罠の先にあるもの
「そしてこちらの『本体』の上に...端末が見たモノを、そのまま映し出すことが出来るんです」
「見たモノそのまま?」
「はい。端末側には『目』の役目をする魔道具が組み込んであって、周辺の状況をこちらに送って来れます。そして、送られてきた絵姿は、ここに浮かびます」
そう言ってシンシアが箱の突起を操作すると、上面に描かれた魔法陣の上に、小さく縮小された俺たちの姿が浮かび上がった。
これは・・・銀ジョッキから見た俺たちの姿なのか・・・
「おおっ、凄ぇ! 凄いなシンシア!」
「よくこんなもん作れるなシンシア殿」
「ねーっ!」
「マリタンさんの協力がありましたからね。向こう側の絵姿を何らかの魔導機関で採集して魔力波動に変換し、こちら側に送り戻して再現するって言うアイデアはあったんですけど、絵姿を魔力波動に変換する部分も含めて、マリタンさんの控えていた魔法がそのまま使えたんです! もしソレがなかったら、もっと何週間もかかっていたかも知れません!」
違うな。
それは違うぞシンシア。
もしソレがなかったら、普通は『出来ない』んだよ。
マリタンの古代魔法の協力なしでも実現できるっていうシンシアの才能が異常なんだよ・・・本人に言っても仕方ないけど。
「端末の移動はこちら側から操作できるので、詳しく見たいモノが見つかったら近寄らせることも出来ます」
「その銀ジョッキの...」
「銀ジョッキ?」
「ああ、端末のことな。錫製のジョッキみたいに見えたから...そこから出ている革紐はもっと伸ばせるのか? いまの長さだと近寄らせると言うよりも向きを変えるくらいが限界だろう?」
「ああ、これは大丈夫なんです!」
そう言ってシンシアはおもむろに銀ジョッキと箱を繋いでいる革紐を、銀ジョッキの付け根のところで切り離した。
「そこ、外しておけるんだ!」
「ええ、普通は魔力の消費を抑えるために繋いでいるだけです。転移門をくぐらせる時は外した状態で使います」
「革紐で繋がってなくても絵姿を送ってこれるんだな...」
「革紐って言うか魔力を伝達できる素材です。でも、取り込んだ絵姿は魔力波動に変換してありますから、空中を伝えることが出来るんですよ」
「じゃあ、敵に見つかりそうになったらサッと隠れるとかも?」
「そっちは多分大丈夫だと思います。不可視結界だけじゃなくて、開きかけで凍らせた転移門をくぐらせるので、この端末は実際には『向こう側』に届いていません。向こう側にとっては実在しない存在なんです」
「んん...実在しないって...例えば幽霊みたいな意味で?」
「ですね!」
「転移門の橋を渡る途中で向こうを覗き込んでるようなモノかな...? いやでも、銀ジョッキが向こう側で好きに動き回れるんだから、一応、渡ってはいるのか? 難しい状態だな」
「転移門が凍っているせいで、こちら側とあちら側は、少し『次元がズレた』みたいな繋がり方になってるんですよ! だから、あちら側にとっては、まだ転移門は繋がっていないんです」
シンシアはニコニコと『いまの説明で分かりましたよね?』っていう表情をしているけど、コレで分かったと言うのは無理があるだろう、特に俺には・・・
シンシアからこの手の説明を聞く度に毎回思うけど、シンシアにとっては『だから』とか、『それで』の一言で省略できる部分を理解するだけでも、たぶん俺には三日くらいかかりそうな気がする。
むしろ、三日で理解できれば嬉しいくらいだ。
まあ、いまは俺のつたない脳みそのためにシンシアの時間を浪費させるべきじゃあないけど。
「あれよーお兄ちゃん、精霊界からコッソリ現世を覗き込んでるみたいな感じ?」
「おお、なんとなくイメージが分かった」
どんな仕組みであれ、相手にとって『銀ジョッキ』は見ることも触れることも適わない存在だって言うなら安心だ。
ゆっくりと向こう側の様子を探れるだろう。
「とにかく、これで向こう側の様子を探る準備は整いました。この魔道具を実際に送り込む前に、罠の魔法陣を少し詳しく解析して、どんな仕掛けが施されているかを確認しておきたいと思います」
「そうだよな。シンシア殿には仕掛けの予想が付いてるのかい?」
