覗き窓の魔道具
パルレアは戻ってくるなり、フォーフェンでの戦利品らしき紙包みをテーブルにどーんと置いた。
いまはコリガンサイズなので、子供がお使いで買ってきた品をようやく手放せた、っていう風情だな。
「お兄ちゃん、お肉の魚醤焼きを買ってきたけど直ぐ食べる?」
「シンシアはどうだ?」
「あ、私は別に...いえ、やっぱりいま食べたいです!」
「うん、じゃあ俺も一緒に頂こう!」
「りょーかーい!」
パルレアが嬉しそうに紙包みを大皿の上で開く。
いま、シンシアが自分からちゃんと要望を口にしたのが嬉しいんだろう。
俺も同じく嬉しいよ!
アプレイスも脇に抱えていた袋から大きなパンを出してくれる。
パンなんて革袋の中にも売るほど入ってるけど、せっかくアプレイスがフォーフェンから抱えて持ってきてくれたんだから、そっちを食べたいよね。
それにしても、俺かシンシアが一緒にいないと買物したモノを普通通りに持ち歩くことになってしまうのが難点だな。
いや、買物って普通はそれが普通なんだけど・・・空間魔法が使えると際限なく贅沢になるよな、俺。
パルレア曰く・・・
『閉じた空間の中に別の閉じた空間を入れ子にするとさー、魔力の流れ的に良くないのよねー。不測の事態が起きかねないってゆーか? だから、シンシアちゃんの小箱をお兄ちゃんの革袋に入れるのは良くないし、アタシがそーゆー魔道具を持っちゃうと、お兄ちゃんの革袋の中で寝る時に面倒なワケー』
・・・だそうだ。
そう言えば、『空間魔法を入れ子にすると良くない』ってのは前にも言ってたけどなあ。
具体性がチョット分からん。
「革袋からスープでも出すか?」
「いえ、私はワインでお願いします御兄様」
「俺はエールだな」
「お兄ちゃん、アタシもエール!」
「はいはーい」
みんなのオーダー品を適当に見繕い、革袋から引っ張りだして並べる。
「マリタンは飲み喰い出来ないよなあ、残念だけど」
「ええ残念だわ...でも不思議? よね」
「いや、本にエールをぶっかけられたらマズいだろう? それとも高級ワインならいいのか?」
「やめて頂戴よドラゴン。不思議なのは飲食してみたいって思ったコトよ。初めてそんなことを思った気がするわ」
「へえー」
「ワタシは、人みたいな欲求が基本的に生じないのよね。飲食、睡眠、移動、会話、そういうことを欲する気持ちがそもそも生じないワケよ、ね」
「安上がりとは言えるな」
「ドラゴンだって一人で魔力に浸かってれば食事も娯楽もいらないでしょ?」
「確かに」
「自分の知識とか魔法の洗練に直接関係しないことには興味が湧かないはず、なのね。どうして飲食なんかに興味を持ったのか自分でも謎だわ、って」
「お前は存在自体が謎だよ」
まあいつものマリタンとアプレイスの掛け合いなんだけど、俺には何故か引っ掛かるモノがあった。
マリタンの自意識がどうやって生じているのか分からないけど、『彼女』は明らかに『喜怒哀楽』があるという反応を見せている。
人族と上手く付き合っていくために『感情があるフリをしている』だけって可能性もあるけど、それだけとは言えない何かを感じ取れるのだ。
「なあマリタン、今日はフォーフェンの街を見てきてどうだった? 古代の街並みとは随分様相が違ってただろうけど」
「そうねえ、説明は難しいけど面白かったわ、ね。人族が沢山歩いてて賑やかだった、わ」
「フォーフェンは成長してる街だからな。でも古代の街の方がいまよりも大きくて人も大勢いたんじゃないのか?」
「どうかしら? あまり覚えてないけど...人なんて少なかったような気がする、の」
「いやいや、それはマリタンがずっと室内にいたからじゃないのか?」
「そうかも、ね」
「室内でも、大勢の人達と会話とをかしてた経験はあるのかい?」
「え? そうね...ん...よく思い出せないけど、ないわ。主様以外の人を交えて話をした経験なんてないはず。だって、ワタシは本ですもの、ね」
「本は会話に混じらないってのが、昔のルールだったのかい?」
「主に求められない限り、みだりに口を開かないのは魔導書の嗜みだわ」
「おい、鏡を見るか?」
「まあいいじゃないかアプレイス。いまはシンシアから会話に参加するように言われてるから大丈夫ってコトか」
