エルスカインの拠点は?
もちろんジュリアス卿も自分の国を空から見るのは初めてだろうし、王都の形を『涙の真珠』に喩えた会話をしたことのある姫様にとっても、その実際の姿を一望にすることは興味深い体験になるはずだよね!
「さあ、乗って乗って! 王都の空を堪能して下さい!」
そしてジュリアス卿と姫様を背に乗せ、不可視の結界を張り直したアプレイスが飛び立った。
「行ったねー!」
「行ったな。ジュリアス卿が心底から嬉しそうで良かったよ」
「ルマント村にみんなで行くってなった時さー、姫様が止めなかったら自分も行くって言い出してたかもねー。乗りたそうだったもん」
「だな。ドラゴンの背に乗れるなんて、男なら誰だって憧れるさ。現実にはそんな機会がある訳ないけど」
「フツーはねー!」
「フツーはな。ドラゴンキャラバン以来、『お前たち』のことも含めて色々とあったけど、結果良ければ全て良しだ」
「うん! 『アタシたち』も顕現し直してさー、結果で見れば前よりも良かったなーって思うしねー」
「そうだな...でもそう言えば、以前のお前って言うかパルミュナの身体って、たぶんルースランドまで持って行かれちゃってるんだよなあ」
「そのエルダンの古城が崩落しちゃったんでしょー?」
「きっとそこの地下にエルスカインの拠点...たぶん、魔獣の調教場とか有ったんじゃ無いかな?」
「そうねー...えっと、勘だけどさー?」
「何だ?」
「あの男爵ボウヤと魔道士のホムンクルスって、ちょっとヘンだったかなーって思うの」
「どう変だったんだ?」
「うーん、上手く言えないけど中途半端ってゆーか? 出来損ないみたいな?」
「なんかヒドイな」
「もしかするとだけどさー。最初から長生きさせられないことを承知で、即席で作ったホムンクルスだったとか?」
「えぇ?」
「ちょっと不安定な感じがしたのよねー」
「でも、なんでワザワザそんな中途半端なモノを作ったんだ? どうせ作るなら...あぁ違うな。中途半端なモノしか作れなかったのか?」
「ね?」
「そうか...エルダン城の地下は魔獣の集積所ってだけじゃ無くて、ホムンクルスを作る場所でもあったんだな...前に姫様が襲われた時に、もしもポリノー村の転移門を辿れてたらエルダンに行き着いてたかも」
「その場所が壊滅したせーで、きちんとしたホムンクルスを作る時間か、設備か、材料か、なにか不足してたのかなーって気がするの」
「じゃあアレは、アプレイスを罠に掛けるためだけの、急ごしらえのホムンクルスだったのか...考えてみれば、男爵と一緒にいた魔獣がアサシンタイガーだけってのも地味だよな?」
「エルスカインの手持ちの魔獣の大半は、アプレースに会う前にお兄ちゃんとシンシアちゃんが殲滅しちゃったみたいだしねー」
「あの森か。確かにあれは凄い数だったよ」
「でさー、続けざまのワンツー、ダブルパンチで魔獣もホムンクルスも在庫払拭って感じかも?」
「そう考えると、いまこそ攻め時かもな」
「ねー!」
エルスカインの攻撃はいつも苛烈だけど、魔獣に較べて人族の手駒は極端に少ないと思える。
そこが『魔獣使い』っていう二つ名の所以でもあるのだろうけど、以前から不思議というか、心に引っ掛かっていたことだ。
それに行商人を騙して利用するというのも、考えてみれば古風な発想だよな?
今どき、どこの国の密偵だって行商人なんか演じてはいないだろう。
エルスカインの場合は密偵に行商人を演じさせるんじゃなくて、ホンモノの行商人を上手く利用するって違いはあるとしてもだ。
このチグハグさは一体何から生じているんだろうか?
