Part-3:歪められた魂 〜 ノイルマント村を離れて
ノイルマント村の建設が本格的に進み始めて皆がてんてこ舞いになっている中で、今日も俺とパルレアだけは丘の上のテーブルに座って暇を持て余していた。
だって物理的な力仕事以外に俺が手伝って喜ばれる事ってそんなに無いし、姫様やウェインスさんからも『村人のためのこと』には転移門や収納魔法などを使わない方が良いって釘を刺されてるんだもん。
で、一般の村人達にとっての俺は『モリエール男爵をコテンパンにのしたらしい正体不明な貴族系人物』のままなので、向こうから何か手伝いを頼みに来るって事はない。
ダンガやアサムも俺に遠慮してる訳じゃなく、『できる限り村人自身の力でやらなくては』っていう想いで、問題を自分たち自身で解決しようとしてるから、俺も積極的に手や口を出しにくい・・・
だから暇なのだ。
決してサボっているのでは無い。
逆に、旧ルマント村時代から村人に頼られていたメイドチームを始め、レビリスやエマーニュさんは猛烈に忙しそう。
特にエマーニュさんは新生活相談室に加えて、いまやアサムとリリアちゃんの家庭教師のようでもある。
ダンガは長兄だった上に早くに親を亡くしたからか、持って生まれたようなリーダーシップを発揮する感じがあるけど、末っ子のアサムにはそれが無いんだよね。
だからなのか、新村長となるアサムにとって『リーダーの役割』と言うのは感覚的なモノじゃなくて考えて行うものになる。
そこでエマーニュさんが、領主の心得というとちょっと大袈裟だけど、自治のとりまとめ役としてどんな考え方が必要なのかとか、共同体の経済をどう捉えるべきかと言った『領地運営の基礎』みたいなことを優しく教えているのだ。
ただ考えようによっては、村長に選出されたアサムが若いという事が最大のメリットでもあるな。
まだまだ思考が柔軟で伸びしろがあるし覚えも早い。
エマーニュさんもウェインスさんと同じように、アサムに関して地頭って言うか『基礎的な知力は高い方です』と評価していたから期待できそうだし。
アサムの側を断固として離れたくないリリアちゃんも、流れでアサムと一緒にエマーニュさんから色々な事を教わっているのだけど、こちらはもうちょっとこう、一般教養的な内容らしい。
きっと将来はアサムを補佐するポジションになるだろうから丁度いいしね。
ただ、エマーニュさんに言わせるとリリアちゃんも決して地頭は悪くないそうで、日頃言葉が足りないのは、『恐らく三歳ぐらいからの八年間ずっと、高齢で言葉の少ないフォブさんと二人きりで過ごしてきたからでしょう』という事だ。
要は人と会話する機会が極端に少なくて、たまにあっても路傍でお客さんと言葉を交わす程度・・・
色々な人とじっくり話をすることが無かったから、それで語彙が少なく会話力が伸ばせなかったのだと。
エマーニュさん曰く、『すでに利発さに火がついたところも見受けられますし、この先、色々な人と出会って多彩な会話をするようになったら変わると思います』だそうだ。
きっと、これまでも一人で物思いに耽る時間には事欠かなかったんだろう。
それに幸運だったのは商売の手伝いの為に読み書きと計算をフォブさんに教わっていたことだね。
これからノイルマント村で多くの人々と交流するようになっていったら、本来の知力を発揮するようになっていくに違いない。
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「ねー、いまこの土地にいる数百人の中でヒマなのって、お兄ちゃんとアタシだけよねー」
「まあな。でも仕方ないだろ?」
「そーだけど、たいくつー」
村人達の前だからコリガンサイズになっているパルレアが、そう言いながら頬っぺたを膨らませて俺の腰をバンバン叩く。
端から見たら、本当に少女が駄々を捏ねてるとしか見えないだろうな。
そもそもパルレアもアプレイスも、旧ルマント村にいるときから村人の目には見えない裏方的な部分で力を出して貰っているからね。
それがノイルマント村に来たからと言って、この二人に何かをお願いしようって話なんか急に出るはずもない。
アプレイスに至ってはしばらく前からノイルマント村に顔を出すことさえ止めて、アスワン屋敷で一日中ゴロゴロしている。
しかもドラゴン姿に戻ってから草地の上でだ。
どうやら自分の力で不可視の結界を張らなくて良い場所というのは、盛大に気を抜いて寛げるらしい。
「でも正直に言うと、もうノイルマント村やダンガ達も心配なさそうだし、俺もそろそろ動こうと考えてたよ」
「やっぱりねー」
「お、気付いてたか?」
「兄妹だもん。目の動き方で察するのよねー。ソワソワ感?」
「ホントかよ?」
そういうのは『目が泳いでる』とは違うのか?
