シンシアの望み
「自分の望む『立ち位置』って言うのかな?...世間にどう示してるかは別として、実際にシンシアはリンスワルド伯爵家の爵位継承者だし、同時にジュリアス卿...ミルシュラント大公の娘でもあるだろ?」
「ええまあ」
「この先、そういつまでもリンスワルド家のお抱え魔道士のフリっていうのも難しいんじゃないかと思うし、そもそも今だって筆頭魔道士としては、ほぼ開店休業中だしな?」
「そうですね...」
「で、シンシア自身はどうしたい...って言うか『どうありたい』のかなって? ちょっと気になったんだよ。もちろん俺に手助け出来ることがあれば言って欲しいしな?」
シンシアは、ちょっと言葉に詰まるような感じで俯いた。
俺としては別に問い詰めたい訳じゃ無く、もっとこう気軽なつもりだったんだけど?
「いやあ、別に今は気にしてないとか、もっと後で考えるとかだったら、それで全然構わないんだ。ただ、もしも今のシンシアに何か思うところがあるんだとしたら、なんとなく、俺もそれを聞いておいた方がいいような気がしてね? まあ、それだけのことだよ」
口を開いてから気が付いたんだけど、ちょっとシリアスな話題の時には向かい合っているよりも、並んでるせいで互いの顔を見てない方が話しやすいモノだね!
「えっと、私もリンスワルド伯爵家の筆頭魔道士は、そろそろ真剣に後継の人材を考えないといけないと思っています。お母様の身辺だけで無く家臣の方々や叔母様のこともありますから」
「ああ、エマーニュさんも今後は姫様と一緒に行動する事は無くなるだろうからね。エイテュール家としても魔道士が必要だろうな」
「もちろんリストレスの官邸にはエイテュール家の魔道士がいるのですけど、いまの叔母様の様子だと、加えてノイルマント村にもいた方が良いのではないかと...かと言ってリストレスの都会暮らしに慣れたベテラン魔道士の方をいきなりノイルマント村に連れて行くのも酷だと思いますから」
「あー、そこの配慮は良く分かる」
ノイルマント村は田舎というよりも、単純に『まだなにも無い山奥』と言った方が正しい土地だもんな。
そこに官邸の洗練された暮らしに慣れた・・・しかも頭脳派人材と言える魔道士をいきなり放り込むのは酷だというシンシアはやっぱり優しい。
「ただ、お母様の身辺に関してだけ言えば、今後は専属魔道士は必要ないんじゃ無いかな? とは思ってるんですよ」
「えっ、なんで?!」
「お母様は、きっとこのまま王宮に居続けて、もうウチには戻らないと思いますからね」
『ウチ』なんて言うと、まるでそこらの実家について言及しているみたいだけど、この場合にシンシアがウチって言うのは、ノルテモリア・リンスワルド伯爵家の本城のことだ。
あの、白亜の壮麗なお城のことである。
それはそれとして、自分の領地に戻らないってのは一体どういう・・・
御領主様がずーっと不在じゃあ、伯爵家お膝元のハースの街の人々や領民だって不安になったりしないだろうか?
「ええぇっ、なんでなんでなんで?」
俺が驚いて思わずシンシアの顔を見やると、シンシアはこちらに目を向けないままぼそりと呟いた。
「見ていれば分かりますよ。お母様はこの先ずっとお父様と一緒に暮らすつもりだと思います。もちろん私としても、それ自体は悪いことじゃないっていうか、むしろ良い事っていうか、いえ、その、喜ばしいこと? だと思っているのですけど」
「えっと、それってつまり?」
「はい、お母様は正式にお父様と結婚なさるおつもりだと思います」
「おおぉぉ...」
「私が生まれてから十三年ぶりに、『焼け木杭に火が付いた』って言うことでしょうかね? 二人とも口には出しませんけど、表情や視線のやり取りを見ていれば誰でも分かります」
そうだったのか・・・
まあその『誰でも分かる』って言う『誰でも』の中に俺が入っていないことは確実だけど。
確かに事実上の元夫婦で仲良しだし、ドラゴンキャラバンからの帰還以来、ぐっと二人の間の距離が縮まったっていう印象もあったから、なにも不思議は無い。
だけど、言っては悪いけど『今さら』ジュリアス卿と正式に結婚、つまり『ミルシュラント大公の妃』になるなんて、姫様の人柄からすると予想外だ。
むしろそういうのを嫌って、シンシアが生まれても結婚しなかったんだろうと勝手に思ってたし・・・
「つまり、姫様は大公妃になるってワケか」
