トークンを確保
内心、少しばかりドキドキしながら徴税ゴーレム前の列に並び、自分の順番が来たらシンシアに貰っておいた硬貨で入市税を支払う。
それから自分の手の平を押しつけるフリをしながら身体を捻って『銀箱くん』を黒いプレートに押しつけると、無事にトークンが吐き出されてきた。
セーフだ!
発行されたトークンは銀色の薄くて小さな板で、片側に小さな穴を開けて紐が通してある。
トークンを無くさないように首から提げられるという配慮だろう。
わざと首には下げず、そのままポケットに入れて市壁の門を通り抜けてみる。
一応、門番の衛兵は立っているけれど、わざわざ呼び止めてトークンを確認したりはされなかった。
徴税ゴーレムの列に並ばずに、そのまま門を通り抜けている人は市内居住者なのだろうけど、そう言う人達も通りすがりにチラッとトークンを見せているだけで、個々の身分証を確認する事もしていない。
これは効率優先とか、チェックが『ゆるい』とかでは無くて、『チェックする必要が無い』からじゃないか?
想像だけど、トークンを持っていない者が要所近辺をウロウロしていたら、何らかの手段でそれを見分ける事が出来る。
で、兵士がそいつの姿を確認して、未成年でなさそうだったら臨検を行うとか・・・
徴税ゴーレムに使われている魔導技術を応用すれば、出来そうな感じがするな。
市壁の門をくぐってから少し歩いたところでミュルナさん達が待っていてくれた。
ピクシーのヨハル青年は姿を消しているので、ぱっと見では四人の少年少女が、『次は何処へ行って遊ぼうかと相談中』という雰囲気である。
四人にはさりげなく目で合図をし、人気の少ない路地裏へ誘導して入市の段取りを話した。
ミュルナさんから大筋は聞いていたようで、みな黙って頷く。
「ところで勇者さま...」
空中からヨハル青年の声がする。
「あ、ヨハルさん、俺の事はライノと。呼び捨てがしづらければ『ライノさん』くらいでお願いします。パルレアやアプレイスにも様付けはしないようにお願いしますね。出来るだけ自然な口調で」
「わかりました。ではライノさんと呼ばせて頂きます。それで、その『銀箱くん』という魔道具のことですが、それほど重いものでなければ私が運びましょうか? 袋に入れて抱えていれば一緒に不可視化出来ますので」
何処まで用心するかだけど、俺たちが門を通る回数は少ない方がいいに越した事はないか・・・
これまでも透明化した状態で市中をウロウロして見つかりそうになったりトラブルになったピクシーはいないという話なので、ここは一つお言葉に甘える事にし、シンシアに指通信で不可視化したヨハルさんが『銀箱くん』を持っていくと伝える。
で、ヨハル青年は『銀箱くん』を抱えて二往復。
結果、一刻と少々で無事に全員が市壁の内側に入る事が出来た。
アプレイスが無事に入れたので、パルレアとマリタンも表に出てきて貰う。
「あ、串焼きの匂いがするー! お兄ちゃん食べたでしょーっ!」
まずそれかよ。
++++++++++
「パルレアは透明化したピクシーのままでいろよ。串焼きは後で買ってやるからちょっと待っててくれ。で、ミュルナさん、ここから『離宮』まではどの位の距離ですか?」
「普通に歩いて一刻かからない程度です。大通りが交差する場所に建っていますから、この道をまっすぐに行けば迷う事はありません。ただ、あまり近くには寄れないですね」
「どうしてです?」
「その手前の街区からは貴族以外の立ち入りが禁止されています。出入りする御用商人の配達なども身分証が必要です。ですので、大通りも途中からは迂回するように別れていまして、一般の者はそちらを使います」
「なるほど...一般人が離宮に近づくのは難しいという事ですね」
「ですが、わたくしどもであれば、子供のフリをしたりヨハルさんの透明化で近づく事も出来るかと...」
「いえ、お気持ちは有り難いんですけど、それは止めましょう。それに、結局俺たちが一緒じゃないと、皆さんには『調べるべきこと』が分からないですよ。言葉で説明出来るモノでも無いので」
「左様でございますか...」
「替わりにと言ってはなんですが、皆さんに調べて欲しい事があるんです」
