乱数って何?
「まあ結局その馬車の時は、車台と車軸受けの間に棒だか枝だかっぽいのが挟まってただけなんだけどね。とにかく正体不明の音が響くと不安になるもんだよ」
「そうなんですよね...」
「でも逆に言うと正体が分かってたら気にならないって言うのかな...さっきパルレアが『生き物由来で一定のリズムなのは心臓の音くらい』だって言ってたけど、そのゴーレムの出すオーラも、生き物の心臓の音みたいだったら気に留められなくて済むのかなあ?」
「あっ!」
「ぇ?」
急にシンシアが大きな声を上げたのでビックリする。
思わずシンシアの顔を見ると、シンシア自身も自分の声にビックリしたかのような表情でこっちを見ていた。
「そうですよね! 隠そうとして隠せないから正体不明で気になるのであって、正体が分かってたらそんなに気にならないものですよね!
「あ、うん...」
「さっき御兄様が仰ったように、機械は回転するもので出来ています。そのせいで回転が...動作が一定だから、そこから生じる波動が気になる...?」
後半部分はすでに俺に向けられている言葉では無くなっていて、シンシアは俯いて独り言のようにつぶやき始めていた。
あー、何度も見てきたよな、この光景・・・
はい、シンシアの頭脳機構が全力を出し始めた時の前兆です。
「と言うことは...動きがバラバラで無秩序だったら気にならない? いやでも、それはちゃんと動いている機械じゃ無いからそうなるのであって、むしろ壊れかけてる? ちゃんと動いている機械は必ず一定のリズムを持ってて、むしろ一定のリズムであることが、壊れていない機械の証拠で...」
俺はひたすら深まるシンシアの思考を阻害しないよう、魔獣を狩る時のような集中力で自らの気配を消し去る。
もはや素人ならこの部屋に入って来ても俺がいることに気がつけないはず。
「機械だから、出てくるモノは一定のリズムにしか出来ない、でも、固有振動を打ち消して、その打ち消し方がバラバラなら?...」
俺は黙って息を潜め続け、パルレアはデザートに出しておいた『干しイチジクのケーキ』をモキュモキュと食べ続けている。
だから、そうやってポロポロと皿からこぼさないようにだな!
身体が小さいんだから。
「そうです御兄様! さきほど御兄様が仰ったように、隠しきるんじゃ無くって、それを生き物の波動として使っちゃえばいいんですよ! 心臓の音とは違うけれど、一定じゃ無いリズムに変えちゃうんです!」
え? さっき俺なんか言ったっけ?・・・
さすがシンシアも姫様の娘だけあって、俺の言葉から『俺自身が思ってもいなかった高度な意味を勝手に汲み取る能力』には素晴らしいモノがあるっぽい。
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改めてシンシアに説明して貰ったところ、俺の言葉がヒントになってゴーレムから出てくる『消しきれない波動』を消そうとせずに、むしろ生き物の波動のように見せ掛ける機構を追加する、と思いついたのだそうだ。
で、それ自体も魔導機構であることに変わりは無いから、やはり固有振動という一定のリズムの波動を出し続ける・・・そこで、シンシアは『乱数発生』という全く意味の分からない機構を思いつき、波動の打ち消し方をそれに委ねてしまうことで一定のリズムを消失させることに成功したようだ。
シンシアの説明を聞いている限りでは、まるでゴーレムの中に更に小さなゴーレムがいてサイコロを振っていて、その『出た目』でオーラを変化させるから生物っぽい・・・とか?
なんで?
