ゴーレムの名前
「ん、ちょっと待てシンシア」
「えっ、私、なにか良くないことでも言ってしまいましたか?」
「いや違う違う、そうじゃないよ」
急にシンシアが慌て始めたけど、そうじゃない。
シンシアは何も悪くない。
シンシアがいま口にしたこと、『奔流の魔力を供給しながらだったら、実質的に無制限というか世界が終わるまで引き延ばせる』...そのフレーズが頭の中でガンッと鳴り響いたのだ。
それって、エルダンに並んでいたガラス箱について当てはまる話でも有るよな?
あの時にアプレイスは、『ガラス箱を何千年も維持し続ける事がエルスカインの目的で、その魔力が枯渇してきたことがエルスカインが四百年前に目覚めた理由かもしれない』と考察していた。
つまり、そのために奔流を弄って大結界を構築し、無限の魔力を自由に利用できるように企んでいる、と。
それはそれで納得していたし、いまも基本的に間違っているとは思わない。
でも、さっきのシンシアの台詞『世界が終わるまで引き延ばせる』が、頭の中で大きな音を立てた。
仮にエルスカインが大切なガラス箱の維持を『世界の終わりまで引き延ばし続けた』として、最後はどうなるって言うんだ?
ガラス箱の中で世界の終わりまで眠り続けていた者がいたとすれば、それはガラス箱に入った時から『すでに死んでいる』のと、何が違うんだろうか?
それに思い返してみると、転移門を凍結して捕獲するって話が出た時にもパルレアが、『永遠に引き延ばし続けるか、いつか開放するか』の二択だと言っていた。
ガラス箱の場合は『開放する』と言っても、ただ蓋を開けただけでは元の木阿弥になるだろう。
何か、そこにトリックがあるはずだ。
それが具体的に何かは分からないけど、ただ『保管し続ける』よりは遙かに目的意識のある何かに繋がりそうな予感がする・・・
奔流を捩じ曲げて大結界を創ろうとしていること自体の意図は、アプレイスが言うように『自由に使える無限の魔力が欲しいから』で間違いない。
ただし、その目的は『永遠の現状維持』では無く、ガラス箱の中身か、それが置かれている状況を切り替えるようなことじゃないだろうか?
「すまんシンシア、ちょっと思い浮かべたことがあってな...さっきの台詞なんだけど、仮に、エルスカインがガラス箱の現状維持を『世界が終わるまで引き延ばせた』としても、それでどうなるんだろう? って思ったんだ」
「あ、そうでした!」
「眠ったまま世界の終わりを迎えるなら、眠った時点で死んだのと同じだろう? エルスカインの目的はガラス箱の中身達に世界の終焉を安らかに迎えさせることなのか?」
「いえ、エルスカインがそんな情緒的な動機で動くはずありませんよね?」
「だよな。でもただ箱を開けたら入れた時と同じ状態で出てくるだけだ。だったら手に入れた強大な魔力で、ガラス箱を開けた時の状況を切り替えてしまうような、なにかそういうトンデモナイことなのかってね...」
「はっ、そりゃあ後者に決まってるよなライノ。エルダンでガラス箱を見た時は、コレの維持に大量の魔力がいるって思っただけだったけど、で、それを最終的にどうするかって考えれば、何千年だろうと何週間だろうと、眠ってるのは『目的』じゃなくて『手段』に過ぎないさ」
「ああ。ドラゴンの昼寝と同じだな!」
「まあそうだ。昼寝は目的じゃ無くて手段だからな!」
「ウソばっかり...ね? ドラゴンったら」
とにかく、転移門の向こうを観察する件に関してはシンシアが大丈夫だというのだから俺にとって疑う余地はない。
マリタンの発言も全面的に信じることにして、早めに罠の引き抜きに取り組むことにする。
シンシア開発の『人型オーラ生成自立稼働ゴーレム』は、もう少し微調整が必要と言うことでシンシアが回収すると言うので、ついでに俺が名前を呼びやすいように『ひとら号』とすることを提案した。
「ひとら号?」
「うん、『人型オーラを生成するゴーレム』だから略して『ひとら号』だ。そう呼ぶ方が、なんとなく可愛いだろ?」
「お兄ちゃんマジ?」
「え、えぇ、まあ御兄様がその方が良いと仰るのでしたら...えぇ、それで」
よし、シンシアは賛成してくれたな。
「シンシアが魔導理知大鑑をマリタンって略したのをヒントにしたんだよ」
「あの、兄者殿?」
「それは無理があるだろうライノ?」
「ダメよー、シンシアちゃん。嫌なことは嫌ってハッキリ言わないとー!」
「大丈夫です御姉様」
「みんなヒドいな! 『大丈夫』ってなんだよシンシア、俺はお前の心を傷つけたのか?」
「いえ、そんなことは全然...」
「自覚が無いって良くないよねー!」
「全くですわ、ね」
「それは言えるぜ」
「だから、ね、シンシア様も黙ったりせずに、この偉大な『銀箱くん』の創造者として、もっと強固に権利を主張するべきですわよ!」
このマリタンの一言で、いつのまにか『人型オーラ生成自立稼働ゴーレム』の名前をみんなが『銀箱くん』って呼ぶようになっていたよ。
いいけど。
ちょっと泣いていい?
