再探知開始
「もしも御兄様が勇者の力をアスワン様にお戻しして、普通の遍歴破邪に戻られるというのなら、同じハーフエルフの魔法使いが一緒に居るのは、討伐の時でも旅空の生活でも、色々と便利ではありませんか?」
「いや便利とか、そういう目でシンシアを見たこと無いし?」
「ですが事実です」
「だけどさぁ...」
「それがどんな形であったとしても、御兄様には魔法使いのサポートが一緒に居た方がいいと言う確信が私の中にあります」
俺もシンシアも二人揃って精霊の力をアスワンに返した後、どう生きていくのが最善なのかなんて、まだ真剣に考えたことは一度もないけど・・・
まあ、シンシアの主張は理屈上ではもっともだ。
「それに山の上で御兄様は、私のことを足手まといでは無く『家族であり、一緒に戦うパートナー』だと言って下さいました。それは、アプレイスさんが私たちと同道して下さった今も、この先エルスカインに勝利した後だって永遠に変わらないはずです!」
「うん、それはそうだな...」
「それに...御兄様が勇者で無くなった時に御姉様がどうされるのか、という懸念もあるんです。その時、本来の『パルミュナちゃん』は精霊界に戻られるのでしょうか?」
「う...」
「もちろん御姉様はクレアさんにとって都合が悪くなるようなことは絶対にしないと思います」
「うん、それは間違いない」
「それでも、今のようなお姿のパルレア御姉様、あるいはパルミュナちゃんとクレアさんが、この先も、ずっと御兄様と一緒に居続けることが出来るのかどうか、いつか御兄様が一人きりになってしまうことは無いのだろうかと...」
「うーん、正直に言って今はなんとも言えないな」
なんてこった!
呑気というか行き当たりばったりに人生を過ごして来た俺なんかよりも、年若いシンシアの方がよっぽどクレアのことを真剣に考えてくれていたよ!
恥ずかしい・・・
「それとも御兄様には私と一緒に居続ける事が、ご自分の人生にとって『重たい』ですか?」
「...いや...それは無いな」
「本当に?」
「責任を負う重さを厭うとか、守ることの負担を感じるとか、そう言う気持ちは無いよ。だってシンシアはもう家族なんだから」
「では御兄様が私という人物自体が嫌でないと仰るのなら、私と未来を一緒に過ごすことに躊躇する、その気持ちの根源はなんですか?」
「うーん...束縛かなぁ?」
「はい?」
「ルマント村に行く前に、アスワン屋敷の扱いをどうするかで姫様やジュリアス卿と議論したことがあっただろ?」
「ええ」
「あの時は、留守宅にメイドチームを留まらせるかどうかで悩んだんだよな。それって、一度決めたらもう事が片付くまで変更できないことで、誰かの自由を大きく制限することだからね。すごく自分の気持ちに引っ掛かってたんだ。あの時にシンシアは、俺の気持ちを読み取ってくれたじゃ無いか?」
「御兄様が案じてらっしゃったのは、自分の都合で誰かを一所に押し込めておく、ということでしたね」
「言わばアレと同じなんだよ。この話は縛り付けるのが『場所』では無くて『時間』かもしれないけど、俺は自分のために誰かを束縛して、出来るはずのことが出来ない、なんて状態にするのがイヤなんだ」
「本当にそれが理由ですか?」
「ああ、そうだな」
「そうですか...良く分かりました。だったら何の問題も無いですね!」
「えっ、なぜに?」
「だって、これは私にとって一欠片も『束縛』なんかではありませんから! 私が自分の気持ち、希望...そう『欲求』です。私自身の心の底からの欲求として、ずっとずっと御兄様と一緒に居たいんです! 私は一生、御兄様の側にいたいんです! 私はそれを求めてるんです!」
「シンシア...」
確かに俺は言った。
言ったよ、『自分の欲しいものは欲しいってハッキリ言うべきだ』と。
アプレイスも『欲しいものや好きなことをドンドン表に出していくようにした方がいい』って言ったし、マリタンですら『欲求は大切』だとシンシアに畳み掛けていたけど。
が・・・
そうなんだけど・・・
それで出てきたシンシアの『望み』が、『将来も俺と一緒に居ること』とか、そんなツマラナイことでいいんだろうか?・・・
上手く言葉を継げなくて、二人の間に沈黙が流れる。
