探知先にある建物
俺の質問に、男里長のタルスさんは微笑んでゆっくりと首を振った。
「いえ、そうではございません勇者さま」
あ、違うんだ・・・まあとにかく、困ってる人達がいなくて良かったよ。
「この辺りにエルフの子供が来ることはまず無いので、最初は迷子であろうと考え、ピクシーの者と協力して街の方へ誘導してあげようと考えたのですが、はて、近づいてみると精霊の気配がございます。これは大精霊様が顕現なさったに違いないと考え、お声掛けした次第です」
「そうでしたか。でも、この森ではコリガンの方とピクシーの方が親しいのですね。余所の森では共存関係だけど、協力して何かをするようなことは特に無いとも聞いていましたので」
「そうかも知れませんなあ。普通であればコリガンとピクシーは同じ森にいても暮らしぶりが随分と違いますゆえ。しかしながら、この森のコリガンとピクシーは、長年にわたって協力し合って生きてきております。狩りも協力して行いますし、里も隣接していて日頃の暮らしではかなり混じり合っておるのです」
「それはいいですね」
「そうなった由来は古いのですが、この森特有なのかも知れませんな。私どもコリガンもピクシーも、故郷を離れて他の森の『氏族』と会うことなど滅多にありませんから詳しくは存じませんが」
「それはそうでしょうね...」
コリガンとピクシーのことを良く知った今となっては、彼らに長距離を移動する能力が無いとは全く思わないけれど、元来、閉鎖的な部族というのは余所者を警戒するだけで無く、自分たち自身もあまり外に出掛けていかないものだ。
アンスロープだって、一人で集団を出て旅に出たり街で暮らすような者は『一匹狼』と呼ばれて変人扱いされるとレミンちゃんが言っていたし、きっとコリガンやピクシーも似たようなものだろう。
「ただ、この森は勇者さまも仰るとおり今では街に近うございます。たまには街に出掛けることもございますので、ごくごく希に、街中で他のコリガンやピクシーと袖触れ合うことはございますな。まあ、エルフや人間など他の人族は、我らが人混みに混じっていることすら気が付きませんが」
「え、街に出たりするんですか?」
ちょっと意外だ。
「はい。最近では全てを森の恵みで賄うよりも、森の獲物を街で換金して目当てのモノを買った方が良いことが多くございますので...それにコリガン族は他の人族の前に出てもエルフの子供のフリをしてやり過ごせますので、街に出ないと手に入らないモノなどを仕入れる時は、我々がピクシー族の分も手に入れて参ります」
「なるほど!」
「逆に、ピクシー族は森の周辺を監視して、迷い込んできた人族がうっかりピクシーやコリガンの里に近づいたりしないように幻惑を見せて誘導します。ピクシー族が居なかったら、この『アトルの森』の周りはもっと早くに切り開かれておったことでしょうなあ」
「ホントに協力関係なんですね」
「ええ、もちろん最初にパルレアさまを見つけたのもピクシーの者ですな」
中々面白い話だ。
里長のタルスさんは話し好きな感じだし、ピクシー族の長と紹介されたオルハルさんも、口は開かないもののニコニコと微笑んでいて、温和で人好きのする雰囲気を漂わせている。
色々と話してみたいところではあるんだけど、今は探知地図の確認が優先だな。
「タルスさん、実は俺たちはここでちょっとやっておきたいことがありまして、それでパルレアを呼びに来たんです。申し訳ないのですがしばらく我々のことを放置しておいて頂けませんか?」
「承知しました。なにかご入り用のものがあれば用意させましょう。とは言え、我らの里に大したモノはございませんが...」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、今日、俺たちがここに来た事と今から見る事は、ここに居る方達だけの間で内密にして頂けないですか?」
「左様でございますか。人払いと言うことであれば我らは森に戻りますゆえ」
「いえ、そこまでは。ただ見たことを他人に言わないで頂ければ」
「お約束致します」
「じゃあお願いします」
探知魔法自体は魔石のペンダントに加工して売られているほど周知のモノだし、隠すようなことじゃあ無い。
探知する対象がちょっとアレだけど、まあコリガンとピクシーなら見られても問題ないだろうし、そもそもパルレアが引き連れてきてるのだから、変な意図を隠し持ってる人達のはずが無いからね。
信用して構わないだろう。
「御兄様、早速、御姉様の分とアプレイスさんの分を合わせて位置を確認してみましょう!」
シンシアが自分の持っていた探知地図を地面に広げて置き、さらにアプレイスから受け取った地図とパルレアから受け取った地図をその上に慎重に重ねた。
三枚の地図が重ねられている訳だけど、当然、見えているのは一番上に載っているモノだけだ。
「では、いきます」
シンシアが宣言して地図の上に両手をかざす。
指先から魔力が放出されていくのに合わせて、探知をかけた時と同じようなさざ波というか騒めきが地図の表面に生じていく。
ただ、今回はその密度が高いというか細かいし、微妙にズレてる感じもするな・・・
あぁそうか、三枚分に記録された探知結果を呼び出して、一つに重ね合わせてるからこういう風に見えるんだな!
