飛行魔法の練習
まあ人物像や性格はともかくとして、エルスカインの設備があるとしたら本命は地下だろうな。
「もうルースランド王家は本気でこの城を戦争に使う予定は無かっただろうし、エルスカインが好き放題に使っていたとしたら、恐らく城の上物よりも地下の方が本体だよ」
「エルスカインは自分たちの出入りには転移門を使えますし、普通の城での常識は関係ありませんね。きっと地下を掘り下げて広くしてるんでしょう」
「例のアレで崩落事故が起きたってのも、爆発した場所が城の上部じゃ無くて地下だったからだろうしな」
「広く掘りすぎて支えが脆くなってたとか?」
「かもね。この見取り図で分かるのは、屋敷で言えば『玄関ホール』だけだ。だからどこから入り込もうと実際に入った後はぶっつけ本番になる」
「結局、入ってみるまで様子は分からないと言うことですね...」
「そりゃあそうさ。別に攻撃に行く訳じゃ無いから、さっと調べて不可視結界が露呈する前に脱出するのが理想だけどね」
「まあ、確かに...」
シンシアを心配させたくないから口にしないけど、最後まで見つからずに入って調べて出てくるってのは、正直言ってかなり希望的観測だ。
いったん侵した入後はどの時点で戦闘が始まっても不思議じゃ無いだろう。
ドラゴン探しの時はシンシアに無理矢理に押し掛けられてしまった・・・
それで結果としては全て助かったんだし、あの時に俺は『二度と置き去りにしない』とシンシアに約束した・・・・のだけど、それは置いといて今回は心情では無く戦術として後衛に回って貰おう。
「じゃーお兄ちゃん、とにかくアタシとシンシアちゃんはピクシーの不可視魔法を上手く精霊魔法と合体させてメダルに組み込めるようにするのを急ぐね。でー、他にやっといたほうがいい事ってある?」
「あー、やれるかどうかは分からないんだけど...」
「なーに?」
「前にチョット話しただろ。俺もお前みたいに精霊魔法で少しくらい飛ぶって言うか浮かべたら良いなって」
まあ、空を飛ぶと言っても、ピクシーのように浮かんで移動する事が普通になるってワケでも無ければ、ましてやドラゴンのように本気で高い空を飛べるってワケでも無い。
ポリノー村で俺と一緒に飛んだ時のパルミュナも、飛び回ると言うよりも浮かび続けているって感じだったけど、それだけでも対魔獣戦での戦闘力は桁違いに上がるだろうからね。
「あっ!やろうやろう! うん、練習しようよお兄ちゃん!」
「まあ、ダメで元々だけどな」
「いまのお兄ちゃんなら、ぜーったい大丈夫だって!」
「まあ、そう言って貰えると...嬉しいような、むしろ出来て当然ってプレッシャー掛けられてるような...」
「気のせいっ!」
「まあとにかくだ。出来てもダメでも、一度ちゃんと練習してみたいかな」
「わかったー。じゃー早速明日からねー」
「おう、ご指導ご鞭撻のほどよろしく頼むぞパルレア」
「任せてー!」
なんだかパルレアが物凄く嬉しそうだ。
俺としてもパルレアが楽しく教えてくれるなら言う事は無い。
「いやー、けっこー久しぶりにお兄ちゃんに教える側になるのねー、ホント妹冥利に尽きるわー!」
なんだそれ・・・
確かに以前は精霊冥利だのなんだの言ってたけどさ。
本当にそれも『冥利』の一種なのか?
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実際にエルダンの城砦に侵入する時に役立つかどうかはともかく、今後の備えも兼ねて飛行・・・というか浮遊?の魔法を練習してみる事にした。
どの道、パルレアとシンシアがピクシー族の不可視魔法を精霊魔法とアレンジして防護メダルに組み込む事に成功するまでは、エルダンに向かう事は出来ないのだから、しばし時間があるからね。
二人が頭を錬っている間、ゴロゴロして居るのも居心地悪いだけだし、俺にとって新しい魔法の練習はちょうどいい運動ネタだ。
防護結界のように魔法陣を頭の中に移して貰えれば楽なんだけど、コイツはそうも行かないらしい。
結界や転移魔法のように外部に対して力を行使する魔法と違い、飛行魔法は単純に力の魔法を応用し、現世に置ける自分自身の在り方に干渉して効果を発揮する魔法だから・・・
とパルレアが教えてくれたけど、正直その意味が分かったとは言い難いな。
いや言えない。
さっぱり分からない。
熱魔法や力の魔法は、現世と精霊界の間で熱や力をやり取りする魔法だというのは以前に説明して貰ったし、これが水魔法や土魔法なら水や土そのものをやり取りする。
だけど、空中に浮くのは精霊界とか関係ないし・・・って事なのかね?
