<閑話:ジュリアス卿の空 -2>
「まったくあなたは...余所の国の王家や貴族が聞いたら目を剥きますよ? それともルースランドのように『議会』でも作るおつもりですか?」
「実はそうだ」
「まさか...本当に本気で?」
「もちろん、すぐに出来るとは思っていないがな。それどころか俺の代では出来ないかも知れない。それにルースランドのような見てくれだけの統治議会では無く、各地の領主や色々な集団の代表達がきちんと意見を言い合える場にしたい。反発する貴族も多いであろうし、十年や二十年で出来ることでも無いが、いまからでも少しずつ礎を築いてゆければ良いと思っている」
「王自身が王で有ることの意味を自ら削り取っていくとは、酔狂にも程がありますわ。それで民が幸せになるとは限らないのですよ? 今回のノイルマント村のこともあなたが君主で無ければ不可能でしたもの」
「分かっている。実際にどうするかは今後ゆっくり考えていくし、慌てるつもりは無いさ。いまは単なるアイデアに過ぎん...それにエルスカインとの戦いが続いている間は、国の体制を大きく変えるような試みは慎むべきだろう。大なり小なり世の中が揺れればエルスカインにつけ込まれる隙も生まれかねん。俺に反意を持つ貴族達が取り込まれたりな」
「そうですわね」
「それはともかく、そういう俺の展望も踏まえた上で正式に結婚して欲しい」
レティはまた視線を遠くの大地に向けた。
ふっと小さく溜息をつくような表情を見せた後、またこちらに向き直る。
「残酷な御方...」
そう呟く。
「いや違う、そんなつもりは無い! 俺は本当にレティを愛しているんだ。ゆっくりと政治体制を変革するために、エルフ族の『寿命の長さ』を期待している訳では無いぞ?」
「そんなことは分かっています。そうでは無く...あなたが亡くなった後も、残されたわたくしには、あなたの取組みを見守り続けたい気持ちが生じると言うことです。あなたが大切にしたことを忘れられる訳が無いでしょう?」
「レティ...」
「それは責務では無く『思い』なのです。心の中で育ち続ける追憶なのかも知れませんわ」
「育つ追憶か...自分で言い出しておいて申し訳ない気持ちがするが、そう聞くと重いものだな」
「そもそも十四年前、わたくしがあなたと正式な婚姻を結ばなかったのは...あなたが去った後に一人で残されたくなかったからですのよ? あなたとの娘を得られたならば、それを支えに生きていくつもりでございました」
「すまない。本来この二つの話をごちゃ混ぜにするつもりは無かったのだが、流れで話してしまった。だがこれは俺との結婚において『踏まえて』欲しいだけで、『期待する』事では無いのだ。それは信じて欲しい」
「ええ、もちろん承知しております。わたくしが、あなたの性格を分かっていないとでも?」
「ま、そんなはずはないな」
「そうですとも。ですが割り切って考えれば、あなたがシンシアに大公位を継がせたいと考えるのも無理はありませんね。わたくしとの結婚とは関係なく、長く掛かる取組みになることは間違いありませんから」
「理屈で言えばそうなんだがな。シンシアには絶対に無理強いしたくない」
「それも分かっておりますわ。それにシンシアが将来どうするかはあの子自身が決めることですから」
「無論だとも」
「シンシアはノルテモリア・リンスワルド伯爵位の継承を引き受けてくれそうですけれど、それがダメでも、きっと近いうちにエイテュール家の世継ぎがダンガ殿との間に産まれるでしょう」
「ああ、それは期待したいところだな!」
「ですので、リンスワルド家全体としてどうなっていくのかは、そろそろ次の世代に委ねても良いかと...そう、わたくしも思い始めていたところです」
「ん? ということは?」
「あなたと正式に結婚いたしましょう」
「おおっ!」
思わず少年のように両手で握りこぶしを作ってしまった。
だがレティがこの先の人生でずっと自分の側にいてくれるのであれば、他に欲しいものは無い。
例えエルスカインとの戦いがどれほど続こうと、憂うことはなにも無いのだ。
「ですが、シンシアのことはシンシア自身に判断させます。あの子を公式にあなたの娘として周知するかどうかも含めて」
「うむ、それはもちろんだ!」
「シンシアが成人して爵位を継承するまで、まだ二年ほどあります。それにあなたの娘として周知しないのであれば実年齢での成人云々などは関係なく、領民達にはわたくしの妹と思わせる手もありますわ」
「そうだな」
