ガルシリスの呪い
「それが結構酷い事故でさ、伯爵様ご夫妻も大怪我をされたらしくて、しばらく領地経営に携わってられる状態じゃ無かったらしいね」
「じゃあ、いまは領地の管理や采配は誰が?」
「一応、跡取りの姫様がいらっしゃるはずだけど、伯爵家のほうも色々とバタバタして、立ち消えとは言わないけど中断してるって噂。旧街道の橋だけじゃなくて、領内の大きな普請の話は、だいぶ中断とか棚上げになってるらしいよ?」
「そうか。その事業が再開されれば、フォーフェンと一緒に旧街道もまた賑わうようになるかもしれないのにな」
「外国からも人が入ってくるようになってて、物も金も動いてるからね。あんまり人が増えてフォーフェンが大きな街になり過ぎると、五月蠅くなって痛し痒しだけどさ」
「そりゃあ仕方が無いだろ?」
「そうなんだけどさ...俺は出身が田舎の村だからさ、なんか、のんびりしてる空気の方が好きなんだよねー」
まあ、人に合わせるのが苦手だから宿より野宿だとか、乗合馬車は避けたいとか言ってる俺に批判は出来ないな。
俺は器の麦粥を綺麗に平らげて、無意識に独りごちた。
「なんだか話を聞いてると、むしろ旧街道沿いが寂れてるってのが不思議だよな」
「どうしてだ?」
「公領地はどこでもリンスワルド領との行き来も商売も自由で、旧街道地域って土地もそこそこ豊かなんだろ?
「そうだな...」
「だったら、旧街道側は逆に西側に昔から開けてる公領地との繋がりがあるんだし...辺境伯がいなくなってからは関所も消えて、渡船の料金とかも安くなったはずじゃないか? それに東西の大街道との繋がりは橋とか関係ないだろ? そんなに人が来なくなるもんかね?」
俺が一気に捲し立てている間、レビリスはじっと聞いていた。
「だから旧街道の新しい橋の話がなかったとしても、もっと人の流れがあっても良さそうだよなって思った」
「まあなあ、ライノがそう思うのも当然か...」
レビリスは少しうつむき加減で、手に持った串焼きに目を向けている。
明らかに、なにかを言いあぐねている感じだ。
俺は次の言葉を待つあいだに、金串に刺さった肉に手を伸ばした。
肉の表面に何か小さな黒い粒のようなものがパラパラと張り付いているので、焼く時の炭の粉でも飛び散ってるのかと思って一口囓ると、肉汁と溶けた脂に混じって、ツンとくる辛みと、芳しい香りが口の中に広がった。
この黒いつぶつぶはスパイスか! 凄いな。
口の中で咀嚼しながら、パルミュナにも食べて見ろと目で合図する。
「あんまり、外の人には言いたくないんだけどさ...旧街道地域には『ガルシリスの呪い』っていう話が伝わってるんだ」
そう言って、また肉を一口囓る。
「ガルシリスの呪い?」
「昨日、ウェインスさんが、辺境伯の一族が城に立てこもって火を放ち、焼け落ちた城と一緒に死んだって話をしただろ?」
「ああ、城中に油を撒いて火を付けたんだったか? 凄い領の油を撒いたんだろうな」
「で、城が焼け落ちる寸前にさ、そいつが城の天辺に姿を現して、『ガルシリス家の庇護なきこの地に災いあれ!』って叫びながら焼け死んだって話があるんだよ」
「なんか、色々と壮絶だな...」
「まあな...でも、そんなのよく聞く話じゃないか? 戦いに負けた方が、恨み言や呪いの言葉を相手にむかって吐きながら死んでいくなんてさ...いっちゃあなんだけど、戦争の時なら普通に転がっているような話だろ?」
「そりゃそうだ」
「でもさ...旧街道沿いの村ってさ、ずっと安定しないんだよ」
「安定? なにが?」
「農産物の収穫とか、付近の野山で捕れるものとか色々さ」
「うん? だからって、それを呪いだっていうのも短絡的だろ?」
「そりゃあさ、作物なんて年によって出来不出来があるのは仕方ないよな? 山の獣だって秋の木の実が少ないと次の年には少なくなるし、川の魚だってそういうときはあるさ。前の年に欲張って獲りすぎたとかじゃなくてもさ」
「そういうのは仕方ないよな。ぶっちゃけ、どこの地域にだって、大なり小なりはあるもんだと思う」
「ああ、リンスワルド領だってそうだ。麦が不作の年だってあるさ。食べ物の値段がガツンと上がって、エールも高くなってきついけど、天気の良し悪しなんて誰のせいでもないし、仕方が無いもんさ」
「旧街道の地域は違うって言うのか?」
「誰かのせいって訳じゃあない。あの辺りは、エッシ川から水を引けるおかげで畑の水利も悪くないし、土地も肥えてる。山が近い割には風通しも悪くない。だけど昔から収穫が安定しないんだ」
「だから、それは仕方の無いこと、じゃあないのか?」
「他の地域と無関係なんだよ。リンスワルド領とも公領地とも。他の場所が豊作でも不作でも、昔から旧街道地域は無関係なんだ。なにが悪いって訳でもないのに、どうも育ちが良くない」
それは一体、どういうことだ?
