アサムの決断
困ったダンガはとりあえずオババ様に、今後エマーニュさんの家への婿入りで貴族家の暮らしに入らざるを得ないから、いつもノイルマント村にはいられないし村長の責任も果たせないと訴えた。
領主云々の話はすっ飛ばしても、これは実際そうだろう。
『ほならレミンか?』となってお鉢が回ったモノの、レミンちゃんは『自分はタウンド婦人になるし、夫の仕事次第で村から離れる可能性もある』という建前を持ち出して断固拒否。
『ならアサムにやらせるしかないやろ?』とオババ様が言いだし、アサムのところへ話が回ってきた、という事だそうだ。
ともかく、ダンガ三兄妹以外の選択肢はオババ様の脳内に存在していなかったらしい。
まあ、分かるけどね。
「で、アサムは拒否する理由が無かったって訳か?」
この狩猟地を見つけ出してノイルマント村の場所と定め、土地の使い方や開墾の計画なんかを喜々として考えてるアサムが、この先、村を離れるなんてとても考えられない。
それに養魚場を造る事もアサムの長年の夢だ。
その夢があったからこそ、美しい湖のあるこの場所に引き寄せられたんだと思うし、断る理由は無さそうだけど・・・
「拒否したよ、断ったよ。俺なんかただの若造だもん! だいたい長老達やリーダー達もいるのに、なんで若い俺たち兄妹なんだよ。上にいっぱいいるのにさあ!」
「その長老達は?」
「全員辞退だって。酷くない? なんで長老さん達が辞退できるのに、俺は辞退を認めて貰えないの? そりゃ別に将来も村を出る気なんて無いけど!」
あー、そう言えばシーベル城で婚約式の介添人を引き受けたときにこういう流れがあったな。
『あの人が適任』と目されている人物が辞退してしまうと、代わりにそれを引き受けられる人が誰もいなくなるって言う良く有る話だ。
誰がなんと言おうと、今回のノイルマント村移転が大成功になった立役者はダンガ兄妹だから、オババ様とダンガ兄妹が辞退した役職を、『では儂がやろう!』と言いたい人は一人もいないと。
そりゃあアンスロープの種族的な性格から言っても無理はないだろうな・・・
「まあ、アレだな。若い世代への期待ってヤツだよ」
俺がさも適当に聞こえそうなセリフを言うと、アサムがジト目で俺を睨んだ。
「ライノさん、マジで他人事だって思ってるでしょ?」
「いやあ、正直悪くないんじゃないかって気がしてるぞ? マジで」
「なんでさ! こんな若造が村長とか無理だって!」
こんなに慌てているアサムも珍しいね。
だけど、俺にもアサムがそれなりに適任者だと思えてるぞ?
「いやアサム、実際そうでも無いぞ? 長老達が辞退した大きな理由は、このノイルマント村に来たからこそだと思うんだ」
「え? どういう意味?」
「あのな、ダンガやアサムと違って長老さんやリーダーさん達は、みんなミルバルナから出た事がない人達ばかりじゃないのか?」
「それはまあ、そうだけど...」
「今回ミルシュラントに来て、知らない土地を見て、俺たちとか騎士団とか、いままで有った事が無かった人達と接して、それで、新しい村を作るっていう初めての経験にぶち当たっているんだ」
「そりゃ全員初めてだよ! 俺だって初めてだよ!」
「でも、みんなにとって初めての事なら、なにも経験値を優先して年寄りが先導する必要は無いんじゃないか?