俺は前を向いたままだけど、シンシアが少しだけ不安そうな目線で俺の横顔を見ていることが分かる。
いやそうか、違うんだな・・・だって、この素晴らしいシンシアが望んだものが『ツマラナイ人生』であっていいはずなんて無いのだから・・・
驕る気持ちがあってはならないけど、俺も自分がツマラナイものだと卑下していてはダメなんだよ。
俺が自分のことをツマラナイ、なんて思ってちゃいけないんだ。
もし自分をツマラナイものだと思うのならば、そうじゃなくなるように努力しなくちゃな。
ちびっ子になったパルミュナとクレアの魂を救おうと、一人でドラゴンのいる山に向かう覚悟をした時のことを思い出す。
その後、自分の命に替えても俺を支えきると言う覚悟を決めていたシンシアが後を追ってきてくれた。
あの時、すでに未来への道筋は現れていたんだろう。
そして今も、俺たちはここに並んで座っている。
「有り難うシンシア、俺は頑張るよ...生涯、シンシアが自分の選択を後悔することが絶対にないようにな」
「御兄様っ!」
シンシアが真横から抱きついてきた。
その頭を支えて優しく撫でる。
うん、妹として受け入れた責任とか面倒を見るべきとかじゃ無くて、俺も心の底からシンシアが愛しいんだなあ。
俺と、シンシアと、パルミュナと、クレアと・・・
俺たちの『家族』という枠組みが将来どうなっていくのか、いまはまだなんとも判断が付かないけれど、この先に何があっても、誰にも後悔をさせないさ。
++++++++++
二人でお茶を入れたりお菓子を囓ったりして少し気持ちを落ち着けた後、四方山話をして時間を潰していると、ようやく俺とシンシアの指先が震えて光り出した。
< 着いたぜライノ。ここなら周辺も見渡せるし人目も無いと思う >
< 了解だアプレイス。こちらも準備は整ってる>
< もーっ待ちくたびれたーっ! >
通話に気が付いたパルレアが割り込んでくる。
< 聞いてたかパルレア。これから一斉に探知を掛けるぞ >
< はーい! >
< 御姉様、アプレイスさん。この通話を切ってから二十数えたら探知を行って下さいね >
< 了解だシンシア殿 >
< わかったー! >
< よしカウント開始だ。通話を切るぞ >
指通信を切って、心の中でゆっくり数を数える。
シンシアは、すでに探知地図の上に両手をかざしてスタンバイ完了だ。
「二十だ!」
俺が言い終わると同時にシンシアが両手から魔力を放出した。
見る間に探知地図の表面にさざ波が現れ、その騒めきが徐々に波紋のように収束していく。
セーフだ、間に合った!
反応しているって言うことは、まだニセの罠が露呈しておらず、おそらくはローブの男か、受け取ったヤツがまだあの紙を持っているワケだからな。
やがて屋敷で探知した時よりもくっきりとした波紋が浮かび、その同心円の径もわずかばかり以前よりすぼまっているように思える。
しばらくそのままでいたシンシアが、ふーっと大きく溜息をついて探知地図の上から両手を引き上げた。
それによって波紋の同心円が少しずつ薄れていく。
「シンシア、同心円の位置は記録しておかなくていいのか、ざっとマーキングするとか?」
「いえ、今回は一番ピークの...探知範囲が絞り込めた状態の時の波紋が残るようにしてあります。後から呼び出せますから大丈夫ですよ」
「おおう、相変わらず改良が手早いな!」
シンシアの手際に感心していると指先が震えて光り出した。
< シンシアちゃーん、探知は出来たけど、そのまま見てたら模様が消えちゃったのっ! どーしよー!? >
< あ、ごめんなさい御姉様! 言い忘れていました。探知結果は地図の中に保持されてるから、見た目は消えてても大丈夫なんです! >
< なーんだ、良かった! >
< ホントにごめんなさい、慌てさせてしまって... >
< いーってコトよーっ! >
すぐにアプレイスも割り込んできた。
< コッチのも上手く探知できたと思うよライノ、シンシア殿 >
< 良かった、これで三カ所分揃えられたな >
< もう、そっちへ迎えに行っていいか? >
< はい、お願いしますアプレイスさん >
< 了解だシンシア殿。そのままさっき降りた場所の近くで待っててくれ >
さあ、奴らの居場所の絞り込みを開始だ!