天候が違うほど離れた場所でも、特殊な地形でもないだろうに。
「行商人にとっても予想がつかないから商売がしにくいのさ。沢山の商品を持っていっても売れなかったり、逆に荷馬車を空にして行ったのに、作物を大して買えなかったり...そりゃあ、敬遠されるようになっても仕方ないって思うさ」
「元々、行商人が足を運ばなくなってたのは、そういう理由か」
「そもそも、いまはフォーフェンの周りやリンスワルド領の他の場所でも、農地や人はどんどん増えてるんだ。よそが不作の時は足を運んでくれるけど、日頃は面倒くさい地域に行かなくても商売の相手はいくらでもいる」
「それこそ、さっきの話だよなあ...」
「ああ。分かるだろ? だんだん人が寄りつかなくなって旧街道が落ちぶれてく理由。食うに困るほどじゃないから細々やってこれたんだけど、ここにきて最近の化け物騒ぎだよ。誰が好きこのんで、そんな場所に通うんだって訳さ」
レビリスは少しヤケ気味にそう言うと、ぐっとエールをあおった。
++++++++++
とりあえず、明日からはレビリスも一緒に行動すると言うことでお互いに了解して宿に戻ったんだが、大きな問題を一つ忘れていた。
レビリスが一緒だと精霊魔法の練習が出来ないな・・・
まあ仕方ないか。
お湯を温めるのはパルミュナ頼りになってしまうが。
あ、それも駄目だ。
考えてみれば、非常事態は別として、パルミュナに精霊魔法を使わせるって言うのもマズいな。
うーん、レビリスが自分と同じ破邪だってことで安心して、すっぽり考えが抜け落ちてた自分が間抜けに思えるけど、事情を知らない第三者と一緒に過ごすって、やっぱり色々と不便だ。
「なあパルミュナ、勝手にレビリスと一緒に行動することにしちゃったけど、ご免な?」
「なんでー」
「だって...」
少し小声になる。
「あいつが一緒だと精霊魔法とか使えないだろ? バレちゃうじゃないか」
「ライノが勇者だとか、アタシが大精霊だとかってことがー?」
「声が大きい。この宿は壁薄いぞ?」
「さっき静音の結界を張ったから大丈夫ー」
そうでした。
「そういやレビリスは、破邪衆の寄り合い所でもパルミュナのことを心配してたけど、考えてみれば、あれは嘘じゃ無かったってことだよな。だいたい、嘘をついてたらお前だって気がついてたろうしな」
「うん、アタシと仲良くなりたがってたのはホントー」
「誰もそんなことは聞いちゃいねえ」
「まあさー、ウェインスさんの話だと旧街道沿いなら宿屋もあるし、野宿することにはならなさそうだったでしょー? 宿屋ではアタシとライノで一緒の部屋にいればいいんだし、大丈夫だよー」
「うーん、まあそうか...兄妹だしな」
「本当は従妹だけどねー」
「建前に本当も嘘もあるか! でも、もしもだけどさ...例えレビリスが一緒でも、危険が迫ったら遠慮無く精霊魔法でも何でも使って自分の身を守ってくれよ? いざとなったら、精霊の世界に逃げ込むって言うか戻って貰ってもかまわないし」
「あー、ライノってやっぱりやさしー」
「いや、いいからさ、そう言うのは...だって、パルミュナになんかあったら俺が嫌だもん。もちろん分かってるよ? パルミュナが危険な目に遭うくらいの敵なら、俺はその手前で死んでるってな」
「そんなことないよー。ライノ、ちゃんと強いと思うよー?」
「ありがと。まあでも危険そうなら躊躇しない、っていうのをお互いの約束にしような?」
「うん、わかったー!」
「俺が死んでも、死にそうでも、かまわずに逃げてくれよ?」
「それは、やー」
「えー、躊躇しないでくれって言っただろ!」
「出来ることをやるのは躊躇しないよー? でも、アタシもライノに死なれるのはいやー!」
「うーん...じゃあ、まあ、お互いにできるだけ死なないようにするってことで...」
「わかったー」
ホントだろうな?
まあ、大精霊に死という概念が当てはまるかどうか分からないんだけどさ・・・
アスワンが俺の体を勇者として練り直した?とか言ってたときに、予想以上に力を使いすぎて子供の姿になっちゃったし、あの時アスワンは『パルミュナがやってたら存在が掠れていたかもしれない』ってなことを言ってたからなあ。
大精霊といえど、魔法的には全くの不死とか無敵とかって訳じゃあ無さそうな気もするし、『俺の弱さ』でパルミュナを巻き込んで危険な目に遭わせるのだけは絶対に避けたいんだよ。