アトルの森の住人たち
二人で座って四方山話をしながら迎えを待っていると、やがてアプレイスからの指通信が来た。
< もうお二人さんが見えてるぜ、さっきと同じ場所に降りればいいか? >
< ああ、それでいいよ >
< じゃあ動くなよ。踏みつけたくないからな >
< 潰れたら賭は俺の勝ちなんだろアプレイス? 金貨十枚だ>
< 良く言うぜ >
< 私が受け取りますから大丈夫です! >
< むう...そうなるとライノを潰した後で飛んで逃げるってワケにもいかないな! >
< 逃げても転移で追いますからね、アプレイスさん! >
< それは怖いな >
さっきの話をしてからのシンシアは『心のつかえ』的なものが消えたのか、驚くほど快活になって、俺は内心ビックリしているよ。
今だって、アプレイス相手に俺をネタにした冗談を言うなんて凄い変化だもの・・・
ともあれ着地したアプレイスの背にシンシアを抱えて即座に乗り込み、急いでパルレアの居るところをめざす。
< パルレア、俺とシンシアはいまアプレイスの背に乗ったところだ。これからそっちに向かうぞ >
< わかったー! >
< 降りた時と同じところで待っててくれな >
< はーい >
「ところでマリタンさんは?」
「シンシア様ーっ! ワタシはここですの」
アプレイスの腕の中から声がした。
帰りも背中に貼り付いているよりは抱きかかえられる方を選んだらしい。
本当に面白い本だ・・・文字として記述されてる内容ではなく『人格』が面白いって意味だけど。
「シンシア、探知地図の突き合わせは何処でやろうか?」
「あまり時間を空けるとまた相手が動く可能性もあります。屋敷に戻ってからよりも早いほうがいいと思いますから、御姉様の居るところに降りたら、そこで確認してしまいましょう」
「分かった。じゃあアプレイス、そういう段取りで頼むよ」
「了解だライノ」
そこからまた一刻ほど飛んで、最初にパルレアを降ろした森の間際に着陸した。
が、パルレアの姿が草地の上に見えない。
メダルの不可視魔法を動かしていても、同じメダルを持ってる仲間には位置が分かるはずなんだけど・・・それともピクシーの魔法で姿を消してるのか?
少しばかり不安になりそうな気持ちを抑えて指通信を起動する。
< パルレア、どこだ? >
< あー、お兄ちゃんもう着いたー? >
< 着いたよ。同じ草地だ >
< ちょっと待っててねー >
とりあえず繋がったし、パルレアの声にも危機感が無かったことに安心したけど。
で・・・どこでなにやってるんだパルレア?
++++++++++
アプレイスも人の姿に変わってしばらくみんなで待っていると、森の縁からパルレアがスキップするような足取りで出てきた。
・・・が、一人じゃ無い。
エルフの少年少女を数人引き連れてこちらに向かってくる。
マジか?!
一体、どういうつもりなんだか・・・
「お兄ちゃん、お待たせーっ!」
「何事も無いならいいんだけどな。その子供たちはどうした...ん?」
子供じゃ無いな!
ぱっと見ではエルフ族の子供達だけど、いまの俺には足運びと『オーラ』だっけ? 周囲に纏う魔力の気配で見分けが付く。
以前は無理だったけど、『銀箱くん』にまつわる一連の経験で、相手の『オーラ』を上手く見ることが出来るようになってきたからな。
それで、この前エンジュの森に行った時に、コリガン族とピクシー族には自分やシンシアのようなエルフ族やハーフエルフとはまた違うオーラがあることに気が付いたのだ。
ちなみにパルレアの場合は、ピクシーからコリガンへと姿を変えるのは魔力で大きさを変えているだけなのでオーラは変わらない。
って言うか、もともと大精霊なんだから人族とはちょっと違うし。
で、一件エルフの子供達のように見える彼ら彼女らは言うまでも無くコリガン族だ。
まさか、ルースランド侵入中に出会うとはな!