「なんでございましょう!」
「徴税ゴーレム...市壁の前にいた入市税の徴収器のことなんですけど、アレを、何処で、誰が作っているのか、分かる範囲で結構ですので調べて貰う事は出来ませんか?」
「なるほど、承知致しました。ぜひお任せ下さい!」
四人のコリガン達が急に顔を輝かせて頷く。
やっぱりコリガン族はアクティブというか、中々に冒険好きな人達だよな。
「有り難うございます。ですが、普通にさりげなく調べて分かる範囲で結構ですので...くれぐれも調べている事を知られたり、目立ったりする事がないようにお願いします。調べて回っていると誰かに気づかれたら逆効果ですからね」
「はい、肝に銘じておきます!」
「それは御兄様、あの徴税ゴーレムの製造場所にも、なにか鍵が有るというお考えですよね?」
「うん、シンシアが見抜いたようにアレは特別な造りだよ。トークンでソブリンに出入りする者たちを管理しているのは、それなりの意図があっての事だろう。むしろ『ついでに徴税』だったとしても俺は驚かないな」
「徴税ゴーレムとトークンを使った何らかの仕組みで市内の人の動きが監視されているとしたら、それは防衛的な手段や市民の管理が目的でしょうね。費用対効果が釣り合わないのは見かけだけかもしれません」
「俺もそう思うよ」
「つまりライノ、アレを使う『裏の理由』を知っておく必要があるって訳か。言われてみると確かに不自然だもんな」
「そうだアプレイス。だから離宮に近づく前に出来るだけ情報が欲しいんだよ」
「ねー、お兄ちゃん?」
「なんだパルレア、串焼きじゃなくて甘いモノにしたいか?」
「ちっがーう! それよりもさー、個人を見分けられるトークン?で、住人や出入りする人達を管理してるんだとしたらさー、すっごい数だよね?」
「そうだな、さっきの行列を見るに、一つの門だけでも毎日何千人も出入りしてるだろうね」
「それってさー。要は変なヤツを離宮や王宮に近づけないためでしょ? アソコの中身を守るとか人に知られないようにするとか」
「だな」
「だったらさー、怪しいヤツがふらふらーっと近づいて捕まったら、ドコに連れて行かれるのかなー?」
「それ、どういう意味だパルレア?」
なんだっけ?
昔のことわざで『竜の巣穴に飛び込まなければ竜の子供は手に入らない』とかなんとか? 竜穴に入らずば竜児を得ず、だったか。
毎度毎度、どうしてこうパルレアは奇抜な発想を浮かべるのか・・・
一体これまでどういう暮らしを送ってきたのか、いまここで小一時間問い詰めたいところだ。
「さすがにそれは危険すぎます御姉様!」
間髪入れずにシンシアが反対する。
まあ、いまの文脈から言って、俺かパルレアがワザと捕まってみる、という展開しか思い浮かばないよな?
「まあ落ち着けシンシア。パルレアも自分が捕まってみるとか言い出さないように。どうせ俺に却下されるに決まってるんだからな?」
「えへー」
「だけど、なんとかして中を探る事は必要だと思う」
「えっ、御兄様まさか!」
「いやいや、さすがにエルスカインの拠点に連行されるのはキツい。革袋だって取り上げられてガオケルムも出せなくなるだろうし、タダで済むとは思わないよ。だけど、結局は離宮に忍び込んでみないと、あそこがどういう拠点なのか分からないだろう?」
「それはそうですけれど...」
「とは言っても、不可視結界がどこまで有効なのかも出たとこ勝負だ。窓の無い屋内じゃあ跳躍門が使えない可能性もあるしな?」
「正直に言って分の悪すぎる賭だと思います。と言うか、失敗した時に取り返しが付きません!」
「俺もそう思うぞライノ。リスクが大きすぎる」
「ああ、だから中の様子も分からない内に忍び込むとか、自分からワザと捕まってみるとかはナシだ」
「では、どうするおつもりですか?」
素人考えだから、ホントにそんな事が出来るかどうかはシンシアに要確認なんだけど、そこで俺の考えでは『転移門』だ。
二つの転移門が『連携して動く』とまでは行かないまでも、なんかどうにかして『繋がり合う』くらいにはならないだろうか?
もしそれが出来れば、離宮の中を探れそうな気もするんだけどね・・・




