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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第六部:いにしえの遺構
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ホムンクルスの素


「あ、パズルって言えば、お兄ちゃんとシンシアちゃんに見て欲しいモノがあったの忘れてたー! こっちに来てー」


そう言ってパルレアがフワリと飛び上がって、さっきまでうろついていた部屋の奥の方へと向かい始めた。


「なんでしょう御姉様?」

「まだ見てないから一緒に見て欲しーって感じ?」

「はあ...」


ずらりと並ぶガラス箱の脇を通り抜け、パルレアの後に付いて壁沿いにぞろぞろと歩いていく。

数十列目のガラス箱を通り過ぎた辺りでパルレアが壁の一部を指差した。


「ここー!」

「扉があったか。まだ開けてないのか?」

「だってこんな大きな扉、ピクシーサイズだと面倒だもん」

「そりゃそうだな」


つまり重い扉を開くのが面倒臭かっただけかパルレア?


通路からこの部屋に入ったところにあったのと同じくらいの両開きの扉だ。

扉の前は通路も広めに取られていて、かなり大きなモノでも出し入れできそうな感じになっている。


「魔法鍵とか罠とかはなさそー」

「だって、本来この部屋に入ってくるのは身内だけだろ? 普通は家の中に鍵を掛ける理由は無いよ」

「そっかー」


把手を掴んで押すと、さしたる抵抗感やきしみも無く扉が開いた。

きっと日頃から頻繁に開け閉めしていた場所だろうね。


「真っ暗ー!」


と、パルレアが言った瞬間に明かりが点いた。

一瞬、身構えたけど、それに続く動きはなにも無い。

恐らく扉が開けられると自動的に明かりが点く仕掛けで、パルレアの言葉は単なる偶然のタイミングか・・・


「コレナニーっ?」

「なんだこれ?」

「俺も知らん」


明るくなった部屋の中を見てパルレアが素っ頓狂な声を上げたけど、俺も自分の声がうわずってた自覚がある。


見たことも無い不思議な器具の数々。

使い道も分からない大仰な魔法装置なんか、シンシアの手紙ゴーレムが部品の一部にさえ見えてきそうな程のサイズだ。

シンシアに詳しく調べさせたら何日かかるか見当も付かない。


「ここは錬金術師の部屋かな?」


「そんなところだろうな。部屋中が魔道具で埋め尽くされてるし、いかにも『錬金室』って感じだよ」


ここで作業していた魔法使いと言うか錬金術師は、あちこちを回って転移門や魔獣を管理していた魔法使いとは別のホムンクルスだろうか?

魔法使いのタイプとしては別人のように思えるけど、いずれにしても大広間で吹き飛ばされているに違いない。

真相は瓦礫の下だ。


他にも部屋の中には様々なモノが置かれていたけど、俺たちの目を一番引いたのは巨大なガラスの筒の中に浮かんでいる変な物体だった。

少し赤みがかった薄い黄土色のような色合いで細長くて大きい。

特に表面にも凹凸や模様は無くて均質な感じで、あえて例えるなら『巨大な細長いパン』みたいな形状かな?


それが横倒しに置いてあるガラスの円筒の中で浮かんでいる。

浮かんでいるというのは比喩じゃ無くて、本当にガラスの筒の中は半分くらいまで水で満たされていて、このパンみたいな物体はそこに浮いているのだ。

一言で表現すれば、『不気味』って感じかな。


「なあシンシア、こんなモノって...」


そう言いつつシンシアの方を振り返ったとき、途中まで言いかけた言葉が止まった。

シンシアの目の奥で思考がグルグルと回っていることが見て取れたからだ。


「コレが何かは、おおよそ見当が付くよなシンシア?」

「はい御兄様。恐らくこれはホムンクルスの素体だと思います」

「やっぱりか」

「私も、アルファニア王宮図書館の本で読んだだけの知識しかありません。ですがこの物体の姿は、そこに書かれていた描写に一致しています」


もちろん、以前にパルレアとも話していたとおり、ここにはホムンクルスを造るための設備があるはずだと睨んでいたから驚きは無い。

こんな巨大な魔道具で造られているとは想像してなかったけど、ソレ自体は予想通りに出会ったなって感じるだけだ。


色がチョット変だけど巨大なパン・・・それも焼く前の捏ねただけの状態?