うーん・・・
とにかく、まずは術としての基本的な流れをパルレアに教えて貰い、あとはそのイメージが自分の中に確立して魔力を流せるようになるまでひたすら練習。
今日は朝から一人、屋敷の前の芝生で練習してるんだけど、コレって端から見たら草地に突っ立てる男が、なんかブツブツ言いながら手を振り回してるようにしか見えないよな?
普通だったら絶対に近寄りたくないって思える姿だろう。
こんなもん屋敷じゃなかったら誰も来ない山奥でしか練習できんわ・・・そう考えて、初めてパルミュナに会った時に精霊魔法の初歩の初歩を教えて貰って、ひたすら山道を歩きながら練習していた事を思い出した。
あの時、水は直ぐに出せたけど、熱魔法を扱えるようになるまではだいぶ日にちが掛かったよなあ・・・
そして、俺の間抜けな姿をずーっと寝転がったままで眺めているドラゴン姿のアプレイス。
「なあライノ」
「なんだ?」
「少しは掴めてきたか?」
「まだ全然ダメだな」
「諦めモードか?」
「いや、気分転換と力の魔法のウォーミングアップを兼ねて、いつぞや試射を諦めた魔法石の武器、例の『魔石矢』でも撃ってみようかと思ってる処だ。ちょうど的になりそうなドラゴンも目の前にいるし」
「それは止めとけ」
「ここも周囲は森だしな」
「いずれ、東部の果てにあるって言う砂漠にでも行けば良いさ」
「そう言えば砂漠じゃ無いけど、アプレイスと出会った山の上の方って樹もろくに生えてなくて岩と砂礫の世界って感じだったろ? ああ言う場所なら魔石矢を撃っても大丈夫かな?」
あそこなら今の俺たちは転移で跳べるからね。
「あー、大丈夫だろうけど、ライノが言うみたいな感じで大爆発を起こすとしたら、麓の街から丸見えになって大騒ぎが起こるんじゃ無いか?」
「それもそうか」
「下手すればドラゴンのブレスと間違えられて騒動になるかもしれん」
「それは...ジュリアス卿に大迷惑を掛けることになるか」
「なるな」
『魔石矢』・・・矢というには威力が大きすぎる気がするけれど、あの贅沢すぎる武器は勢いで開発してみたのは良いモノの、まだ一度も試せていない。
あれの破壊力が必要な状況でぶっつけ本番って言うのも怖いから、なんとかどこかで試してみたいものなんだけどね・・・
「それはともかく、さっきからライノの魔力が身体の周りに巡っているのは俺にも分かる。だけど指一本分も身体が浮く様子が無いな」
「分かってるよ」
「いまどんな練習をしてるんだ?」
「イメージを頭の中に産み出そうとしてる。きっと、もっと強くイメージを固めないとダメなんだ...」
「パルレア殿は、どんなイメージだって教えてくれたんだい?」
「自分の身体が大地の頸木を離れて空気? 空? と一体化するような状態だそうだ。力で跳び上がる...この場合はジャンプするって意味だけど...そういうイメージじゃ絶対にダメで、空気に包まれて自然と身体が軽くなっていく、身体の重さが空気と同じになって、それから先は空気よりももっと軽くなる。そうすれば自然に浮かび上がるって言われた」
「うん、そりゃ完全に正しいけど難しいだろ? 実際に浮いた事のないライノにしてみればさ?」
「そうなんだよな。力の魔法で身体が軽くなるって言われてもなあ...魔力の流し方はパルレアに教えて貰ったとおりに出来てると思うんだけど...」
「ピクシーは無意識に自分の身体を軽くして飛ぶし、コリガンも身体や触れた物体を軽くする事が出来るよな。でもコリガンが自分で自分の身体を持ち上げ続けて宙に浮かぶなんて出来そうに無いだろ?」
「確かに」
「じゃあライノ、力の魔法で石つぶてを飛ばすのと、自分の身体を持ち上げる事の違いはなんだ?」
「え? 力で持ち上げるってのはジャンプすることにならないか?」
「それでもライノの魔力なら相当に高く上がるよな。そのまま空中には留まってはいられないけど」
「そりゃあ仮にやってみても、高く跳び上がってそのまま落ちてくるってだけだろう?」
「じゃあ、パルレア殿が言う『浮かぶ』が、力で身体を持ち上げる事じゃないとすれば、ライノはどこにどう『力を使う』イメージなんだ?」
「えーっと...」
そう言われても、ソレが分からないからこそ戸惑っている訳でしてね・・・?