時から切り離されて
アプレイスの反応を気に留めることもなく、パルレアがガラス箱を見ながら不思議そうに言う。
「たださー、これも橋を架ける転移門と同じで人族の魔法じゃん? ものっ凄く魔力を消費すると思うし、それを何千年もとか言ったらハンパじゃない量の魔石がいるって思うよー?」
「それこそ、あの魔石サイロの備蓄が必要だろうな」
「だねー」
このガラス箱は、精霊界との繋がりをベースにした革袋の収納とは、似てるようで異なる、仕組みも出自も全く違う魔法なのだろう。
以前のパルレアの言い方を借りれば、恐らく転移門と同じように『力づく』で実現している方式だ。
「なあパルレア。どうでもいいことかも知れないけど、このガラス箱の中が時間の流れから切り離されてるって言うのは、転移門の仕組みとも関係があったりするのか?」
俺がそう言うと、パルレアは吃驚したような顔をして俺を凝視した。
「えーっ、お兄ちゃん凄いっ! それに気が付いたの? これからせつめーしようと思ってたのにー!」
「あ、いや、勘って言うか、ただの思いつきだけど?」
「それでもすごーい!」
「褒められると照れるけど、それで合ってるのか?」
「えーっとね、人の転移門は精霊魔法みたいに空間を跳び越えるんじゃなくって、離れた場所と場所の間に橋を架けて、その間の距離を無かったことにするって方式でしょー?」
「ああ、そんな話だったな」
「でー、多分このガラス箱の魔法は、中に入れられた時から出る時までの間に橋を架けて、その間に過ぎた時間が無かったことにするよーな感じだと思う」
お、なんとなく俺の勘もマグレ当たりらしい。
「いや、さっぱり分からんぞパルレア殿!」
「あの、もう一度説明して貰えませんか御姉様?」
意外にアプレイスとシンシアが混乱している・・・そうか、この二人は俺みたいに勘とか直感で行動するタイプじゃ無くって論理的に考えて動くタイプだから、常識外のことに対しては却って理解が阻まれるんだな。
「えー...」
「えー、じゃないぞパルレア殿。精霊の感覚で現世を語られてもなあ...」
「だって、ホントにそんな感じなんだもん! このガラス箱の中に入ってる間は、ずーっと転移門の中を移動し続けてるみたいな感じ?」
そりゃ凄い。
「まあともかく、パルレアの言う感じだったら転移門と同じように、いや、それ以上に膨大な魔力を消費するのも当然だろう。高純度魔石抜きじゃあ動かせないシロモノだよ」
「原理は良く分かりませんけれど、きっとそうなのでしょうね...」
シンシアとアプレイスが仕組みについて議論し始めると長くなりそうだから有耶無耶にしたけど、パルレアの説明通りだとすれば、この『時の流れから中身を遮断する』魔道具は、エルスカインが奔流を弄くり倒して、あの大結界を創り出そうとしていることにも、なにか関係があるかも知れない。
もちろん、ただ魔獣達を生かし続けるためにそんなことをするとは思えないから、もっと大きな理由があるはずだけどね・・・
「仕組みはともかく...そうなると御兄様、仮に、このガラス箱に入れられていた数千年前の人が何らかの理由で目を覚まして出てきたという可能性もありますよね?」
「お、それって?」
「リリアちゃんのコトねー?」
シンシアが言ってるのはリリアちゃん、つまり『リリアーシャ・バシュラール』とその母親、そして謎の言葉が刻まれたペンダントの事だ。
「はい御姉様。もしもバシュラール親子がこのガラス箱に入って眠っていたのなら、数千年の時を超えてペンダントと魔法の鍵を持つべき人物、『その人自身』が現代に現れたとしても不思議はありません」
「だよなあ...」
うわぁ、リリアちゃんが実は『数千年前の人』だったとか・・・
マジだったら、ちょっと驚愕。
以前にシンシアと話した時は、どれほど閉鎖的な一族だろうと、あるいは強い戒律で縛られていようと、『何千年もの間、ペンダントと一緒に鍵を動かす血筋を継承し続けるのは不可能に近い』と考えていた。
でも、もしもあのペンダントが先祖から継承してきたモノでは無く、『本人』がその当時から・・・ロクな記録も残ってないほど古代の世界戦争の時代のことだけど・・・身に着けていたモノだったとしたら?
