旧街道を南へ
翌日、俺たちは旧街道を南へ向かった。
右手には遠くの方にエッシ川が流れているのがかすかに見える。
当面はただ歩いているだけだし暇なので、レビリスに旧街道地域の地勢とか逸話とか、知っておくと便利な地元情報を色々と教えて貰いながら進む。
レビリスの説明によると、旧街道は、もともとエッシ川の土手に沿って進む道が由来だったらしく、いまでも川沿いには『旧・旧街道}とも呼べる小道があるそうだ。
三人で歩きながら話していると、レビリスの仕草とか反応とか、確かにラキエルやリンデルと同じ血を継いでいるんだなって思わせることがちょくちょくある。
顔は全然違うけどね。
朝、パストを出た時間は結構早かったんだけど、それでも山道への分岐点まで来たときには、もう太陽は天辺を通り過ぎて、午後の日差しになっていた。
この分岐点から先は、化け物目撃騒ぎの発生地ってことになる。
道中も、そこかしこでずっと鳥のさえずりが響いているようなうららかな春の日和なんだけど、山賊たちに出会ったのも、ウォーベアに出会ったのも、同じように明るい日差しの午後の山道だったことを思うと、微妙に気は抜けないな。
ウェインスさんの情報では、化け物の目撃談は別にガルシリス辺境伯の元居城跡近くに集中してるわけじゃない。
と言うか、旧街道地域のあちこちに散らばっていて、『目撃者の多い場所』みたいな処さえ特にないんだよね。
本当にバラバラで、傾向というかパターンというか、そういうモノが読み取れそうな感じはまるでしなかった。
これに関してはレビリスも同じ意見で、元地元民であるレビリスの目から見ても、集落の人口の多寡とか地形とかには一切関係なく、やはり本当にバラバラというか無秩序に出てる感じだという。
うーん。
探そうにも、糸口がないというか手がかりがないというか・・・
経験的に言うと、討伐依頼で魔獣が出たという場所を探るときに、大抵、先入観は邪魔になる。
『こんな処に隠れているはずがない』とか。
『あの魔獣の習性なら、こういう場所にいるはずだ・・・』とか。
まあ、それらはほとんどの場合に正しいから完全に無視する必要は無いのだけれど、逆に、それに_沿わないモノを見過ごす_というのがマズい。
そして『魔獣は一番予想してないときに、一番予想していなかった場所から』不意に飛び出してくるんだ。
しかし、今回に関しては探すと言うよりも、向こうから飛びだしてくるのを待つ方が正しいのかな?
まあいいや。
『魔獣を見つけ出す』のが今回の狙いじゃないからな。
俺たちが見つけたいのは魔獣ではなく、化け物の目撃騒ぎを引き起こしてる原因そのもので、それは多分、魔法使いとかの類いの『人』が絡んでいるんじゃないかってのが三人の了解事項だ。
完全な狂人の行いでもない限り、人がやることには、なにか『目的や意思』がある。
それが分かれば、犯人というか原因となっているものを探し出せそうな気もするんだけど・・・正直いまはまだ暗中模索だな。
旧街道を歩いている間に、なにかピンと直感に訴えてくるモノでも見つかればいいんだけどね。
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結局というか予想通りというか、この日は何事もなく、一日のんびりと歩くだけで終わった。
ウェインスさんから貰った資料に書いてあった宿屋のある村まで行き、そこで一晩泊まることにする。
一応レビリスにも聞いてみるが、ウェインスさんのメモに書いてある宿屋なら、どこも問題ないだろうと言うことだった。
宿屋では、いまさら躊躇しても仕方が無いと開き直って、俺とパルミュナで一緒に部屋をとり、レビリスには一人で過ごして貰う。
宿屋はそれなりに大きくて古い建物だった。
まだ旧街道を多くの人が通っていた時代に建てられたのかな?