「そうですね。そうなったらお母様も、これまでのように立場をあやふやにして気軽にフラフラして回ることは出来ません」
「そりゃそうだな」
「叔母様とだって、例えダンガ殿のことが無かったとしても、もう侍女ゴッコなんてやっていられませんよ?」
この先どこかの時点から、エマーニュさんがリストレスの官邸でダンガと暮らすことは決定事項だ。
そうなると、ノルテモリア家の本城と領地はシンシアが引き継ぐ以外に無さそうな気がするんだけど・・・
「お父様はああいう方ですから、最大限にお母様の希望を取り入れようとして下さるでしょうけど、それでも大公妃って言う立場はどうしてもついて回りますし、なにかと自由奔放なお母様も、さすがにそれは無視できません。よく決心したなって思いますよ」
シンシアの口ぶりが少しだけぶっきらぼうというか、微妙に辛辣だ。
まあ、娘の目から見ればそんなものか・・・
「そうなると、シンシアの立場は?」
「まだ分かりません。と言うか決めていません」
「そうなんだ...」
「少なくともお父様の嫡子であることを公言して大公位を継ぐっていうのはあり得ないです。無理です。絶対に嫌です。むしろ見知らぬ外国や南方大陸にでも逃げた方がまだマシです」
「おぉぅ...」
なかなかの拒絶っぷり。
まあ無理もないな。
誰だって『王様の跡を継げ』なんて言われたら全力ダッシュで逃げたくなるに決まってるもの。
俺だってライムール王国を継ぐのが嫌で嫌で仕方が無かったって言う朧気な記憶があるし、『いっそ出奔しちゃって、残ったクレアに婿を取らせて王子に据えればいいんじゃ無いか?』 なんて無責任な想像をしたこともあったよなあ・・・
そうか・・・あの時にクレアは確か・・・と、途中まで浮かびかけた追憶は、シンシアが続けた言葉で遮られた。
「それに娘しか産めないと言うリンスワルド家の『血』のこともありますから。お母様はその辺り合理的なので、世継ぎを産むためにお父様に側室を持たせるか、いっそスターリング家の親族筋から養子を取るか、って言うところじゃないでしょうか? 着地点は養子だろうと思いますけど」
「へぇー」
「たぶん側室は...お母様は平気でも、逆にお父様が厭がりますよ。あの方はそう言う人なので」
「分かる気がする」
「ですよね! 妙なところだけ潔癖というか融通が効かないというか...」
いや、『妙』じゃ無いだろうそこは。
むしろ人格的には良いことだと思うけど、貴族社会的には『融通が利かない』で済まされてしまうのか?
それとも以前にパルミュナが言っていたような、『エルフ的な結婚観』とのギャップなんだろうか?
どちらにしても、ちょっと不憫だなジュリアス卿。
「お母様の私への希望は、とりあえず伯爵家を継いでくれれば後は好きなように、という感じですね。まあ、私もさすがにそれは仕方ないかと思っていたんですけど...最近、少し状況が変わってきましたので」
「変わったって言うと?」
「叔母様とダンガ殿ですよ。叔母様だってリンスワルドの女ですから娘しか産めません。ですがダンガ殿はそれを受け入れていらっしゃるそうですし、そう遠くない将来にエイテュール子爵家の跡取り娘は誕生すると思います」
「うん、そうなったなら本当にメデタイよね!」
「はい。そしてもしも二人目が生まれたりしたら、そちらの娘にノルテモリア伯爵家を継いで貰うと言う流れもあるのかな? などと...」
「あ、そういう読みか!」
「もしそうなれば私は自由な立場のままで、ずっと御兄様と一緒に旅を続ける事が出来ますからね」
「は?」
「だって、御兄様はエルスカインを倒した後、遍歴破邪に戻られるのですよね?」
「あ、あぁ、まあ、勇者としての役割が特に必要とされないようだったら、そうなるな。大精霊から借りてる力はアスワンに返して、昔通りに、何処にでもいる普通の遍歴破邪に戻るだけだろう」
「もしもそうなったら、私も御兄様と一緒に遍歴の旅に出ます」
「いや待て待て待て待て、さすがにそれは!」
「御兄様は嫌ですか?」
「まさか! 嫌とかそう言う話じゃ無くて、無理にって言うか、シンシアにとって厳しいって言うか、なにもワザワザ辛い生活に飛び込まなくてもって言うか、そのなんだ...」
いったい何を言い出しているんだシンシアは!
思いもかけないシンシアの発言に頭の中が白くなって、上手く言葉が出てこないよ。




