名付けて『跳躍門』
ともかくシンシアの言うとおり、もはや俺とパルレアは大抵の場所なら自分の魔力だけで跳べるから、屋敷に戻った時にも『魔力を補充される』ことを感じなくなっている。
恐らくシンシア自身もフォーフェンやノイルマント村と王都との往復くらいなら、メダルと高純度魔石に頼らなくても自力だけで問題ないだろう。
「それにいまでは転移魔法が完全に身に付いたお陰で、新たに転移門を開く時も以前のように魔力を錬って呪文を唱える必要も無く、念じるだけで瞬時に行えます」
「うん、俺もシンシアも早くなったよね」
「ですね!」
「まあこれは俺たちの魔力量が増えただけじゃ無くて、シンシアの転移門改良のおかげが大きいけどな」
「シンシアちゃんの転移メダル鋳造方式で魔法陣の構築パターンを確立できたしねー。アレはおっきいよー!」
「いえ。それでも高純度魔石が無ければ連続して開くのはやっぱり辛いですよ」
「それは仕方ないさ」
「ともかく、私たち兄妹はどこでも瞬時に転移門を開いて、自分の魔力だけで近場にある次の転移門まで飛ぶ事が出来ます。高純度魔石も一緒に利用すれば、事実上は跳び放題ですねよ?」
「そうだな...」
「残る問題は位置決めです。ですけど、『正確な位置決め』ってなぜ必要なんでしょうか?」
なぜって言われても・・・
むしろ必要だって説明されただけだし・・・
俺はシンシアとパルミュナの解説から位置決めの重要性を理解したってだけで、自分でそれについて深く考えた事は無いんだよ。
そしてパルレアはニコニコしてるだけで、ヒントを出してくれる気配は無い。
「それは言うまでも無く、距離と方向が定まらないと正確に転移門同士を繋げないからですよね」
答えに詰まっていると、シンシアがするっと先に話を進めてくれた。
そして言われてから思い出したけど、その事もシンシアから以前聞いてたよな。
ヤバい。
「でも、もしも跳び先の転移門が見える場所に有るのならば、別に位置関係を計算して距離や方向を割り出す必要はありません。転移門を自分で目視して認識し、そこに跳べば良いのですから...つまり、正確な位置決めが必要は理由は、『跳び先の転移門が遠すぎて見えてない』からなんです!」
「は? えっと...見えてる場所って、自分の目と鼻の先にわざわざ転移門を開いてそこに跳ぶのかい?」
俺もアプレイスと一緒に転移してみるって実験をした時には、地下室から玄関先とか、庭から草地までとか、ホントに目と鼻の先に転移門を開いて跳んでみたりしたけどね。
そう言えばノイルマント村の丘で、シンシアは湖畔から丘の上まで歩いて登ってくる代わりに転移門を使ったりしてたけど・・・これって、そういう話でも無いよなあ?
段々とシンシアの口ぶりが熱っぽくなって来てるんだけど、やっぱり結論が見えない。
でもシンシアが熱中してるって事は間違いなく凄い事だろうし、そもそも俺に思いつけるような事でも無いだろうな。
ここは黙って答えを待とう・・・
「まず転移門を開く時には、術者がその中心に立って周囲に魔法陣を展開する事が当たり前です」
「そりゃあ新しい転移門を開くには、実際にその場所に行かなきゃいけないんだからね?」
「ええ。でも私はふと思ったんです。魔力が十分にあるのなら自分が中心に立っていなくても、見えている『そこ』に転移門を設置できるんじゃ無いかって」
「へ、つまり?」
「目で見えている場所に新しい転移門を開くんです。私と御姉様で実験して、可能だと確認しました」
「んんん? あれか? 魔力で力や熱を相手にぶつけるみたいに、離れた場所に転移魔法陣を投射するとか、そういうことか?」
「はい。自分が視認できる場所に転移門を開けるのなら、まず『いま自分が立っている場所』に転移門を開き、それから見えている先に次の転移門を投射すれば、即座にそこに転移する事が出来ます!」
「そうかな...ああ! そうだな。自分が中心にいなくても、少し離れた場所に新しい転移門を即座に開けるとしたら、咄嗟の時には転移門でその場から少し離れる事だって出来るよな?」
「そうです」
「でも、どうせ転移門を使うのならそんな近くに跳ばなくても、一気に遠くに逃げたほうがいいんじゃ無いか? いや、あえてその場から遠く離れたくない状況もあるのか...」
そもそも俺が考えつける事をシンシアが考慮していないハズが無い。
