地下への階段
< アタシが浮かんで近づくね。様子を見たらそのまま戻ってくるから、お兄ちゃんはここでじっとしてて >
< 分かった。無理をするなよ。変な気配を感じたら直ぐに戻ってこい >
< うん >
パルレアが俺の肩を飛び立って、すーっと崩れた石組みに近寄っていく。
俺は何かあったらいつでも飛び出せるように精神を集中してパルレアを目で追い続けるが、特に変わった動きや気配が生じる兆候は無い。
パルレアはしばらくその周辺をグルグルと飛び回ってから無事に戻って来た。
< おっきな穴が空いたところに歩廊と岩壁の大石がぜーんぶ崩れ落ちて埋まっちゃってるみたい。人が通れる隙間は無いわねー >
< 穴を伝って降りるってのは無理か >
< アタシが岩の隙間を通れるか探ってみる? >
< 無論、却下だ >
< だと思ったー! >
そう言えば、南部大森林で魔石サイロを掘り出した時にも似たような会話をしたな。
俺も破邪時代に狭い洞窟の奥に潜む魔獣や魔物を探して潜り込んだ事があるけれど、這いずってやっと通れるような穴蔵や隙間って言うのは、進むのは簡単でも行き詰まった時に戻るのが難しい。
下手をしたら進むに進めず戻るに戻れず、その場で動けなくなって餓死を待つって事になりかねないんだよ。
パルレアに餓死は無いかも知れないけど、俺の心がダメージを受けるから却下だ。
まあ、俺やパルレアの場合は行き詰まっても転移して脱出すればいいだけだけど、跳躍門は見えない場所に跳べないから、いったんその場に通常の転移門を開く必要がある。
さすがにソレは、精霊魔法の気配が酒場の明かりのように煌めくんじゃ無いかな?
< どーするの? あの見取り図じゃー城の中にも、地下への入り口とか載ってなかったけど? >
< そりゃ載ってるとは思えないよ。あれに書いてあるのは『古城』の管理を任された職人の知ってる範囲だけだ。だけど、城内のどこかから地下には行けるだろうと思うよ >
< エルスカインは、転移門で地下と行き来してたんじゃー無いの? >
< それでも最初の穴はどうやったんだよ? >
< あー...そっか >
< いきなり『岩の中』に転移はしないだろう? 元々の城砦にあった地下牢とか、そういう場所から掘り下げたはずだ。その地下牢のどこかに物理的な出入り口があると思う >
< そっか >
< 普通の人には見えなくしてるか、塞いであるかも知れないけどな >
< ガルシリス城でもあったねー。そんなの >
ガルシリス城の焼け跡に建っていた扉には人避けの魔法が掛けられていて、最初レビリスは気が付かなかった。
ここにも地下への出入り口があるとしたら同じようになっているだろう。
ただし、この城砦はどこからも濁った魔力が染み出しているような気配は無いけど。
それに人がいる気配も欠片もない。
< エルスカインって、地上ってゆーか、お城の建物自体はぜんぜん使って無かったのかなー? >
< だろうな。営繕に来る職人達もココはずっと無人のままだって信じ込まされてたんじゃ無いか? >
< まー、金目のものなんて無いし、石壁の隙間に生えた草取りくらいしかする事ないよねー >
長い年月の間に強固な石壁を壊すのは風雨と寒暖差、それとツタの類いや隙間に根を張る植物だ。
特に、何かの拍子で大きな樹木になる種が隙間に入り込んで芽吹いたりすると、僅かな隙間を少しずつ抉って広げていき、やがて石組みそのものを崩壊させてしまう事さえある。
< 畑を不作に出来たりするらしいエルスカインなら、植物を芽吹かせない魔法くらい簡単な事のように思えるけどな >
< げーっ! そんな魔法、ぜーったいに許さない! >
< 俺に怒るな。何か城の外には魔法を使わない理由でもあるのかな? >
< まー、台地の上だからかも? 地面を覆う草が全く無くなって土が剥き出しになったら、あっという間に雨と風で土地が削られていっちゃうからねー >
< なるほど! >
そうか、地面が草むらで覆われている方が崩れにくいって言うのは納得だ。
特に地下に重きを置いているエルスカインなら、この突き出た細い台地が崩れる可能性は減らしたいよな。
< じゃあ、上の階は無視して地下優先で探る感じねー! >
< ああ。『人』が見張ってる気配は無いし、気にしなくていいだろう >
一階部分に人の背で届く位置に窓は無い。
そりゃそうだよな。
今どきの城のように権威や優美さを追求するゆとりなんかある訳も無く、城の本来の役割として、いかに『敵から防衛するか?』に全振りしてある建造物だもの・・・有る意味、リンスワルド城なんかとは対極にある存在と言える。
< 硝子窓が無いねー >
< 古い城だからな。いまのルースランド王家がここを居城として使った事は一度もないし、そんなお金を掛ける理由は無かっただろう。ここは徹頭徹尾、辺境の『砦』っていう扱いだよ >
< ねー、上の方に明かり取りの窓があるから、そっから覗いてみる? >
< そうだな。中の様子が見えるようなら目視で跳躍しよう >
二人で周囲を警戒しながら慎重に城の...建物本来の壁に近づく。
パルレアがすーっと飛び上がって高い場所にある明かり取りの窓に近づくと、慎重に中を覗き込んだ。
木製の鎧戸を閉じきっていないのは、人が住まないゆえの湿気対策かな?