まあ、落ち着かない感じがし始めてたのは事実だし、どうでもいいけど。
「で、どーするの?」
「まずはルースランドだな。俺は崩落事故のあったエルダンの古城に行ってみようと思う」
「アタシも行くー!」
「そいつはダメだ。エルスカインがいるかどうかはともかく、恐らく拠点の一つだってコトは間違いないからな。ちょっと危険すぎる」
「えー、それでも行くー!」
「だから...」
「危険なんて、今更でしょー?」
まあそれはそうなんだけどさあ・・・
パルレアが危険だと思うと、純粋に俺の心理的負担が大きいからって側面は否定できないけど。
「それに、アタシが一緒の方が絶対にいーんだから! もう議論はナシ!」
「わかったよ...」
「どういう段取りにするか、ちょっとシンシアとアプレイスにも声を掛けて相談しようか」
「はーい!」
王宮で姫様とジュリアス卿のノイルマント村に関連する事務処理を手伝っているシンシアを指通信で呼び出し、席を外しても問題ないことを確認してから屋敷に集合することにした。
アスワンの屋敷こそ、俺とパルレアにシンシア、アプレイスの四人が絶対的に気を抜いて過ごせる場であり、あらゆる警戒動作から開放される空間だ。
うん、そう考えると俺もアプレイスのことをとやかく言えないか。
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みんながダイニングルームに集まると同時に、待ちかねていたようにシンシアが口を開いた。
「それで御兄様、ご相談と仰るのは?」
「うん、ノイルマント村の建設もみんなのお陰で順調に進んでるし、パルレアとシンシアのお陰で安全性も確保できてると思う。むしろ俺があそこに入り浸っているよりも次の行動に移ってみるのがいいかなって?」
「やはりそうでしたか。では、ルースランドへ?」
「おお、その通りだよ!」
以前にシンシアは俺に向かって『何でも見抜いちゃうんですねー!』なんて言ったことがあるけど、俺に言わせればソレはシンシアの方だ。
まったく恐ろしいほどの洞察力・・・
「エルダンの古城に行ってみたい。以前に牧場の罠に放り込んだシンシア特製の精霊爆弾が爆発した場所じゃないかって確認もあるしな」
「ひっどーい。お兄ちゃんったら『精霊爆弾』ってどーゆー名前よーっ!」
この抗議は明らかにクレアじゃ無くてパルミュナ由来な気がするけど、いまは無視だ。
「ごめんなさい御姉様。ただ、私もそろそろかなって思っていました。ウォームもレンツに到着して以来は動く気配がありませんし、モリエール男爵のところに持ち込まれた『ドラゴンの檻』の件も併せて考えると、何らかの形でエルスカイン側の予定を狂わせることが出来たという感覚があります」
「俺もそう考えてるよ」
「でもライノ、ウォームが動かないのはエルスカインの罠って事は無いか? あるいは単に、埋め込んである探知の魔道具が発見されて取り外されただけだとか」
「それはありうるよ。でもエルダンに関しては、まさか俺たちをおびき寄せるために拠点を吹き飛ばしたなんて事も無いだろう」
「そりゃ確かにな...」
「あれからだいぶ経つし、俺たちが様子を見に来ることを想定して罠を張ってあるとしても、こっちも高純度魔石とシンシアのお陰で色々と対処方法が揃ってきてる。行ってみる価値はあると思うんだよ」
シンシアがその言葉を引き継いだ。
「アプレイスさん、いまもエルダンの地下が何かに使われているのか、それとも完全に放棄されているのか、それすらもお父様のところに入ってきている情報だけではなんとも言えません。ただ、どちらであっても何らかの手掛かりは探せるんじゃ無いかと思います。それにリリアーシャ殿のこともありますから」
「ん? それって、いつもアサム殿にくっ付いてるリリア嬢か? オババ様とかレミン殿がやたら可愛がってる様子だけど、あの少女がどうしたんだ?」
「ああ、アプレイスとパルレアが一緒にいないときの話だったな。あの子が身に着けている母親の形見って言うペンダントには、どうやら一種の『鍵』の役目を果たす魔法が埋め込まれているらしいんだ」
「鍵? なんの?」
「分からない。ただ、エルセリア族のリリアちゃんと母親が、着の身着のままでルースランドから逃げ出してきて、冬の山道で力尽きたってことに関係する可能性は高いと思ってる」
「そうなのか...」
「それについて、なにか手掛かりが無いかを探りたいってのもエルダンに行きたい大きな理由だ。もしも豹の姿に変身したリリアちゃん母娘がルースランドから山中を走って逃げてきたのだとしたら、フォブさんに発見された位置的にもエルダンからってのが最有力だからね」
俺がそう言うと、シンシアもアプレイスに向かって強く頷いてみせた。