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ともかく銀箱くんゴーレムはシンシアの手による微調整を施し、その間に俺は手紙箱が届く全ての相手に対して、当面の間は手紙箱の利用を控えることを求める書簡を送ると同時に、必要な相手には魔石駆動転移メダルを配って回った。
さらにその合間を縫って『銀の梟亭』の食事とデザートを屋敷のダイニングルームにデリバリーするという、八面六臂の大活躍である。
主に物理で。
支払いはリンスワルド伯爵家のツケだし・・・
一番最後に残しておいたエンジュの森のコリガン族とピクシー族相手には、シンシアが一緒に行って確かめたいことがあるというので、『銀箱くん』の調整が終わるのを待ってから皆で一緒に跳ぶことにした。
転移先はアプレイスが最初に着地した岩場の上だ。
「ココもなんだかんだで久しぶりだな。まあもっとも、駆けつけなきゃいけないことが起きなくて良かったってコトだけど」
「そうですね。実は南部大森林の魔石サイロ以来、少し心配していました」
「正直、俺もだよ」
「アレを見ちゃったもんネー!」
「サイロの壁の材質が、ウォームの掘ったトンネルの壁に露出していた岩肌、そしてこの岩場と同じだと御兄様が仰ってからは、いつここにもエルスカインの手が回るのかと心配で...」
「結果論だけど、シンシアのお陰で牧場の罠に精霊爆弾を放り込めたことが全てを変える切っ掛けになった気がするよ」
「違いない。エルダンを不意打ち出来たってのは大きいよなライノ!」
「うん、もしアレをやらなかったら魔法使いと錬金術師のホムンクルス達もまだ生きていて、ルマント村や俺たち自身にも、もっと色々な対抗策が向けられてたと思うからね」
「そうですね...」
「ほーんと、チョットした事ってゆーか、思いもかけないことで流れって変わったりするモノよねー。戦いに限らずだけど!」
おっ、パルレアが意外とカッコいい発言を・・・
「じゃあシンシア、俺がキャランさんやパリモさんにメダルを渡して事情を説明してくるよ。シンシアはその間にここを調べてるといい」
「はい御兄様、ありがとうございます」
「パルレアとアプレイスはどうする?」
「んー、お兄ちゃんと一緒に行くー」
「俺はここでシンシア殿のボディガードだな」
「おう、頼んだ!」
岩盤の上でなにやら相談し始めたシンシアとマリタンを残して、記憶を頼りにコリガンの里へ向かう。
あの時分に較べると少し涼しくなってきているけど、巨木の立ち並ぶ古い森ならではの昼間の薄暗さは変わらない。
ここは王都と較べてもかなり北側の地域だし、冬の寒さは相当なモノだろう。
ひょっとしたら『どんなに雪が積もっても埋もれない』と言うのも、コリガン族の里が樹上に造られている理由の一つかもね・・・
「なんてゆーか、飛びやすい森よねー」
「へぇ...さすがはピクシー族が里を構える土地柄ってだけの事はあるか」
「そんな感じー」
コリガンの里までは一刻掛かるかどうかっていう距離だったという記憶だけど、それを四分の一ほど歩いたところで、キャランさんとパリモさんが向こうから出迎えに来てくれた。
すでに俺たちが来ていることの報せが届いていたようだ。
「お久しぶりでございます大精霊様! 勇者様! いえ失礼しましたパルレア殿、ライノ殿」
「あはっ、お気遣い恐縮です。お二人ともお変わり無さそうで安心しました」
「お陰様でございます。あれ以来、森に彷徨いこむ魔獣もどんどん減りだして、もうしばらくすれば依然と変わりない状況に戻れそうでございます」
「それは良かった!」
「はっ! して、本日はどのような御用向きでこちらに?」
「ああ、実はコレなんですよ」
二人にコリガンの里とピクシーの里の両方分のメダルと魔石を渡して、手紙箱が当面使えなくなる理由と転移メダルの使い方を説明する。
ラポトスさん達には、二人から説明して貰う機会が色々とあるだろう。