「いいえ、シンシア様からそんな指示は受けてないの」
「そうですね。誰と話すようにとか話さないようにとか、そんな会話をした記憶はないです。御姉様とマリタンさんと三人で部屋に籠もって『銀箱くん』を作り始めた時から、ずっとこんな感じでしたから」
「その割には自分から嘴を突っ込んでくるよな?」
「ねえドラゴン、本の何処に『嘴』があるのか教えて貰えるかしら? ワタシ、自分では見たことがないの、よ」
「うぜー」
「いいから。なあマリタン、ひょっとしたら、こうやって複数人とワイワイ話すのはマリタンにとって『生まれて』初めての経験だったりするんじゃないか?」
「そうかしら...そう言われると、そんな気もしてきた、わ」
「だったら、その影響で感情が高ぶっているのかもね。食事に興味を持ったなんてのも、いまココにいる仲間と共有したい体験だからかもしれないよ?」
「体験、なのね?」
「ああ、体験だ。それもまた知識を増やすものだろう?」
「兄者殿の仰るとおりだわ」
「フォーフェンを見てみたいと思ったのだって、いまの主であるシンシアに関わることを色々と知りたかったって動機なら分かりやすいしな」
「そう、ね...それも知識だわ。いえ、理解の礎って言う方が近いのかしら? ね」
眠っていた数千年を除外すると、太古の魔法使いの手でマリタンが『創造されて』から、どれくらいの月日が過ぎているのだろうか?
自分自身や周囲の出来事に関する記憶も曖昧みたいだし、声質や口ぶりはそれなりに大人の女性のモノだけど、それが制作者である魔法使いによる『ただの演出』だとすれば、意外に年若いという可能性だって捨てきれない。
太古の世界の記憶も、思い出せないのか、そもそも存在しないのか、まだ断定できないところだろう。
ともかく、まだ俺たちとマリタンが出会ってから大した日にちは経っていないのだけど、罠の魔法陣が表紙の裏から抜き取られて以来、明らかにマリタンの纏う空気が変わったという感じがする。
あの時、マリタン自身が『まさに開放された気分』だと言っていたのは、大袈裟ではないのかもね。
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パルレアとアプレイスが仕入れてきてくれた食事を堪能した後で、早速シンシアが造り上げた『覗き窓』の魔道具を地下室でみんなにお披露目することになった。
俺がシンシアに頼まれて談話室から持ち込んだ丸テーブルの上に置いてあるんだけど、その魔道具の見た目はちょっと変わっていて、エールの小樽? むしろジョッキか? そういう小さな樽みたいな形状の物体と、奇妙なデコボコが沢山付いた箱のような物体が紐で繋がっている。
もちろん『樽』みたいだと言っても本当にオークの板で出来ている訳じゃなくて魔銀製だから鈍い銀色だ。
錫製の大ジョッキって言った方が近いかも?
箱の方は、あえて言うならキッチンにある魔力で動くコンロを小さくしたような?・・・上面に魔法陣が描いてあるし。
箱とジョッキを繋いでいる革紐?も奇妙な質感で、よく見ると途中が金具のようなモノで連結してあった。
結論から言うと、なにがどんな機能を果たして結果どうなるのか、サッパリ分からない!っていう感じだな。
「コレ、どうやって使うんだシンシア?」
「じゃあ起動しますね!」
そう言ってシンシアが箱の方に手を触れた。
微かにブーンという音が響いたかと思うと、銀ジョッキの方がテーブルから浮かび上がった。
「おおっ、浮いたぞ!」
「こちら側が転移門の向こうに送り込む『端末』です。軽いのでわずかな魔力で浮かせることが...と言ってもマリタンさんに教えて頂いた術があってのことですけど、まあ、出来ます」
「ほぉー...」
「向こう側がどんな状態なのかは予想も付かないですからね。地面を這わせるよりも、少し浮かばせておいた方が色々な状況に対処しやすいと思いますから」
なるほど。
例えば『銀箱くん』がエルダンの地下牢みたいな長い階段に突き当たったら、絶望する姿しか思い浮かばないもんな。
石積みの階段なんて、たった一段ですら登れないんじゃないだろうか?
 