いきなり話の時間的スケールがデカくなったけど、色々な謎の糸口が見えてくるかもしれないな。
「俺もシンシア殿の意見に賛成だぞライノ?」
アプレイスも賛同する。
このガラス箱にパルレアの言う通りの力があるなら、『世代を超えた継承』なんてことを想像するよりも、よっぽど現実的だ。
「そうだな。なぜか八年前の冬に目覚めたバシュラール親子は、管理者のホムンクルスの目を盗んでこの設備から逃げ出したのかも知れない。まあ、そもそも目覚める前というか、このガラス箱に入れられる前から『逃げ出す理由』があったんだとは思うけどね」
「そりゃあ、ココに無理矢理入れられてたからだろ?」
「もしなんらかの理由で捕らえられて、無理矢理ガラス箱に閉じ込められていたというのでしたら、見張りのいない状態に気付いた時に慌てて逃げ出しても不思議はないですね」
「時間を停めた牢獄に監禁されてたって事か、結構きついなソレ...」
「だからフォブおじいちゃんと出会った時には荷物がなーんにもなくて、着の身着のままだったのねー!」
「それにガラス箱に入った時と出た時で、どれほどの歳月が流れていたのかさえ分かっていなかったのかも知れません...本人にとっては数千年の時は無いと同じで、『捕らえられた直後』という感覚だった可能性もあると思います」
「おぉぅ、それはそうかもなあ...凍らされてる間の時の流れを知る方法があったかどうかは怪しい」
「無いよねー。だって『時間』から切り離されてるんだもん!」
「うん、捕らえられてた理由も、目覚めた理由も、逃げ出せた理由...って言うかエルスカインが逃げたことに気が付いてない理由も...何一つ分からないけど...とにかくシンシアが言うように、リリアちゃんと母親がここから逃げ出したって事は間違いないと思えるよ」
「ええ、私も説明は出来ないのですけど、そんな確信があります」
「いや待てよライノ、そもそもリリア嬢が数千年前に捕らえられてたんだったら、それ自体はエルスカインのやったことじゃないだろ?」
「だけどエルスカイン自身だって、その後でリリアちゃん親子の様にガラス箱の中で寝てたのかも知れないぞ? 四百年ほど早く目覚めただけでな?」
「おっと...そういう考えもあるか!」
「とにかく、この部屋にエルスカインの手掛かりが無いか探してみようよ。他のガラス箱には魔獣だけじゃなくて、ひょっとしたら他のエルセリアやアンスロープの人達だって入っているかもしれない」
「ですが御兄様、リリアーシャ殿はエルセリア族です。つまり、闇エルフ陣営が敗北して世界戦争が終わった_後で_生まれたというか変化してしまった人達ですよね?」
「あっ、そうか! そうだった!」
シンシアの言う通りだな、マジでウッカリしてたよ・・・
『太古の世界戦争時代』なんて一括りにしていたけど、そこには明らかに戦中と戦後の区切りがあるのだ。
呪い返しの『伝承が正しい』とすればだけど、エルセリア族はアンスロープ達と同時に生まれた存在じゃあなくて、戦後のことになる。
「そう考えると、この中にいるのは戦時中にアンスロープ族を産み出すために捕らえられていた魔獣や奴隷達、あるいは創り出されたアンスロープの方々ではなく、四百年前に目覚めたエルスカインが、このガラス箱を手に入れて以降に捕らえた魔獣だという可能性が高いですね」
「だよな。それだったらアンスロープとエルセリアが仲良くガラス箱に入れられてる訳が無いか」
「はい、そういうことかと」
伝承では、敗戦によってなんらかの術が途切れて、アンスロープを産み出していた魔法が闇エルフの一族達に牙を剥いた。
恐らくは罪の無い市民達も、ただ闇エルフと同じ一族だと言うだけで一様に魂の在り方を歪められて、リリアちゃん達エルセリア族が生じたのはその時だ。
全ての人々がエルセリア族へと変容したことで、『闇エルフ』と称された一族は消滅。
そして、狂戦士として隷従させられていたアンスロープ族への『支配の魔法』も消え去った。
彼らは戦後直ぐに解放され、同族だけで暮らせる静かな場所を求めてポルミサリアのあちらこちらに散っていったという・・・
その一派の子孫が様々な歴史の節目を経験しながら、流れ流れて南部大森林の際に住み着いたのが、ダンガ達ルマント村の人々の祖先って訳だ。
 