もっと後になって、客足も減ってから建て直された可能性もあるか。
なんて言うか、人は毎日見ている景色に馴染んでしまうんだよな。
一日に百人通っていた旅人が、ある日いきなり十人になったら誰でも気がつくけど、毎年数人ずつ減っていって、二十年がかりで十人まで減ったとしたら、なんとなくその状態を受け入れてしまってるかもしれない。
そして、マズい状況だと気がついたときには手遅れになってる。
レビリスと一緒に宿の食堂で夕飯を食べた時、給仕してくれた宿の人が部屋を離れたのを確認してから、少し声を潜めてレビリスが言った。
「な、食事の内容で分かるだろ?」
出された食事は、ごく普通の田舎の宿で出されるようなものだった。
茹でた野菜、ダンプリングの入った薄味のスープ、焼いた薄切りのハム、それに昨日のものとはまるで違う、本当に普通の麦粥。
酷い食事だとは全く思わないけれど、フォーフェンやパストの店で出されたものと比べると雲泥の差だと言わざるを得ない。
もちろん、比べちゃいけないってことは理解してるけどね。
「余裕がないのさ。旧街道の宿や飯屋はどこもこんな感じだと思うね。この宿も、俺たち以外に泊まってる客の気配は感じない。こんなに大きな建物なのにさ?」
「確かにそうだな。ここまで歩いてきてる間も、通り過ぎたのは地元っぽい人たちだけだったし」
「食事の内容も、野菜はまあ春だから新鮮だとしても、あとは日持ちのする材料ばかりだろ? 客が少なすぎて、いちいち生の肉や魚なんて買ってられないのさ」
「なるほどな。俺たちにとっては通り過ぎるだけの話だけど、ここで商売して生きてる人にはつらいな...」
俺がそう言うと、レビリスは深く頷いた。
「ところで話は変わるけど、昨日、ライノがあの双子を助けた話をしたときに、ちゃんと話せば『助けたわけじゃない』みたいなことを言ってたよな?」
「ああ」
「良ければ、何があったのか教えてくれないか? 俺も最近はラスティユに顔を出してないけど、今度行った時には、きっとライノのことが話に出ると思うんだ」
「それもそうだな...」
俺は、ラキエルとリンデルに出会ったときのことを詳しく話した。
「...つまり、あの二人は自分たちだけだったら無事に逃げられる状況だったのに、俺とパルミュナを巻き込まないために、あえて魔獣の囮になったんだ。ものすごく勇敢なことだと思うよ」
「なるほどな。まあ確かにあいつらならやりそうなことだ。身びいきするわけじゃないけどさ、あの二人は本当に気持ちのいい奴らだよ。言うことやることの息が合いすぎてて、見てると時々吹き出しそうになるけどさ」
「すっごく分かるよ、それ! 俺もあの二人、なんでこんなに同時に同じ動作をしたり同じ台詞を口にしたり出来るんだろうって不思議だったもんな」
「あー、やっぱりな。他人の目から見てもそうか」
「でも、あの村の人って、わりとそういう傾向があるよな? 村長さんとラキエルの台詞と動作が一致してるときとかもあって、結構面白かったぞ?」
「はっはっ! それは最高だ。まあエスラダさんも一応は親戚だからな」
「そうなんだ? それは知らなかったよ」
「まあね。ただ、厳密に言い出すとさ、あの村で全く血の繋がりがない家って言うのは、もういないんじゃないかな。確か三百年以上はあそこでやってきてるんだし、それほど人の出入りと言うか、新しい住人が入ってきてるわけでもないからなあ」
「まあ、そいつは無理もないよな...」
「ああ、だから今度ラスティユの村に行くことがあったら、ライノも誰かに子種を残してやってくれよ? だっ...」
と途中まで言いかけて、レビリスが硬直した。
何事かと思ったら、俺の隣に座っていたパルミュナが、氷のようなまなざしでレビリスを睨みつけている。
「いや、妹ちゃん、これジョークだからさ...」
「ふーーーーん」
おい、その鼻にかかったような声まで、アイスドラゴンのブレスのように冷たいぞパルミュナ!
そんなとこまで『婚約者きどりの従妹』を熱演しなくても・・・
あれか?
レビリスも一応はラスティユ村の関係者で、村長の親戚って言うか、ぶっちゃけ村長の姪のアルメロアさんの親戚だって分かったからか?
って言うか、なんでそんなにアルメロアさんを敵視するのかわからん。
「そ、そういや、ラキエルはもうすぐ結婚なんだよな? 村で結婚式を挙げたりするんだったら、レビリスも出席するんじゃないのか?」
正直無理矢理でも、急いで話題を変える。
「あ、ああ。そうだな。まあ一応は顔を出すつもりでいるよ。それにいまは山菜シーズンだから、久しぶりにあそこの料理も食べたいしな」
「美味いよな、あそこの山菜!」
「だろ!」
「その話、昨日もしてたでしょー?」
取り繕おうと二人で焦ったら、パルミュナから冷静に突っ込まれた。
お願い、レビリスは無邪気なだけだから許してあげて。
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次の日も、まだとりあえずは南に向けて歩き続けるだけ・・・のはずだったんだが、途中で妙なことに気がついた。
だけど、それがなにかを言葉に出来ない。
雰囲気?って言うのが一番近い気がするけど、じゃあ、それのどこがどう妙なんだ?って聞かれた答えられない感じだ。
別に悪い気配があるとか、何か潜んでる気がするとか、嫌な予感がするとか、そこまでのものでもないんだよね。
でも、何かを感じてる。
なんだろうコレ?
今日も昨日と同じ春うらら、暖かくて日差しの明るい、普通なら野原に寝転がって昼寝したくなるような日和だ。
街道の両脇の草むらには、色とりどりの花々が咲き誇っているし、少し遠くの方にはエッシ川の水面が陽の光を反射してキラキラと輝いている。
本当に絵に描いたようにのどかで平和な光景なのに・・・
不思議に思ってパルミュナの方を見ると、彼女も俺の顔を見上げて視線を合わせてきた。
やっぱり、なにかを感じ取ってるらしい。
それを口にしないのは、近くにレビリスがいるからだろう。
ということはつまり、精霊の感覚とかに関わる話だな・・・