三枚の探知地図から抽出された『波紋』が合成されて、見る間にクッキリとした同心円を形作っていく。
それぞれの同心円が少しずつズレてるから、ソブリンの辺りでは最小の同心円が三つの輪の様に重なり、その中心部分に歪んだ三角形のようなエリアが見て取れた。
恐らく、このちょっと丸まったような三角の何処かに、あのニセの罠の紙が持ち込まれているはずだ。
地図の縮尺がそれほど細かくないから、建物や街区の判別までは厳しいけど、位置的に言ってど真ん中、四方から延びてきた街道がソブリンの中心で交差する辺りに、三角形の中心があるように見えるな。
ここは、やっぱり王宮なのか・・・?
「シンシア、ここにある建物はなんだと思う?」
「調べてみましょう」
そう言ってシンシアは小箱から別の地図を出した。
ソブリンの市街地図だ。
さすがはシンシア、準備万端である。
丸みを帯びた三角形の中心と思える場所にシンシアが小さくペンで印を付け、それとソブリンの市街地図を並べて睨む。
「王宮ではありませんね。ソブリンの王宮は少し離れた位置にあるようです。外から入ってきた街道が交差する辺りにも大きな建物がある風に描かれていますけど、その建物が何かは、この地図には記載されていないようです」
「そうか...とりあえずそこに行ってみるしか無いな」
「ですね。現地を見て考えましょう。念のためにルースランドの貨幣は一通り持ってきていますから市内に入っても大丈夫です」
重ね重ねさすがシンシア、用意周到である。
って言うか、俺はルースランド貨幣の事とか一欠片も思い浮かべなかったよ・・・反省。
「あ、あの勇者さま?」
「なんでしょうタルスさん?」
「僭越ながら、口を挟んでも宜しゅうございましょうか?」
「もちろんですよ。何か?」
「その、実は耳に入ってしまったのですが、ソブリンの中心街で街道が交差する場所に有る大きな建物が何か分からないと仰っていたように...」
「ええ、俺たちの持っている地図には書いてなくてね」
「そこは恐らく王家の『離宮』ではないかと」
「離宮、ですか?」
「はい。離宮とは言っても、本当は元々の王宮だったそうですが。二百年ほど前に今の場所に新しく大きな王宮を建て直したので、そちらが離宮という扱いになったという話でしたな」
俺とシンシアは思わず顔を見合わせた。
大当たりもいいところだ。
そういう王家にとって特別な場所なら、一般に出回っているような市街地図に建物のことを記載していないのも無理はない。
「なるほど! 有り難うございますタルスさん。離宮って言うのは王家の親戚が住んでるとか、大事な客を迎える迎賓館とか、そういう感じの建物なんですか?」
「いえ。ルースランド王家の人々は王宮に住んでいますが、お年を召したり重い病を患ったりして国政の場に出ることが辛くなってくると、離宮に移って隠居生活を送るのだそうですな。これまでの国王と王妃も、みな崩御の直前は離宮で過ごしたとか聞いております」
またもや俺とシンシアは無言で顔を見合わせた。
それって、つまりホムンクルスの入れ換えじゃないのか・・・