「いま心の内で笑いましたね?」
「いや! 笑ってなんかいないぞ、本当だ」
「誤魔化しても駄目です。あなたのクセは昔から長く見てきているんですから」
「うっ...」
「ともかく。わたくし同様に、シンシアの出自の情報が矛盾していようと錯綜していようと、長い目で見れば大した問題ではございません。それよりも大切なのは、あの子が内に抱えている想いです」
「それはライノ殿のことか?」
「知っていましたか?」
「これでも父親であるぞ。シンシアは自分がライノ殿の妹になったとはしゃいでおるが、その思いの根っ子にあるのは尊敬や親愛と共に、強い恋慕だ」
「ええ。あの子はまだ若いので、その気持ちを兄妹という枠組みに当て嵌めて自分自身に納得させているのですわ。そうでなければ心の整理が付かなかったのでしょうね」
「早熟な子であることを差し引いても、本来なら結婚相手を自力で選ぶにはシンシアはまだ少しばかり若いと思うが...」
「そこはシンシアですからね」
「そうだな。それに何よりも相手がライノ殿であるからな。勇者ではなく一人の人物として、微塵もケチを付けるつもりは無い」
「仮にあなたがケチを付けてもわたくしが粉砕いたします」
「ひどいなレティ。そんなつもりはないと言ってるだろう?」
「父親というのは、いざ娘を嫁に出すとなったら何を言い出すか分からないものですわ」
「俺は大丈夫だと思うが...」
「では、そういうことにしておきましょう」
「いや俺よりもパルレア殿はどうなのだ? そちらの方がよほど重要であろう?」
「パルレア殿はシンシアの想いを知っておられますわ。その上で後押しする心持ちでいて下さるようです」
「なんと! そうなのか?!」
「そもそも大精霊としてのパルミュナ様が人族と男女の想いを交わすものかどうかは計りかねますが、いまはライノ殿と血を分けた兄妹であったクレア殿の魂が一緒になっていますからね。恐らくパルレア殿の心情は本当にライノ殿の妹様なのでしょう」
「ふーむ、そう言うモノか...しかしシンシアが本当にライノ殿と一緒になりたいとするならば、大公位を継いでくれるのは絶望的だろうな。勇者であるライノ殿が大公の夫君などという目立つ立場にいたがるはずもない。いや、むしろライノ殿自身が大公位を継いでくれても良いのだが...」
「あら、とうの昔に諦めていたのでは?」
「あくまでも可能性の話だ」
「それはともかく、幸いにもライノ殿はハーフエルフですから、シンシア自身にとっても互いの寿命などで負担にならない連れ合いでございましょう」
「確かにな」
「問題は一つありますが...」
「子供が生まれないのであったか?」
「ええ。ハーフエルフは純粋なエルフ族との間以外では子を成しにくいと言われておりますわ」
「実際そうなのかレティ?」
「もともとエルフ族自体が子供の産まれにくい種族です。ハーフエルフでも同様ですが、その相手が人間族や同じハーフエルフ同士の場合は一段と可能性が低くなるそうですわ。絶対に産まれない訳ではないが期待すべきでは無いと...」
「そうか...まあ仕方あるまいな」
「高祖シルヴィア様とウィリアム公が子宝に恵まれたのは四百年前の話...その後リンスワルド家はほとんどアルファニア貴族の中からエルフ族の婿を迎えておりましたから、あなたとの間に生まれたシンシアは、リンスワルド家にとっても四百年ぶりのハーフエルフですわ。ハーフエルフの勇者であるライノ殿との出会いは、偶然と言うには縁を感じます」
「そう言えば勇者であったという、初代リンスワルド伯シルヴィア殿の祖父殿も、エルフ族だったのかな?」
「恐らくは。ただしアスワン様のお話によれば南方大陸のご出身という事でしたので、アルファニアに住まうエルフ族とは繋がりの無い方だったのだろうとは思いますけれど」
「縁か...なんとも不思議なモノだ。まあ、いずれにしてもシンシアとライノ殿の事は、我々がどうこう口を挟むことでは無かろう」
「ええ、こればかりは二人でシンシアを信じて委ねましょう」
レティがそう口にした時、緩やかに飛び続けるアプレイス殿の翼の端から、傾きつつある夕日の赤い光が二人に向けて射し込んできた。
オレンジ色の光に照らされたレティの横顔の美しさは息を飲むほどだ。
ああ、レティの言うとおりだな。
どんな判断が未来にとって最適となるのかは、レティにも、私にも、誰にも分からない。
となれば我らに出来る事は、シンシアとライノ殿の『未来を掴み取る力』を信じるだけであろうさ・・・




