混乱と不幸の黒幕
「洞窟に溜め込んだ宝か。そう言えばアプレイスも南部大森林の魔石サイロで暮らしたいなんて言ってたよな?」
「蒸し返すなよぉライノ...」
「スマンスマン。まぁ冗談はともかくエルスカインは『命』とか『他者の死』ってものに対してカケラも情を持たないんだよ。自分の目的のためなら誰が死のうが気に留めない。ホムンクルスも魔獣も平気で使い捨てだしな」
「だーからホムンクルスは、最初っから生きてないから死ぬのとは違うのー!」
おっと、俺とアプレイスのやり取りに急にパルレアが食いついてきた。
いまココでそんな議論をしても仕方ないって事は分かってるんだけど、パルレアのホムンクルスに対する態度は俺もチョットだけ気になってたから、実は以前から思っていたことを話してみることにする。
「なあパルレア、それは違うんだよ」
「えっ?」
「俺が気にしているのは生命を持つ肉体の事じゃ無くて、心や魂の話なんだ。もちろん俺だってニセモノのホムンクルスはただの人造魔物だって思ってるぞ? だけど、魂を移されたホンモノのホムンクルスは、身体は作り物だけど心は生きてるって思えるんだよ...まあ、俺にとってはな...」
「えっ...うーん...?」
「別にパルレアがそれに納得する必要は無いよ。単なる俺の意見っていうか感覚だからね。ただ俺は心を殺すことの方が重大だと思うから、人をホムンクルスにして隷属させることや、魔獣を意思のない道具にしてしまう支配の魔法が許せないのさ。それだけの話だって覚えておいてくれればいいんだ」
「...そう? そっか、そうなのね...」
みんなの前でややこしい議論をするつもりは無い。
だけど本音を言うと、もしも魂を持つホムンクルスも現世に価値のない存在だとするならば、パルミュナが魔力で紡いだ身体に『間借り』しているクレアの魂を、どう考えればいいのかっていう気持ちがある。
パルミュナは元が大精霊だし、その身体も現世に顕現するために精霊魔法で紡ぎ出したものであって、由来として考えるならば禁忌の魔術で『合成』したホムンクルスの体とは似ても似つかないものだ。
だけど・・・そこに間借りしているクレアの存在は?
パルミュナは自分とクレアが一体になって顕現し、パルレアと名乗るようになったことに全く疑問を感じていないけれど、突き詰めればクレアは自らの想いで輪廻の円環から外れた存在であり、魂魄霊と同じように『現世にいるべき存在では無い』という事になってしまうんじゃないのか?
古来から、多くの魔法使いが魂と肉体を別々に扱おうと試みてきたけど、時には魔術に失敗して分離した魂が肉体に戻れなくなることがあるという。
そうした理由なんかで、完全に死んではいないけど肉体を失ったまま現世を漂っている存在が『レイス』だ。
中には新しい魔術を自分の体で実験していた魔法使いその人がレイスとなっていて、霊魂しかない存在でありながらも魔法に長けているという、やっかいな相手だったりすることもあったり・・・
まあ、レイスがすなわち生者に害する存在ってワケでも無いけどね。
そこは魔物と違って意志も思考も残っているし。
俺自身は、母親の死で彷徨うクレアの魂を掬い上げてくれたパルミュナに感謝しているけれど、あの時のパルミュナが興味本位と言うか悪戯心で『やるべきで無いことを行った』というのは、大精霊の視点から見れば妥当だろう。
クレアの事を知らされた時にアスワンが俺に詫びたのは、そういう理由なのだ。
でも俺は、いまはパルレアであるクレア自身にも『自分が存在すること』を大切に考えて欲しいと思う。
せっかく、この世界で兄妹一緒にいられるんだからさ・・・
「うん...お兄ちゃんがそう言うなら...分かった」
「有り難うパルレア」
「うん!」
「よし、この話はここまでとして、いまはエルスカインが眠ってた理由も目覚めた理由も分からないけど、それは考えても分からないから手掛かりが見つかるまで置いとこう。それよりも目覚めてからあと、何を目的に大結界の構築を始めたのかが問題だからな」
「そーそー、問題は目的よねー!」
なんであれエルスカインはポルミサリアの魔力を思いのままにすることで、自分にとって都合のいい世界を実現しようとしていることは間違いない。
頭を切り替えて手掛かりを探そう。
「は? そりゃあ好き放題に使える魔力が欲しいからだろ?」
「だから、その魔力の使い道が分からないんだよアプレイス。転移門を大結界のアチコチにばら撒くためとかじゃないだろう?」
「いやいや。さっき、ライノとパルレア殿が自分で言ってたじゃ無いか。このガラス箱を何千年も維持するのには大量の魔力、つまり大量の高純度魔石が必要なんだろ? 案外、その魔力が枯渇してきたことがエルスカインが四百年前に目覚めた理由だったりしてな!」
ガラス箱を指差したアプレイスが冗談めかして笑いながら言ったけど、俺もシンシアもパルレアも、その何気ない言葉に固まった。
「えっ! いやそうか!...」
ガルシリス城で、ハートリー村の村長をモヤで乗っ取っていた魔法使い・・・そして間違いなくホムンクルス・・・アイツはなんと言っていた?