< 廊下が見えるよー >
< よし、そこから入ろう >
俺は明かり取り窓の真下に行ってジャンプし、窓枠のへりに取り付いた。
これぐらいなら飛行魔法に頼らなくても勇者の筋力だけでお釣りが来る。
< まっくらだけど見えるー? >
< このくらいあれば大丈夫だ >
隙間から屋内を覗くと、僅かな月明かりで石の床が見えた。
さすがに奥の方は真っ暗でよく見えないけど、妙な気配は無い。
< よし、跳躍門で侵入するぞ? >
< うん >
すぐにパルレアが俺の肩に掴まり、一緒に室内へと転移した。
跳躍したその場で動かずに気配を探るけど、周囲になんの反応も、動きも感じ取れない。
この空間は管理の職人達も出入りするから、不可視結界が無くても存在を悟られるような仕掛けは無いだろう。
< なにか見えるか、パルレア? >
< ただの殺風景な廊下。見取り図上で言えば、この先で正面のホールに繋がってるはずー >
< じゃあ逆側の裏方用の場所に行こうか。地下への入り口なんて、普通は目立たない場所に有るもんだし >
< お城の地下ってさー、地下牢以外に使い道無いのー? >
< 普通は倉庫だな。武器とか食料とか諸々の >
< だったら台所から降りられる? >
< 囚人に台所は通過させないよ。往々にして地下牢で死んでた奴の死体を引っ張り出したりもするんだから >
< うげー >
ジュリアス卿に貰った見取り図を思い出して、城の機能維持に大きな役割の無さそうだった裏方エリアに進んでいく。
同じ地下でも、さすがに地下牢と倉庫関係は別エリアだろうし、その入り口なんて日頃は兵や使用人達が通らない場所にあるはずだ。
牢獄ってのは、用の無い人間が来ない場所じゃないとダメだからな。
用心しながら奥へと進むけど、相変わらず気配は無い。
いや正確に言うと、いま現在に人の気配が無いんじゃなくて、建物として使われている気配がまったく無い。
外から見た時と同様に屋内も廃墟の雰囲気。
だけど、なにも壊れかけたり荒れてたりはしていないのが普通の廃墟と違っていて、逆に不思議な感じだな。
< お兄ちゃん、あそこ見て >
ふいにパルレアが腕を差し伸ばした。
廊下の奥で左右に道が分かれるところに、少しだけ奥まった空間がある。
行き止まりの場所なのに少し奥まっているって言うのは、そこに見張り番の居場所でもあったかのようだ。
< 地下へ降りる階段だろう。あの脇に本来の入り口があったんだな >
< 魔法の目眩ましじゃー無くって、物理的に塞がってるねー >
< ああ、後から石組みで塞いである。エルスカインが全ての出入りに転移を使っているのか、他にも経路があるのか分からないけど、ここは随分昔に塞いだままみたいだ >
さて、この石壁を崩すとなると・・・出来ない話じゃ無いんだけど、侵入の痕跡を残さないって訳にはいかなくなるな。
どうしよう?
後付けの石壁に近寄って観察してみると、外壁とは違って大小様々なサイズで切り出した石を積み上げ、隙間をモルタルで塞いだ構造だった。
いま同じ工事をやれば多分レンガを積むだろうな・・・
数百年くらい前なら、すでにレンガも普通に使われていたんじゃ無いかって思うけど、この工事は城内に余っていた補修用の石を適当に使ったように見える。
それで、積み上げた石のサイズがバラバラなのかもしれない。
それなりにキッチリと組み上げてあるし微妙な隙間も埋めてあるけれど、モルタル自体が脆くなってきているせいか、あちらこちらに埋めたモルタルが粉になって崩れ落ちた後の、溝のようなものが出来ていた。
ん? ちょっと隙間が出来てるっぽいな・・・




