ペンダントの価値
「御姉様、それは使われている魔法ガラス自体にも関係があるかも知れませんね」
シンシアがそうパルレアに答えると、それまで横で黙って聞いていたアプレイスが口を挟んだ。
「でも『鍵』だぜ? 商家の宝物なんて、まさに『宝そのもの』...金貨とか宝石とか外国の珍しい品物とか、そういうモンだろう? 仮にそういうのを仕舞ってある宝物庫がウルベディヴィオラって港にあったとしても、とっくの昔に世界戦争で消え去ってると思うね」
古代において普通に人が住んでいた街の建物や何かが、そのまま現代に残っているという話は聞いたことが無い。
何しろ伝承の中には『地形が変わった』と表現されるほど激しい戦いが続いたという逸話さえ有るのだ。
遺跡も残らないほど破壊され尽くしたのか、その後の年月の長さで残ったモノも崩れ落ちたか、まあ、その両方だな・・・
さっきシンシアが言っていたように、残っていた建物も崩れた石垣に成り果てているのが当たり前だろう。
「うーん...でもアプレイス、あのペンダントは一種の魔道具だ。鍵と言っても扉を開けるだけとは限らないよ。例えば、何かもっと大きな魔道具を動かす為のモノだとかさ?」
「例えばどんな?」
「シンシアの造った手紙ゴーレムとか、極端に言えばドラ籠とか...」
「港町の商家がか?」
「ないか...」
「ないだろ」
「ですがアプレイスさん、道具を動かすための鍵というのは一般的だと思うんです。特にそれが勝手に扱われては困るモノだったら、特定の人にしか動かせないようにするものでしょう?」
「そんなの、使用者を決める呪文一つでいいんじゃないのかい?」
「人族は誰でも魔法が使えるとは限りませんから」
「あー...そうか」
「それに魔道具というカタチにしてあれば売り買いしたり人に譲ったりも出来ます。御兄様に身に着けて頂いている探知魔法のペンダントもそうなのですけど、リリアーシャ殿のペンダントも、あえて『家の財』として相続していけるカタチのあるものしている可能性があると思うんです」
「なるほど、『財』ねえ...」
言うまでも無くココに置かれた無数のガラス箱だって、欲しがる人にとってはとてつもない財宝だけど、どうもリリアちゃんのペンダントとの繋がりがしっくりこない。
なんて言うか・・・
この場合の『財』って言うのは、本当にそういう即物的なモノなんだろうか?
実はそこも引っ掛かってる。
「それかさー、お兄ちゃんも持ってる『破邪の印』みたいな身分証だとかー?」
「それもありえますね御姉様!」
パルレアがちょっと違う方向性を出してきた。
うん、俺的にはその方がしっくりくるんだけど、一族で受け継いでいく鍵が身分証になるようなことって何だろう?
身分証っていうのは『他人に自分を認めて貰う』手段だ。
特別な身分とか権利を示すもの、通行証、商売上の割符、特権状、世の中には色々なカタチの『身分証』がある。
実際、ノイルマント村の候補地探しでアサムとウェインスさんはリンスワルド家紋章入りのペンダントを預かっていたことで、色々と面倒が省けたようなことを言っていた。
考えてみれば俺自身も、最初に転移門で『銀の梟亭』に出入りするようになった時は、このペンダントを給仕のお姉さんに見せて納得して貰ったんだったよな!
仮にバシュラール家が、ガラス箱かその素材の魔法ガラスの売り買いなんかに関わっていて、それに関係することで鍵や通行証が必要だとしたらどんなことがあるだろう?