「えええぇ...」
「まあ聞けってアサム。長老さん達はこれまで、集落とか畑とか森とか、ご先祖から受け継いだモノをしっかり維持して村を守るってことが役目だったわけだよ」
「そんなの、どこの村でも同じでしょ?」
「でもココには過去から受け継ぐモノなんてほとんど無いよな? ノイルマントは全てが新しいし、もう今後はアンスロープ族だけの閉鎖的な村でもない。だったら古い考え方やものに見方に囚われずに、アサムみたいな若い者の考え方を立ててみようって言うのは、悪いことじゃないよ」
「全て新しいって...住む人はほとんど同じなんだからさあ、村の場所が新しくなっただけじゃない?」
「いやいや、場所って言うよりも判断の基準が新しいって事だよ。ここで元のルマント村の基準を当て嵌めても、むしろ上手く行かないぞ?」
「そーそー、新しい酒は新しい革袋に入れろって言うしねー!」
「パルレアちゃん、なにそれ?」
「新しいお酒を作ったらさー、それを古い容れ物に移すんじゃ無くって、新しい容れ物を作って入れた方がいいよーって意味」
「そうなの? でもそれってココと逆の話じゃ無い? 村は新しくても中身は古いルマント村の住人なんだけど」
「細かいこと気にしないのー! これから新しい村人も増えるってことー」
「うーん、それにしても限度があるよ...」
「そうかい?」
「俺がココを見つけてきたって言っても偶然フォブさんと出会ったからだし、そもそもウェインスさんと一緒じゃなかったら絶対に無理だったよ? それに村の若衆だって俺たち兄妹以外にいっぱいいるんだし、もうチョット大人がやった方が良くない?」
「いや、そういう事じゃないぞアサム。年齢の問題じゃ無いんだ」
「え、なんで? 貫禄とか大事でしょ?」
「お前、ずっと養魚場をやりたがってただろ? いつか野山の獲物を捕り尽くして村人が飢える、なんてことが起きないように」
「うん」
「そういう発想が大事なんだよ」
「養魚場が?」
「違う。そういう『未来を考えること』が、だよ」
「未来...」
「いいかアサム、村長って言うのは人に命令する役目じゃ無くて、村の行く末を舵取りする役目なんだ。そりゃあ土地探しはウェインスさんと一緒にやったけど、ここをノイルマント村に定めたのはアサム自身だろ?」
「そうだけどさあ...」
「湖とか森とか、この土地をどういう風に活用するのがいいか...それもアサムがあらかじめ考えてて、いま、みんなもそれに従ってるよな?」
「そーなんだけどさあ...」
「だからな、オババ様も長老達もダンガも、アサムの『未来を見る力』に村を託そうと思ったんだよ。それは責任逃れでも適当な判断でも無い。自分たちより適任だと本気で思ったからだと思う」
「ええぇっ!」
「別にアサムに、『決めた責任を取れ』なんて言っちゃあいないぞ? そこは勘違いするなよ?」
「うん、ウェインスさんからも似たような事言われたよ」
「そうか。でもなぁアサム。自分で決めた事は最後まで自分でやりたいって思ったりしないか?」
そう言うとアサムが逡巡する様子を見せた。
「うん...それは...まあ...そうだよね...」
彼自身もノイルマント村に対してはとても大きな夢を抱いていて、それに向かって全身全霊で打ち込んでいる。
だから責任を抱えたくないとかじゃなくって、自分が村長という名前を背負うことで、最終的にみんなに迷惑を掛けてしまうんじゃないかと、ただ、それが不安なだけなんだろう。
だったら、その不安を・・・取り除くのは無理としても、アサムが抱えていられる程度に薄めてやればいいのだ。
「気持ちとしてはやり通したいんだろアサム? それに何から何まで村長が自分で決めなきゃいけない訳じゃないから心配しなくていい。悩んだら長老達も相談に乗ってくれるし、みんなサポートしてくれる。それは間違いないよ」
「でもさあ、こんな若造が『村長です』って出てきたら、みんな驚くよ?」
まあアサムの言わんとすることは分かる。
自分が軽く扱われるだけなら気にしなくても、それで『村にとっての不利益』が生じるとなったら、若いくせに責任感の強いアサムは我慢できないだろう。
「大丈夫だよ」
「なんで?」
「公領地としてはエマーニュさん、男爵領としてはダンガ、地元の騎士団はローザックさんが相談相手だ。商人や職人達とのやり取りならフォブさんやウェインスさんがいるだろ? アサムが若造だからと舐めてくるような相手に会う必要は無いからね」
「そっかー...」
「どうだ、少しは、やってみようって気になったか?」
「まあ、ちょっと」
「だったら引き受けてみろ。どうしても無理だと思ったらダンガや長老達がなんとかするよ。でも俺は長老達よりもアサムが適任だと思うね」
「うーん...そうなのかなあ...」
「俺は本気でそうだと思う」
「...わかったよ。ライノさんがそう言うならやってみるかなあ」
「良し! それでこそアサムだな。アサムはもう世界の広さを知ってる。ポルミサリアが丸いって事も知ってる。リリアちゃんと一緒にアンスロープとエルセリア、いや、他の人族との橋渡しも出来るだろう。きっとノイルマントはこれまでに無いほど良い村になるよ!」
「そっか...そうだね。うん、頑張るよ!」
アサムは晴々とした顔になった。
ずっと心配そうに見ていたリリアちゃんもサッとにこやかな笑顔になる。
アサムは俺に礼を言うと、二人で草地の炊飯所へと降りていった。
あの様子だと、きっと午後から何も食べてないな・・・
可哀想に、たぶんリリアちゃんも巻き添えになっていたんだろう。