おおよそ人と同じくらいのサイズだな。

エンジュの森でパルレアを顕現させた時の『光の繭』と形状は似ているのに、この素体とやらは、その対極にあるような不気味な質感、存在感を感じる。


「これを元にしてホムンクルスを練り上げていくのか?」


「えぇっと、この中に対象とする人の肉体を入れて魔道具を始動させると、その人の姿を写し取るようにして素体から魔法の肉体が育っていき、最終的には完全に入れ代わるのだそうです。元の身体のごく一部...つまり、その、遺体の一部ですね...それしか無い場合でも、そこから全身に広がっていって、その人が生きていた時の姿をほぼ完全に再現すると、そう書かれていました」


「そんな本を手に取っちゃダメよー、シンシアちゃん!」


「あっ! その...えっと、ちょっとした興味で...つい...ごめんなさい御姉様...」

「まあ禁忌とか言っても、知識を得るくらい別に良いじゃ無いかパルレア」


「ダーメ! 知れば興味を持つし、興味を持ったらもーっと知りたくなるんだから。それで詳しくなったら、今度は試してみたくなるものなの!」

「そんなもんかねぇ...」

「人ってそーゆーものだから!」


「えっと、ごめんなさい御兄様、御姉様。御姉様の仰ることは私にも分かる気がします。世の中に『禁書』っていう開いちゃいけない本があるのはそういうことなのかと」

「でしょー!」

「そうか。まあシンシアが納得できるんなら俺は口を挟まないよ」

「はい」


まあ確かに一度(ひとたび)『得てしまった知識』は返品も消去も出来ないからやっかいだとは言えるな。


自分の心持ちや未来への希望に悪影響を与えるような事柄にウッカリ触れてしまい、それから『本当は知りたくなかった!』とか『見るんじゃ無かった!』とか思っても、もう後の祭りではある。

それは自分の知ったことが『事実』であるとか『正確な情報』であるとかとは、まるっきり関係ないし、むしろ『知って後悔する』ような話ってのは、ウソであって欲しいと願うようなことだろうからね。


アスワンが俺の出生に関する事柄をしばらく伏せていようと考えたのも、その情報で俺の心に悪い影響が出るかも知れないと危惧してのことだったと思うし、いまパルレアがシンシアに忠告を与えているのも、同じような心配に基づく配慮だろう。


「で、話を戻すけど、この『ホムンクルスの元』は、作りかけってコトなのかな? それとも、もう『誰か』になりかけてたりとか?」


「見た感じでは、これはまだ対象の身体を入れる前の、まっさらな素材のように思えますね」

「ホンモノとニセモノは、造る前から違うのかな?」


「私が読んだ本には、御姉様の言うニセモノのホムンクルスの作り方しか書かれていませんでした。ホンモノは『魂』を扱いますから、多分まったく別の魔法も必要になってくると思います」

「なるほど」

「ここにはもー、他に作りかけも素体も残ってないみたいねー」


「精霊爆弾が炸裂した時は、新しいホムンクルスを作り始めたばかりだったんだろう。その時の状態でここの作業は停まったままなんだな」


「これほど大掛かりな装置ですから、一度に一つずつしか取り組めないのでしょうね。とにかく御兄様、御姉様、この部屋はたか...証拠の山です。できる限り調べてみましょう!」

「そうだな。できれば奴の本拠地を知りたいし」


いまシンシアは『宝の山』って言いかけたよな?

俺も否定はしないけどさ。


シンシアは所狭しと立ち並ぶ魔道具類の棚にそそくさと近寄ると、なにやら観察し始めたけど、自分の興味よりも必要なことを優先してくれる分別は持ってるんだから、とりあえずそっとしておこう。


俺の場合、置かれている魔道具を調べても何が分かるかが分からない、という困った状況というか自分の知識の無さに直面しつつ、心に引っ掛かるモノがありはしないかと、なんとなく室内に目を配っていく感じだ。

パルレアもシンシアのことはそっとしておこうと思ったらしく、俺の近くに浮かんでいる。


「ライノ、俺は道具を使った魔法ってモノがさっぱりわからん」


ホムンクルスの素体が入ったガラス容器をしばらく眺め続けていたアプレイスが、おもむろに近寄ってきて断言する。


「まあそうだよな」

「だって魔道具なんて、フツーならドラゴン族には縁が無いシロモノだもんねー」


「そういうことだ。眺めてても仕方が無いから俺はガラス箱の中身確認に戻るよ。なにか不穏な中身を見つけたらライノに声を掛けるから、俺のことは気にせずにこの部屋の調査を進めててくれ」


「おっ、すまんなアプレイス、そいつは助かる!」

「いいってコトよ。必要な時は呼んでくれ」

「分かった」


そう言うとアプレイスが錬金室を出て、さっきまで犀を見ていたガラス箱のある方に戻っていった。

クールだぜドラゴン・・・


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