。
「アプレイス、俺は一旦屋敷に戻ってパルレア達と今後の相談をしてくるよ。今夜は待機するとしても、明日からの事もあるしな」
「ああ、俺は待つのは幾らでも平気だけど、みんなはそうも行かないだろうからな。どうするか決めてくれ」
今度なにか『待ち伏せ』が必要な時にはアプレイスに頼もう。
寝て待ってもいいって状態なら十年くらいは平気かも知れない。
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屋敷の地下の転移門はまだ『凍らせた罠』で埋まっているから、いったん玄関ホールに転移して地下への階段を降りる。
驚かせないように軽くドアをノックしてから開けると、二人とも口にパイの切れ端を咥えたままの状態で同時にこちらを振り向いた。
「あ、ごにいひゃんおがえひなは...」
「飲み込んでから喋ろパルレア。あるいは口から飛び出てる分を皿の上に戻せ」
シンシアがテーブルの上に散らかっているおやつ類の数々を慌てて小箱に収納しようとしている。
別に、そんな証拠隠滅とかしなくても・・・
俺が出しておいたデザート類なんて、すでにカケラも残っていなくて、いまテーブルの上にあるのは全てシンシアが新たに出したおやつ類だ。
って、なんか結構色々あるな!
「すまんすまん。驚かすつもりは無かったんだけど、そろそろ陽も暮れてきたから、どうするか相談しようと思ってな?」
「あ、そうですね! なんだか地下室にいると時間の感覚が薄れてしまって」
「退屈だったろ? 悪かったな」
「いえ、そんな事は全然...えぇその...」
なぜかシンシアの顔が真っ赤だ。
大量のお菓子類を俺に見られてしまったのがそんなに恥ずかしいんだろうか?
若い女の子が甘い物好きなのは普通の事なのにな・・・
なにしろこっちは、エールを飲みながらジャムを舐めるパレルアを見慣れてるんだからね!
 