「なあシンシア、仮にリリアちゃんのペンダントが、このガラス箱か素材の魔法ガラスに関係する鍵だとしたら、どんなものが考えられるかな?」
「バシュラール家が『工房主』とかでしたら、造った魔道具の動作を制限する鍵というのも考えられるんですけど、それは代々受け継ぐようなモノでは無いですよね...後は...素材を輸入している商家だとして、ごく普通に倉庫の鍵とかですよね...この量の魔法ガラスなんてちょっとした財宝でしょうし」
「でもそれだったら、さっきの話の蒸し返しで、やっぱり吹き飛んでるよな?」
クールにツッコミを入れるアプレイス。
「たぶんな...でも、ルマント村の南の大森林には魔石サイロが残ってたじゃ無いか? ああいう感じで、いまでも何処かに何かが残ってるって可能性はあると思うぞ?」
「そりゃあ俺もあると思うよ。でもライノ、今でも街が...もちろん古代とはまるで違うとしても、戦争の後に街が再建されてるような場所に、遺跡が残ってるワケ無いと思うぜ?」
「確かに...」
南部大森林に『魔石サイロ』が残っていたことの方がレア中のレア、特別なケースだろう。
あの周囲を掘り返したら何が出てくるか調べるのは後回しにしたけど、むしろ、残っていた理由がなにか特別なような気がするね。
「それに、エルセリアが生まれたのは『戦争が終わってから』なんだろ? 吹き飛んじまった場所に出入りする鍵を戦争が終わった後も後生大事に持ち続けてたなんて、財宝の限って言うよりも、なんか『思い出の品です』とか言われた方がしっくりくるよな?」
「意外にロマンチックなことを言うよなアプレイスって」
「そうか?」
「だって貴重な財だから持ってるってのよりも、思い出だから大切に持ってるっていう方が、なんとなく雰囲気って言うか印象がいいじゃないか?」
「それって、赤の他人にとっては何の価値も無いって事だけどな!」
「う...」
「とにかくだ。リリア嬢って言うか、その母親がガラス箱に入れられた時にはまだ価値があった。で、そのまま後生大事に抱えてて、箱から出てきた時には実家の倉庫なんて歴史の彼方に消えてたって言うのが、一番まっとうな解釈だと思うぞライノ?」
「まあ、そうなるか」
「別に、あのペンダントに価値がないと困る訳じゃ無いだろ?」
「そうなんだけどね...この先リリアちゃんにはアサム達と静かに幸せに暮らして欲しいし、エルスカインに関係ないなら、むしろそれが一番いいんだけどな...」
「じゃあ、それでいいじゃないか?」
「そうは思えないから困ってるんだよ」
「なんで?」
「俺の直感がな、あのペンダントはエルスカインにまつわる何かと『縁を繋いでる』って囁くんだ。それに実際、リリアちゃん親子がここのガラス箱から出てきたって可能性は凄く高いだろ?」
「それはまあなあ...」
「アプレイスさん、私の直感も同じなんです。リリアーシャ殿がフォブ殿に助けられた時にはもう三歳ぐらいだったはずです。確かに幼子ですけど、それまでの暮らしぶりを何一つ覚えてないというのも、いささか不可解です」
「よーっぽどのショックなコトに出会ったとかさー?」
「酷い出来事に直面すると記憶を喪失することはまれにあると聞きますから。そうかもしれませんね!」
そりゃあ世界戦争の終わり頃に産まれて気が付くとエルセリアになってたとか、俺が幼子なら全力で混乱する自信があるな。
「親子でガラス箱に入っていたことも、目覚めたとたんに豹の姿で冬空に逃げ出したことも普通なら考えにくいです...ですけど、これは馬鹿馬鹿しい空想なんかじゃ無くて事実だと確信しています」
「...わかったよシンシア殿、ライノ。いま話したみたいな『現実的な』リリア嬢のペンダントの解釈はライノやシンシア殿の直感とやらと一致してないんだろう? だったら、その直感を信じてペンダントに関連しそうな証拠を探してみようぜ?」
「だな」
「ええ、それしかありません。どうしても、この謎は解決しないといけないって心が騒めくんです!」
シンシアはそう言うと古代のティターン製だというガラス箱の枠組みをそっと指でなぞった。
もしもエルスカインが大結界をガラス箱のために造ろうとしているのなら、ガラス箱があるのはここだけじゃあ無い。
と言うか、きっと『エルスカインが維持したい』ガラス箱はここにあるものじゃあ無いはずだ。
それがラファレリアにあるのか、ウルベディヴィオラにあるのか、それとも全然関係のない場所にあるのか・・・
今はまだ分からないけど、さっきアプレイスが言ったように、その中身こそ『エルスカインが奔流を捩じ曲げてまで守ろうとしている』ものなんだろう。
 




