巨大な地下空間
「そっか...仮にお兄ちゃんの言うとおり、エルスカインが転移門を使わないと移動できないとしてさー、まず魔法使いのホムンクルスをそこに行かせて転移門を用意させると。でー、魔法使い自身は一度は物理的に移動する必要があるから、最後の行程を馬車だのなんだので移動するワケよね」
「そうなるだろう。グリフォンくらいには乗って飛ぶかも知れないけど」
「それでも、魔法使いが転移門を設置し直すまでは、エルスカインはココに来れない?」
「ああ、そうだとすれば?」
「えーっと...エルスカインは転移門が無い場所に来られない...手下のホムンクルスも手数が足りないし、ちゃんとしたのは新しく作れない...この施設はどーせ吹っ飛んでて再利用は出来そうに無い...新しい転移門も設置できないし、それで罠を張らずに...じゃなくって罠も『張れずに』放置かー...」
「ありそうな気がしないか?」
「気がするー」
「だろ」
「エルスカインってさー、優先順位の付け方もドライってゆーか冷徹な感じだもんねー。役に立たない手下となったら即座に切る的な?」
それも心の奥底でずっと引っ掛かっていた事だった。
エルスカインの手下に人族の出番は・・・例えそれがホムンクルスであっても・・・極端に少ない。
少なくともこれまでの処で『戦闘』の矢面に出てきたのは魔獣達だけだ。
カルヴィノにしろオットーにしろ、モリエール男爵と魔道士にしろ、戦闘員では無く陰謀を進めるための道具に過ぎないし、行商人なんて言わずもがなだな。
「その手下? の魔法使いは、どーしてココに戻って来ないんだろー?」
「魔法使いだったとすれば、ドラゴンの罠を動かしてた時にはここで待ち構えてたんじゃないか?」
「え、だったらソイツも一緒に精霊爆弾で吹き飛んだかもって?」
「ひょっとしたらな」
「いきなりエルスカインの動きが静かになった理由はソレ?」
「かもしれん」
「モリエール男爵のところはアタシ達が行く前から接触してたから転移門があったんだ。それで男爵と魔道士をどうにかホムンクルスに出来た...不完全だったけど...」
それを作った場所が次の目標だな。
恐らくそこは、ドラ籠を保管してあった場所の可能性も高いだろう。
すぐに探せるかどうかは分からないけど、ここに何か手掛かりがあるかも知れないし。
「って言うか俺、この前、エルスカインに余裕が無くなってきた感じがするって話しただろ?」
「うん!」
「ドラゴンの入手も二回に渡って失敗してるし、エンジュの森に近づいてたウォームも追い払われた。たぶんアレはエンジュの森の地下に埋もれてる遺跡の採掘か、その調査が役目だったんだろうけど、それも成果ナシ。リンスワルド領の奔流を曲げる『杭』だったらしいガルシリス城の魔法陣はお前に吹き飛ばされたしな」
「あー、やったわねー、そーゆーこと」
「そう考えると、何百年も進めてた計画がここ半年くらいで急にボロボロにされてるんだ。これって普通のヤツだったら相当に焦る状況だよ」
ヒューン男爵領とモリエール男爵領での土木工事?だって、俺たちはもうその計画の存在を察知している。
本格的に動き出したら、いつでも止めるための行動に移れるだろう。
逆に言えば、もはやエルスカインにとってはどうにかして俺たちを止めないと、リンスワルド領どころじゃなくて大結界構築の進捗に支障を来すレベルになりつつあるって事だ。
うん、そう考えると確かに嬉しいよな。
ざまーみろ的な感覚?
「ザマーミロだねーっ!」
やっぱりパルレアが口に出したな。
予想通りだぞ妹よ。
++++++++++
そこかしこに散らばっている細かな残骸を調べるのはとりあえず後回しにして、精霊爆弾が炸裂した中心と思われる方向に進んでみる。
最初に降りた部屋から続く空間も燃えてこそいないものの、閉じた場所に凄まじい爆風が吹き荒れたことを感じさせる惨状だ。
精霊爆弾の爆発と同時に膨大な熱も放出されたはずだけど、周囲のものに燃え広がるよりも、逆に吹き消されたって事なんだろうか?
