二重の転移門
「ここからはシンシアに相談なんだけど、あのローブの男達が持っていった紙は、パルレアがマリタンの罠から写し取った転移門そのままだよな?」
「え? ひょっとして...」
「うん。アイツらは、あの転移門の繋がっている先の『牢獄』が大広間の脇にある魔獣の檻、自分たちの目と鼻の先にあった場所だってコトを分かってないんだ。そしていま屋敷の地下で氷漬けになってる転移門と、シンシアがあの男達に持たせた転移門は、完全に同じ場所...と言うか『同じ転移門』に繋がってる...」
「あ...」
「なあシンシア、同じ転移門に出てくるはずの『橋』が同時に繋がったらどうなるんだ? 先着順でどちらかしか繋がらないのか? 両方同時に繋がるのか? それとも反発して打ち消し合うからどちらも使えないとか、そんな風になっちゃうのかな? どうなんだろ?」
俺がそこまで言うと、シンシアの目の奥でいつもの輝きが回り始めた。
ちょっと俯き加減になって、口から小さく独り言がこぼれ出てくる。
後はいつも通り、シンシアの思考を邪魔せずに待っているだけだな!
「転移門が同じ場所で同時に開くと...でも、あれは人の魔法の『橋を架ける転移門』だから本来は起動と同時に双方向...でも罠の方は一方通行で...次元がズレてるから...」
その場で動かずにシンシアの思考が固まるのを待っていると、パルレアがそっと俺の袖を引っ張った。
何かと思って声を出さずにパルレアの方を見ると、通りの向こうを指差している。
そこには揚げ菓子の屋台が出ていて子供達が群がっているようだ・・・って、今はそれどころじゃないの!
「御兄様、試してみたい事があります!」
「うん、いけそうか?」
言い出しっぺの俺にも、シンシアのプランがどんなものかはおおよその見当が付いている。
「やってみないと分かりませんけど...屋敷の地下から『銀ジョッキ』を送り込み、エルダンの檻の中で待機させます。もしも、もしも、あのローブの男達かその仲間が、虜囚になってるはずの私たちを引き出そうと、あの紙に複製した転移門を開いてくれれば、その『橋を架ける転移門』を通じて『銀ジョッキ』を離宮の中に送り込めるかも知れません」
「あの魔道具を転移門に通して、さらに次の転移門に飛び込ませる訳か? それで上手くいけば離宮の中を探れると」
「はい、これは『橋を架ける転移門』でしか出来ない方法だと思いますけど、理論的には可能なはずです」
「よし、それだな!」
「ただし相手が転移門を開こうとするタイミングを待ち伏せする必要がありますね。それが無駄な待ち時間に終わる可能性も高いのですけれど...」
「その時は仕方ないさ。ダメなら別の方法を考えるだけだ」
「ですね!」
「危険はないかな?」
「罠の転移門は本来なら一方通行です。私たちは橋が架かったところを御姉様の術で凍らせたので魔道具を行き来させる事が出来ていますが、普通なら向こうから屋敷の方には届きません。次元もズレたままなので、『銀ジョッキ』を見られる事もないはずですが」
普通なら・・・普通なら、か。
でもエルスカインは『普通の相手』じゃないよな?
「なあパルレア、屋敷で凍らせてある転移門を処分する必要が出た時、お前が『最後はエルダンに放り込めばいい』なんて言ってたよな?
「言ったー」
「つまり、あの氷漬けの転移門自体を好きに転移させる事は出来る訳だよな?」
「空間魔法を入れ子にするから、送り込んだ先でどうなるかハッキリ分かんないけどねー! タイミングとかー、使われ方とかー? あと、一度送ったら二度と元に戻せない感じ?」
「それで十分だ。揚げ菓子は何が食べたい?」
「ハチミツのー!」
「よし、好きなだけ買ってこい! って、いまはピクシーで透明か。じゃあ俺が買ってきてやるから待ってろ」
「ゆう、いえライノさん、私が買ってきます!」
「あ、ミュルナさん悪いですね...」
「とんでもありません!」
「一緒に行くー!」
パルレアが透明化したままでフワッとミュルナさんの横に浮かんだ。
きっと耳元で『アレを買え、これも買え』と囁くつもりだろう。
まあミュルナさんも見た目は子供だから、親に言われた『お使い』の内容を思い出そうとしてる時の独り言って感じに見えるかな?