「触れた相手を取り込むのが目的の罠ですから、死なせてしまうような凶悪なモノは仕込まれてないと思うんですよアプレイスさん。むしろ、罠に抵抗させないために意識を奪うとか、混乱させるとか、あるいは魔法を封じるとか、そういった手法じゃないでしょうか?」
「まあ十分に凶悪だとは思うけど...送り込む先が牢獄なら、その辺りでギリギリってとこか」
「だなあ。アプレイスだったら、自分のところに財宝目当てで忍び込んできた泥棒をどういう風に扱う?」
「ブレ...」
「ブレスで焼くのはナシで。捕まえて尋問するって前提でな」
「正直、元気いっぱいでも困るから少しは痛めつけるんじゃないか? 別に嫌がらせとかじゃなくて、弱らせて気力を削ぐためにな」
「抵抗する気を奪うって感じか?」
「そんなところだな。嘘をつくとか隠し事をするってのは気力がいるもんだし、頭が上手く回ってないと出来ないだろ? ヒドい言い方かも知れないけど、弱ってる相手の方が本音をスラスラ喋るもんだと思うね」
「あー、そうかも...」
エルスカインやその直轄の手下に『慈悲』なんて概念はないだろう。
取り込んだら死ぬ寸前まで弱らせて尋問、で、目的を聞き出して用が済んだら、あるいは最初から尋問する必要の無い相手なら、そのままポイってところか。
どこへどうポイするのかはあまり想像したくないな・・・
絶対に行かせるはずもなかったけど、そんなところにヒョイヒョイ顔を出そうと考えるパルレアが怖すぎるというか心配すぎる。
純粋な大精霊だった時代の不死身性が尾を引いてるのかも知れないけど、うちの妹たちには、もう少し用心して欲しい!
「その仕掛けを確認するのはどうするんだ? 危ないことだったら、敢えて解析しなくてもいいんじゃ無いかと思うんだけど?」
「そうですね...銀ジョッキが危険な目に遭うとか、その影響で見ているこちらも危険に会うと言った心配は無いと思いますから、わざわざ仕掛けの内容を確認するために、凍らせた時間を進める必要も無いと思います」
お、シンシアも『銀ジョッキ』って言い始めたよ!
なんかチョット嬉しい!
大勢に影響のない些事中の些事だけどね!
それはともかく、この罠の転移門が錬金術師の独断によって設置されたものだという疑いが深まるにつれ、逆に罠の構造や仕掛け自体はどうでも良くなってきている気がする。
シンシアがさっき言ったように、『稚拙な作り』をしているとなったら尚更だ。
掘り下げても大した情報は得られない気がするしな・・・
「なあシンシア、この転移門がエルスカインの指示なしに錬金術師が自力で造ったものだとすれば、埋め込まれてる基準点も参考にならないかもな。奴の本拠地とは無関係だろう」
「私もそう思います」
「それに、アチコチに転移門を開いて回ってた現場対応役の魔法使いと違って、あの部屋の主だった錬金術師にとっては、ハッキリ位置が分かってる『固定の転移門』ってのは、崩れた大広間のモノぐらいかも知れないよなあ?」
「そうですね...とは言っても、まさか罠で送りつける先を大広間にしたとは思えませんけど」
「うん、それは無いだろうね」
罠の転移門の仕上がりはシンシアに酷評されてたけど、さすがに自分の仕事の差し障りになるようなことをするほど愚かじゃ無いだろう。
すでに地下城砦の中にいる相手を、同じ地下城砦の別の場所に送ってもなんの意味も無いし・・・
いや、本当に意味が無いのかな?
この罠の対象が部下や同僚で、基本的に掛かるはずの奴はいない、という前提なら、もしも掛かってしまった奴が出た時に面倒の少ない方がいいはずだ。
『触るな』と厳命されていたモノに触った奴が出たら・・・エルスカインの場合、クビにするって言うのは本当に『文字通り首を切り落とす』だろうから除外するとして、厳重注意とか配置換えとか?
以前に王都でシンシアた姫様とも議論したことがあったけど、カルヴィノや錬金術ホムンクルスの挙動からして、そもそも『そこいらの小物にすら触れることが出来ない』ほどガチガチの宣誓魔法を掛けていたとは思えない。
逆に、それで済む程度の役割なら、エルスカインがニセモノのホムンクルスか魔道具を工夫すればなんとかなるだろうからね。