しかも、周囲に浮かぶ微かな気配・・・姿を隠しているけどピクシー族も一緒だ。
何がどういうことでそうなってるのか、サッパリ見当も付かないぞ。
「待たせてゴメンねー」
パルレアが俺に駆け寄ってきてピョンと抱きつくと、後ろを付いてきていたコリガンの人達がその場に立ち止まって跪いた。
浮かんでいたピクシー達も姿を現して地面に降りる。
あれ、こういう仕草が出てくるってコトは、俺たちの正体がバレてる?
いや、パルレアの持っている大精霊の気配をコリガンやピクシーが分からないはずも無いから仕方ないか・・・
挙げ句にドラゴンさえ一緒に居るんだしな。
「えーっと、状況説明を頼むパルレア。あと、後ろの皆さんには普通な態度にして頂くようにな?」
「はーい。みんな、跪くとか止めてねー! フツーに友達同士みたいにね!」
そう言われたコリガン達は、互いに顔を見合わせた後でそろそろと立ち上がった。
「えーっとねー。アタシがここの森の木陰でボーッとしてたらね、この人達が近づいてきて声を掛けてくれたの。でー、アタシも退屈だったから一緒にイロイロお話をしてたのー!」
イロイロってなんだよ?
変なことを喋ってないだろうな?
まあ、森に住むコリガンやピクシーにエルスカインの手が伸びてるってのも考えづらいって言うか、はっきりムダだろうから特に心配は無いけど。
「すいません、なんだか妹が世話になったようで」
「滅相もございません勇者さま方、そして偉大なるドラゴンさま。我々も幾久しくお姿を拝見することの無かった大精霊さまとドラゴンさまにお目に掛かれて光栄の至りにございます。万が一にも我らに無作法がございましたら、平にご容赦を」
どうやらパルレアがイロイロ喋ったようだ。
「まあ、俺たちの正体って言うか役目はあまり気にせず普通にして下さい。俺たち自身も、互いに村人同士のように普通に話せる相手の方が楽ですからね、是非そんな感じで」
「かしこまりました。仰せのままに」
「ですので、言葉も『タメ口』でお願いします」
「は、はい...」
見た目では分からないけど、口調からするとこの人はかなり年長者だろう。
パルレアが大精霊だと分かった上で俺たちに会いに来たようだから、ひょっとしたら『里長』かもしれないな・・・
むしろ普通ならコッチが敬語を使う側だよ。
「パルレアの兄で勇者をやっているライノ・クライスです。それに妹のシンシア、ドラゴンのアプレイスと、彼が抱えているのが意志を持つ魔導書のマリタン。よろしくお願いします」
「はっ! かしこま...あ、えぇっと私はこの『アトルの森』でコリガンの男里長を務めておりますタルスと申します。こちらが女里長のラルケです。そして彼がピクシー族の長、オルハル氏です。どうかお見知りおきを」
あー、里長が男女それぞれ居るのはエンジュの森と同じなんだ。
コリガン族一般の風習なんだろうな。
加えてピクシー族の長も一緒に登場とはなにやら事情がありそうだけど。
「上空から見て大きな森だとは思いましたけど、まさか、首都のソブリンからそれほど離れていない土地にコリガン族やピクシー族の方々が住んでいるなんて、ちょっと驚きましたよ」
「左様でございましたか...ですが、我らにしてみれば人里近くに住んでおると言うよりも、近年になって、どんどん人里の方が『アトルの森』に近づいてきたと言いますか、もはや森が侵蝕され始めていると言った方が良いですな」
「あぁ、それもそうですよね! 失礼しました」
「いえいえ滅相も!」
仰るとおり。
『こんな街の近くの森に』なんて、後から街を作った人間族やエルフ族の視点であって、彼らにしてみれば『どの口で言う?』って感じだろう。
「ところで、パルレアに声を掛けたのはどうして? なにかお困りのことでもあったとか?」
なにしろエンジュの森でのこともあるからなあ・・・
顕現したパルレアの気配に、エンジュの森のコリガン族やピクシー族が大慌てで救いを求めてきたのは記憶に新しい。
あちらこちらで奔流が乱されている今は、どこでルマント村のようなことが起きても不思議じゃ無いのだ。
ルースランドはエルスカインがたくらんでいる『大結界』から外れているとは言え、この森でも別の理由で同じような事象が起きていないとも限らないからね。
 