早速ミュルナさんにお金を渡して、焼き菓子を買ってきて貰うまでの間に段取りを考える。
なぜパルレアに『凍らせた罠ごと』転移させられるかを確認したのは、万が一にもエルスカインにアスワン屋敷を辿られない方法を考えたかったからだ。
いま分かってる限りでは、奴らはアスワン屋敷の存在を知らないし、知る方法も無いはず・・・
だけどそれは、あの場所から直接エルスカインを覗き見るような事が今まで出来なかったからだし、向こうだって俺たちが潜伏する場所、つまり精霊魔法の転移門が繋がる先が『何処かにある』って事は承知している。
俺たちもエルスカインも、互いに自分の本拠地が露呈するリスクは出来るだけ減らしておきたいし、先に相手の本拠地を暴きたいという発想は同じはずだ。
「シンシア、エルダンの地下城砦には、いまも誰かいると思うかい?」
「分かりませんけど、いる可能性は五分五分だと思いますね。普通なら復旧が終わってまたホムンクルス造りを始めているでしょうし、そうなったら錬金術師があの部屋に籠もっていると思います」
「ただ、エルスカインの手下の少なさを考えると、いきなり全開で色々な事を再始動出来てるかは微妙だよな」
「そうなんですよ。あのローブの男達が二人揃ってソブリンに転移したのも、あくまでも復旧のための一時派遣だったからのような気もします」
「ちょっと悩ましいか」
「御兄様、それこそ銀ジョッキでエルダンの地下城砦に誰かいるかどうかを確認したらいいのでは?」
「おお、そうだな。まずは屋敷に戻って...どこで転移門を開こう?」
さすがに、こんな大きな街で真っ昼間から転移門を開くのは危なすぎる。
勝手が分からない街で人通りの少ない路地裏を探したところで、時間ばかり掛かってしまいそうだ。
「いっそ宿屋に行って部屋を借りるのはどうだライノ?」
「それだアプレイス!」
宿屋で部屋を借りて、室内に転移門を開けば誰かに見られる心配はないし、ローブの男達が転移門を開くタイミングを待つのにもピッタリだろう。
揚げ菓子たっぷりを買い込んで戻って来たミュルナさんに、広めでプライバシーのしっかりしている宿を知らないかと聞いてみると、曰く、『自分たちで宿を借りた事はないのですけど、小耳に挟んだ噂では...』ということで評判の良さそうな宿の名前を教えて貰えた。
宿屋を借りれないと厄介だったし、面倒でも入市税を払ってトークンを買っておいて良かったよ!
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ミュルナさんの教えてくれた宿屋は市内でそこそこ有名なところらしく、通行人に聞きながら探し歩いてみたら意外と簡単に行き着く事が出来た。
宿屋で空き部屋があるか尋ねたら、トークンを見せるように求められたのでポケットから出すと、宿の女将はそこに刻印されてある数字を宿帳に書き写した。
トークンに刻み込まれているのはなんの言葉にもなっていない文字と数字の羅列、それと有効期限の日付だけ。
日付の方はともかく、羅列の方はエルダンのガラス箱に記してあった『製造番号』を彷彿とさせる感じだな。
そこそこの宿代を払って無事に部屋を確保した後、コリガンとピクシーの人達には『徴税ゴーレム」について調べに行って貰い、シンシアが部屋の中に密かに転移門を開いた。
なんとなく、『銀の梟亭』の二階の角部屋をフォーフェンへの転移先に使わせて貰うことになった顛末を思い出すけど、さすがにこの宿屋を勝手に『ソブリンの転移先』にしてしまう訳にはいかないよなあ。
今後の事を考えるとココに転移門を開いておきたい気もするけど、毎回トークンを買う必要があるなら市壁の外でも同じか・・・
後で方策を考えてみよう。
「御兄様、まずは屋敷に戻ってエルダンの地下城砦を偵察ですよね!」
「ああ、大広間だけでなく、ガラス箱置き場と錬金室にも誰もいないか確認しておきたいんだ」
「わかりました、急ぎましょう」
もしもの時の連絡要員としてアプレイスとマリタンには部屋に残って貰い、三人でアスワン屋敷の地下室に戻る。
さすがに高純度魔石がなかったら、一発での転移は躊躇する距離だったな。
 