「はい。それに、いまの私たちには高純度魔石が唸るほどあります。連続して幾つの転移門を開いて跳び続けたとしても、魔力不足に陥る心配はまずありません」
「そうだよな! 危ないと思ったらすぐに離れた場所に跳んで体勢を立て直して...いや待て。待てよ...跳び続ける?...跳び続けられるなら、そのまま遠くに移動していけるって事か!」
「そうです! 私たちなら『跳び続ける』ことが出来るんですよ御兄様!」
「シンシア、それって物凄く便利じゃ無いか...」
「はい! どこでも魔力のある限り移動し続けられるんです。目に見えている場所が跳び先ですから、跳ぶ距離としてはすぐ近くです。でも、一度そこに行って転移門を開く必要はありません」
「見えてさえいればいいのか!」
「そこが目に見えているのなら、頭の中で『そこに転移門を開く』事を念じるだけで、自由に跳べるんです。そして、それをどんどん続けていけば、どれだけ遠くにでも、まだ行った事の無い場所でも、転移を繋いで進んでいけます!」
「おおっ...」
シンシアは輝かんばかりの笑顔だ。
そして、まるでトレナちゃんのように手をブンブン振って力説する姿が恐ろしく可愛い。
留まるところを知らないシンシアの発想と知性はついに、精霊魔法の転移門を大精霊さえ思いもしなかった次の次元へと押し上げてしまった。
まったくシンシアが発明する魔法の、相変わらずのぶっ飛び加減に声も出ないよ。
「ホントにすごいなシンシアは!」
「有り難うございます御兄様。でも壁の向こうや建物の中とかには跳べません。見えていない場所には転移門を開けないですからね。この転移門は位置の確定が目視頼りなんです」
「そんなの問題にもならないよ」
「だったら良かったです!」
「この術があれば好きなように動き回れるって事だ。普通なら魔力量が問題だろうけど俺たちには高純度魔石もあるからな」
「ええ、私自身も魔石を使えるっていう前提が無かったら、こんな転移門を開発しようなんて思わなかったでしょうね」
これ、超進化型のステップストーン式転移門とでも呼べば良いんだろうか?
話を聞いて最初に思いついたように『その場から瞬時に逃げる』ことに使えるのはもちろんだけど、それ以上に画期的なのは『まだ行った事の無い場所に跳べる』って点だよ。
もちろんシンシアが言うように、その場所は目に見えているほど近くだ。
遠くには行けないし、そもそも見えてない場所には入れない。
それでも、こいつは『侵入』にはピッタリの魔法じゃ無いか!
例えば柵や檻の向こう側でも、川や堀の向こう岸でも、もしも隙間から室内が見えているなら建物の中にだって跳べるだろう。
いつぞやのパルミュナのセリフじゃ無いが、こいつはまさしく『谷の向こう側』へ跳び越える事が出来る転移魔法だな。
「一度も踏み込んだ事の無い場所に立つ訳ですから危険もあると思います。それで、この転移門には強化型の防護結界を埋め込んでみました」
「強化って?」
「これまでの方式でも転移門には防護結界も同時に埋め込まれるので、跳んだ先にあるモノに押しつぶされたりする心配はありませんけど、この転移門は不可視結界も同時に発動するから、跳んでいる姿を誰かに見られる事がありません」
「つまり、シンシアが強化した防護メダルと同じような感じかい?」
「はい、この転移門でどこかに侵入した場合は、そのまま防護結界を動かし続けている限り透明な存在でいられるはずです」
「いいねぇ」
「もちろん転移する前から自分の防護結界も動かしておけば万全ですね。そのまま次の転移地点へとステップストーンで跳び続ける場合は気にする必要も無いですけど」
「そっか。これも転移門の一種だけど機能からすると跳躍って呼びたい感じだね。そうすると名付けて『跳躍門』かな?」
「跳躍門ですか。確かにそう言う呼び分けをした方がしっくり来ますね!」
おお、発明者のシンシアも賛同してくれたか。
だって放っておくとシンシアはこれも『視覚起動型短距離連続転移門』とか、舌を噛みそうな名前で呼び始めるに決まってるからね。
どうせいつぞやの『魔石駆動型手紙箱自動振り分け装置』が、みんなから『手紙ゴーレム』と勝手に呼ばれ始めたように、名前はどうでも役目は変わらないんだから、この魔法だって咄嗟に呼びやすい方がいいと思うのだよ・・・