「あとな、関係性は良く分からないけど、八年前にリリアちゃんとお母さんが着の身着のままでミルシュラントに山越えして来たのは、エルダンから逃げ出したんじゃ無いかって気もしてる」
「八年前ねぇー...」
「八年前なんだよ」
「それで無関係だったら、むしろ驚くわー。アスワンも前に言ってたもの」
「なんて?」
「お兄ちゃんの魂って物凄く強いからさー、行く先々で色々な縁のある存在を引き寄せて、新しい運命を紡いでいくだろーねって」
「そうか...それって、いいのか悪いのか分からんけど」
「いま、お兄ちゃんの横に『アタシ達』が立ってる事もその証拠かも?」
「ならいいことだ」
「でしょ! ところでエルダンの秘密が分かるか分からないかは別としてさー...お兄ちゃんは、もしアプレースのフリしたメダルが爆発するとしたら何処で起きると思う?」
「そうだな...あの檻が回収された場所は俺たちには見当も付かないような意外な場所って可能性もあるし、またしてもエルダンって可能性も無いとは言えない。そもそも爆発しないか、爆発しても場所を知ることが出来ない場合もあると思う。正直言って予想が付かないな」
「まえにお兄ちゃんが『いきなり謁見の間にドラゴンを連れ込んだりしない』みたいなこと言ってたよね?」
「ああ。で、牧場の罠と一緒に吹っ飛んだのはエルダンの古城で、ルースランドの王宮なんかじゃなかった。そしてエルダンは吹っ飛んだのに、あの檻はどこからか送り込まれて来た。つまりエルスカインの設備も全滅した訳じゃ無いってことだな」
「じゃー、ルースランドの王宮に檻が保管されてたとか?」
「どうだろう? あそこの城はそんなに古くないし...むしろ嫌な予想で言えばアルファニアの首都、ラファレリアの方がありそうに思う」
「もしそうならシンシアちゃんがまた落ち込むかも?」
「その時はその時って言うか、それが何処だろうと、俺たちがやるべき事は変わらないよ」
「そーだねー」
「まあそもそも、どっかの城の中に隠しておいたとは思えないけどな」
あれほど貴重なデカい遺物をどこに保管しておいたのか?
それに例え服従の魔法でドラゴンを恭順させたとしても、その場所は『捕らえたドラゴンを留め置いておける』ほど広い空間だって必要があるからな。
地下牢なんてレベルじゃない気がするよ。
で...恐らくエルダンにはその広い地下空間があって、それが崩落した。
「確かに、あのドラゴンを捕らえる檻ってゆーか、ドラ籠? あんなもの、絶対に『人の目』に付かないところじゃ無いと置いとけないもんねー。そー考えると王宮なんてないかー」
ドラゴンを意のままにする方法を知っていて、それを『すぐに使わずに』何千年も維持、というか継承し続けるって・・・
うん、普通なら出来ないな!
エルフの王様だろうがなんだろうが、それが『使える力』だったなら自分の世代で使おうとするだろう。
だって『ドラゴンを捕らえて自分の戦力に出来る檻』なんて、戦乱の中でどれほどの価値を持つかは言うまでも無い。
国と国との戦いで、まさに勝敗を決するアイテムだ。
それこそ四百年前の大戦争や、そのもっと前の乱世の時代でも、存在を知っていれば誰かが活用しようと考えなかったはずが無いよな・・・
「鳥籠じゃ無くてドラ籠って...まあ、そうだけど。総オリカルクム製だから見られただけで大騒ぎだな」
「宝物って大きさじゃないしねー」
「むしろアレ用に、周りに建物を作る感じだろう? それも王都の大聖堂とかのサイズだよ」
「そもそも高純度魔石が潤沢に無いと使えないでしょー? だったら今、フツーの人は溶かしてオリカルクムの素材にしちゃおうって考えると思う」
「そうだよな...モノがモノって言うか素材が素材だけに、ただ取っておくだけなんて勿体なさ過ぎるよ。しかも高純度魔石を使えるアテがなかったら、持っていても全然意味が無いし」
「エルスカインは魔石を持ってるけどねー」
そりゃ確かに。
「じゃあ何千年もの間、いつかアレを使うつもりで保管してたって事か? エルスカインだって昔から持ってたんなら、もうとっくの昔に使ってるハズじゃないかな? ドラゴンを支配する必要がこれまで一度も無かったのか?」
「とっておき? 一回使ったら二度と使えないとか?」
「そんなものがオリカルクム製?」
「でも昔は蝶番にさえ使ってたのよー?」
「うーん、それか現代では復元できない魔法だから使い捨てになっちまうって可能性もあるけど...いや、そんなに貴重だったら使うにしても頭の弱いモリエール男爵なんぞに預けない気がするし、そもそも牧場の罠で使ってたんじゃないか?」
「じゃー、あの魔石サイロみたいに埋もれてたってこと?」
「そうかもな...例えばエンジュの森の地下でウォームがなにを探してたかは分からないけど、あそこの地面の下には太古の何かに繋がる『黒い壁』があったワケだろ?」
「お兄ちゃんに言われなかったら、アタシは魔石サイロの壁が同じ素材だって気が付かなかったかもー」
エンジュの森のそばに遺跡か何かが埋まってる事は確かだし、そこにもドラ籠みたいなモノが埋もれてても不思議じゃ無い。
まあ、ただの崩れた街の瓦礫かも知れないけどね・・・