岩壁で区切られた部屋と洞穴の中間のような区画を三つほど通り過ぎたところで、ひときわ巨大な空間に辿り着いた。
空間が大きすぎて、小さな魔石ランプ一つじゃあ向こう側まで見通せないほど広い。
「ココが吹っ飛んだ中心なのねー」
「だな。地下にこんな広いっていうかデカい空間があるなんてビックリだよ」
「マジで宮殿の大広間並?」
「それ以上じゃ無いか? ドラゴン姿のアプレイスが余裕だよな。エスメトリスでも大丈夫だろ」
面積が広いだけじゃ無くて高さも凄いけど、いまは天井部から崩れ落ちた瓦礫が山のように盛り上がっている。
恐らく、その下にはパルミュナを飲み込んだ牧場の罠と『対』になった転移門があったはずだ。
爆発の衝撃で天井部に亀裂が入って、そこの割れた岩が落下してきたんだろうけど、瓦礫の量からしても、岩天井から地表まで続くような穴が開いている訳じゃあなさそうだ。
地表の歩廊が崩れたところから入り込もうとしても、この状態だったら、まともに通れる隙間なんてあったはず無いな・・・パルレアを行かせなくて良かったよ。
地上の石壁が崩落したのは、激しい衝撃に揺らされたせいで地盤の緩んでいたところがガタガタになったからだろう。
地震に見舞われたような感じかな?
地面に穴が開いた訳でも無いのに、歩廊の一部が揺れで崩れ落ちるレベルだったんだから、それこそ営繕に雇われてた人達は崩落の原因を『北部ポルミサリアじゃ珍しい地震』だって判断していてもおかしくない。
「しっかし、ここまでボロボロに崩れてると手掛かりになるようなモノが何か残ってるかも怪しいな...」
「マトモな状態のものはなーんにも無いかもねー」
「とにかく探ってみよう」
「分かったー!」
人や動物であれ魔道具であれ、動くモノの気配が全くない暗い大広間を、パルレアと二人で何か目に付くものは無いかと探っていく。
爆発は罠の転移門が開かれていた広間の中心で起きているから、この広間にある全てのモノが周囲の岩壁に貼り付くように吹き飛ばされていた。
いくつかの金属製品なんて、本当に岩壁の形にひん曲がった状態で貼り付いているから、どれほど強烈な爆発だったかが伺い知れる。
「ここ、扉が吹き飛んでるねー」
パルレアの声に目を向けると、岩壁にぽっかりと暗い穴が口を開けていた。
「続きの部屋か」
「こんだけ広く掘り広げてるんだもん、きっと他にも沢山部屋があるよ?」
「ああ、とりあえず入ってみよう」
部屋はそれほど広くなく、吹き飛ばされた扉はそのままの状態で正面奥の壁に貼り付いていた。
もしその時に、扉の向こうに立ってた人がいたらペチャンコだろう。
ご愁傷様だな・・・
いや、もしもそんな状態だったら、この狭い部屋の中はヒドイ臭いになっているに違いない。
ホールの空気にも変な臭いは感じなかったからセーフだ。
ん、それも変だろう?・・・
「なあパルレア、ちょっと嫌な事言うけど」
「言わなくていーかも」
「いや言うぞ。このホールで死体の臭いってしないよな? 人でも魔獣でも動物の死臭がだ」
「あー、言われてみると、そーゆー臭いってしてないねー」
パルレアがそう言いつつ、後ろのホールを振り返った。
瓦礫の下に押しつぶされている奴がいる可能性があると思ったかな?
「閉じた空間で生き物が死んでれば酷い腐臭を放つよ。爆発から随分経つんだし、ここで死んだモノがいれば腐ってるハズだろ? でもここの空気は濁ってない」
「換気されてるってワケじゃーないよね...」
「無いだろうな。瓦礫に埋もれてるにしても、鈍感な俺ならともかくパルレアが気が付かないとは思えない」
「そーね...」
「だからシンシアの精霊爆弾は人も魔獣も殺してない。でもさっき話したように、あの罠が作動した時にここに魔法使いがいなかったとは思えない」
「ホムンクルスかー」
「そうだ。やっぱりエルスカインの本当の手下に人族はいないんだ。『少ない』んじゃ無くて『いない』んだと思う。金で釣られた行商人やゴロツキなんかの使い捨ては別として、こういう場所に出入りしてるような手下はホムンクルスだけだろう...ハッキリした根拠は無いけど、俺はそう確信したよ」
ホムンクルスなら死んでも土くれになって蒸発するだけだ。
死体は消え去るから着ていた服以外に残るモノも無い。
だから、この地下空間を幾ら掘り返してもホムンクルスの死体が出てくる事はない。
逆に、幾ら探しても人の死体が出てこないとすれば、それこそが、エルスカインの重要拠点にホムンクルス_しか_いなかった証拠だと考えても良いだろうね。
 