いやまあ単語の意味と途中経過は良く分からないけど、とにかくシンシアってマジ天才。
お兄ちゃん的には眩しいほどの存在。
いや実際に眩しいよ、シンシアがいなかったら俺もう途中のどこかで死んでるんだし・・・
ともかく、それから数日後にはゴーレムの改良版が出来上がっていた。元より量産する気のない一点ものだから、ほぼ全てが魔銀製でシンシアによる手作りである。
早速マリタンと同じ程度の厚みと大きさ、重さの本を談話室の書棚から見繕い、マリタンにも確認して貰ってテストに使ってみることにした。
みんなで玄関ホールに集まってシンシアを囲む。
地下室に行かないのは、このテストでは床に刻んだ魔法陣から奔流の魔力を引き出す必要が無いからだ。
「この『人型オーラ生成自立稼働ゴーレム』は大した魔力を消費しませんから、ランプ用の魔石で十分に動かせます」
「ほう、経済的だな」
「でも、ゴーレム本体が本番一回きりの使い捨てなので、経済的と言って良いかどうかは微妙ですけどね」
「たしかに...」
「とにかく動かしてみましょう。魔石を入れて起動スイッチを入れて床に置くと、自分で対象を探し当てて近づきます」
「ええぇっ!」
「対象は事前に登録できますから、いまはマリタンでは無くてこちらのテスト用の本を登録しています」
シンシアがそう言って手製の可愛いゴーレムを床に置くと、ゴーレムのボディというか『四角い銀色の箱』がパカパカと開くようにしていくつかの部品に分かれた。
「へぇー、コイツは凄いじゃないか...」
マリタンとパルレアは制作工程を最初から全部見ているから無言だけど、いま初めて見るアプレイスが静かに感嘆の声を上げた。
ゴーレムの見た目は人族はおろか、およそいかなる『生き物』の範疇にも属していないと一目で分かる姿だけど、どうやらオーラ的には人族っぽいモノを醸し出しているらしい。
全身が銀色に輝くゴーレムが・・・というか何本かの棒が突き出た銀色の箱が、その棒を足のように使ってソロソロと実験用の本に近づいていく。
客観的に見ると、銀色の箱が銀色の松葉杖で歩いてるみたいだ。
「ねぇドラゴン」
「何だ?」
「確かに、夜の廊下でコレに出会ったらワタシも声を上げちゃうかも、ね」
「だろ?」
「ねぇ...」
えー、そうかな?
俺的には、とても可愛い姿だと思うんだけど?
ともかく対象の本に辿り着いたゴーレムは、前部の棒を掲げて本に取り付いた。
よく見ると突き出た棒の先がさらに細かく数本の棒に割れていて、それを人の手のように動かしている。
さすがシンシア、芸が細かい。
ゴーレムの『手』が分厚い本の表紙を手前側に持ち上げ、パタンと倒した。
挟んでおいたダミーの魔法陣が開き、フワリと輝く。
本来だったら、この時点でパルレアの魔法が起動して、マリタンとゴーレム、罠の魔法陣を埋め込んだ紙をまとめて現世から遮断する。
ただし、そのままでは単に『凍らせた』だけで手出しが出来ないので、術者であるパルレア自身が現世との境目に張った膜を通じてマリタンを『時を引き延ばした結界の中』から引き出すそうだ。
話を聞いて、ちょっと危ないんじゃ無いかと思ったけど、そんなことは全くないと力説されたから、まあ納得。
「これで無事に『人型オーラ生成自立稼働ゴーレム』の実験成功ですね! 対象の捕捉と自律移動、それに最終動作できちんと畳み込んでおいた魔法陣を起動できました!」
「この魔法陣って、ひょっとしたら『人の手』で開かれないと起動しないように仕組んでたりした?」
「はい、そうです」
やっぱりな・・・シンシアは慎重かつ先を読むタイプだからね。
「これで、一通りの目処が付いたと思っていいのかな?」
「いえ、一番の難所は御姉様の魔法ですけれど、それは魔道具ではありませんので、次は『開き掛けた転移門』の向こう側を確認できる魔道具の製作ですね」
「うん、ソレも悪いけど全面的にシンシアにお任せだな」
「はい、お任せ下さい!」
「で、兄者殿にご相談があるんだけど?」
「え? マリタンが、俺に?」
「そうなの。転移門の向こう側を観察する魔道具のことをシンシア様とも話したんだけど、多分ね、ワタシに載っている魔法の一つがそれに使えると思うの。で、上手く行ったらシンシア様の負担がグーッと軽くなるってワケ、よ」
「ほう、良いんじゃ無いか?」
「でも、一つだけ問題があって、ね...」
「どんな?」
「いまはワタシのページを開けないから、実際にその魔法を確認して魔道具造りに活かせるかどうか判断するのは、罠を引っこ抜いた後になっちゃうのよ、ね?」
「ね? じゃねーよ! ダメじゃん!」
「いえ御兄様、そんなことはありません。御姉様の魔法で凍結した後はいくらでも時間を引き延ばせますから」
「まあそうか」
「じゃあ許可を貰えるかしら、ね?」
「いいと思うよ。シンシアが大丈夫だって言うなら」
「注ぎ込む魔力次第と言っても、ここの魔法陣から奔流の魔力を供給しながらだったら、実質的に無制限というか世界が終わるまで引き延ばせますから...罠を引き抜いた後で魔道具の開発に取りかかり、万が一、マリタンさんの魔法が現代では使いにくいモノだったとしても大丈夫です。問題ありません」
いやいやシンシア、『世界が終わるまで』って?
その凍結に意味は有るのか?