あの魔法陣は世界を巡る魔力を吸い出して集める・・・そして集めた魔力は各所に置いた魔法陣の網の目に溜めておき、いつでも好きなように使うことが出来ると、そう言っていた。
つまり大結界は、魔力を溜める井戸や流れを変える杭となる魔法陣によって奔流の魔力を操り、各地を結んだ水路のように流すことで成立する。
俺もパルレアもアスワンも、エルスカインが大結界を構築することで・・・つまり、それほど膨大な魔力を手中に収めることで、『どんな大規模魔術を行使する』ことを狙っているのかと考えていた。
例えばそれは、北部ポルミサリアを覆うほど広範なエリアに対して、結界自体が攻撃的な魔法陣のように動作するんだろうとかって発想だ。
仮にだけど、『結界内の全てを焼き尽くす』とかさ?
だけどそうじゃなく、かつて人族が手にしたことが無いほど大量の魔力を得て自由に使えるようにすること・・・
そのこと自体が大結界の目的だとしたら?
そしてエルスカインがそれほどの魔力を欲する理由がアプレイスの言うように、このガラス箱の維持だとしたら・・・?
だったら何故、エルスカインはガラス箱を維持したいのか?
それこそがエルスカインという存在を理解する鍵だ。
一体、ガラス箱の中には元々なにが入ってたんだよ?
ただの魔獣ってことは絶対に無いだろう?
「御兄様、古代の人々にとってはアンスロープの素材にする魔獣を確保しておく意味が有ったのでしょうけど、数百匹の魔獣を平気で使い捨てるエルスカインが魔獣を大切に扱うとは考えにくいと思います」
当然、シンシアも俺と同じ意見だな。
きっと『本来の』中身は魔獣じゃ無い。
さっき俺自身も言ったように、情け容赦なく魔獣を使い捨てにするエルスカインにとって、魔獣を保護する心情は欠片もないはずだ。
それに犀やグリフォンはともかく普通の魔獣は特別に珍しいものでは無いので、数千年も大切に保管し続ける理由は見当たらない。
「じゃーさー、お兄ちゃん。本来の中身は魔獣じゃ無かったって事ー?」
「これが闇エルフ側の設備だという前提で、恐らく世界戦争の最中には魔獣や奴隷、造りだしたアンスロープ族を保管しておくために使われていたんだとは思うよ。だけど伝承によれば、戦後直ぐにアンスロープ族は解放されてるはずなんだ。なにしろ主人だった闇エルフが一人残らずいなくなってるんだからな?」
「だったら魔獣はガラス箱の中にそのまま残されてたとしても、もー、アンスロープは残ってないの?」
「そうじゃないか?」
「だけどライノ、この設備が人知れず地下で息づき続けていたんだとすれば、エルスカインが来た時は、中に未発見のアンスロープが入ったままだった可能性もあると思うぜ?」
「うーん...それだったら、エルスカインはこの施設を手中に収めた時に、魔獣じゃ無くてアンスロープを支配して戦士に使ったんじゃ無いのかな? 四百年前の大戦争の当時もアンスロープの傭兵はいたはずだけど、その軍団がどこかで暴れたなんて話は聞いたことが無いよ」
「そうか...ホムンクルスと魔獣よりもアンスロープの方が戦争で戦わせるには向いてるだろうしなあ...」
「ああ。エルスカインであれば、目覚めさせたアンスロープに『支配の魔法』を掛け直すことくらい容易に出来ただろうからね」
ん、待てよ・・・
それって、なにか引っ掛かるな。
エルスカインの行動を見る限り、同時に操れる『ニセモノのホムンクルス』の数には限りが有るように思えるのは以前から感じてる。
そして魂を持つ『ホンモノのホムンクルス』の場合は、なぜか『支配の魔法』で操り人形にするのではなく、褒美や脅しをチラつかせて従わせてる・・・
ひょっとすると、そこには何か制約があるんじゃないだろうか?




