王都の空へご招待
ダンガは俺の大切な仲間で親友だ。
もちろんレミンちゃんやアサムもそうだし、レビリスやシンシアも言うには及ばない。
笑ってドラゴン探しに付き合ってくれたウェインスさんと、その結果、仲間になってくれたアプレイス。
姫様やエマーニュさんと伯爵家の面々、それにジュリアス卿・・・この仲間達の支えがあってこそ今も俺は大地に立っていられるんだし、パルレア、と言うかパルミュナとクレアを現世に呼び戻せてるんだ。
大切な仲間達を得られた事。
そして仲間達を大切にしていく事。
それこそが俺の守るべき『矜持』なのかもな・・・
リンスワルド家とエルスカインを巡るあれこれの中で知り合う事が出来た素晴らしい仲間達が、ノイルマント村という形で大きな事業を実現しようとしている今、それを全力で支援しようとしてくれるジュリアス卿と姫様には、俺自身としても感謝の念が絶えない。
なにかちょっと、簡単な事で感謝の気持ちを示せないだろうか?
あまり大袈裟な事じゃなく、しかも大精霊の力を借りたりする必要も無い事で・・・
そうだ!
「アプレイス、ちょっと頼みたい事が有るんだけどいいかい?」
「おう! なんでもやるぜ。ヒマだからな!」
「じゃあシンシア、今日か明日のどっかで、ジュリアス卿と姫様と一緒に数刻ほどの時間が取れないか聞いて貰えないかな?」
「はい御兄様。ですが、重要な事でしたら私が直接王宮に跳んで聞きに行きますけれど?」
「いや、空き時間が取れるかどうかだけ手紙箱で尋ねて貰えればいいよ」
「わかりました」
シンシアが手紙を送ると、ほとんど打ち返すように『声を掛けてくれればいつでも大丈夫だ』という返事が返ってきた。
今日はノイルマント村に来たいとか言ってたみたいだし、二人揃ってワザワザ時間を空けてたのかも知れない。
うん、そう考えるとシンシアって、ホントに父親には容赦ないよな・・・
ジュリアス卿と姫様にはアスワン屋敷に来て貰い、そこで落ち合う事にした。
高純度魔石を使った転移門が稼働し始めた事で、こういう時も一々迎えに行かなくて良いのはホントに助かるよ。
「シンシアも少しだけ手伝って貰えるか?」
「はい! なんでも仰って下さい!」
「有り難う。それと...トレナちゃんって今どこにいるんだ? 彼女にもちょっと頼みたい事があるんだけど」
「彼女たちはいま、炊事場を作ってます」
「えっ?」
メイドチームがそんな肉体労働を?
しかも三人とも、どちらかと言えばちっこいと言って良い体格の部類だよ?
「いえ、炊事場作りの指導ということですけど...」
「ああ納得」
「しばらくの間は村の皆さんも、家庭ごとに食事を作ってなんかいられないから、数グループ毎にまとめて炊き出しする方式にした方が良いだろうという事になったんですよ」
「それで炊事場を?」
「この人数ですからね。飢饉や大災害が起きた時の炊き出しと同じような方法が必要だと言う話になりまして。幸いリンスワルド家にはそういった状況に備えた設備がありましたし、ウェインス殿がフォーフェンの顔役達や商工組合に話を通して下さって、ありったけの資材をフォブ殿が買い集めてきてくれたそうです」
「じゃあ、移動する前からもう準備してたのか?」
「ええ。トレナ殿が事前に見積もりを立ててくれましたから、それを手紙箱で送ってあちらこちらに依頼しておきました。お陰で、なんとかギリギリ準備が間に合ったようです」
「なるほどねえ。トレナちゃんもシンシアも、良く先を読むよなあ!」
「いえ。炊事関係を思いついたと言いますか、実際に采配したのはトレナ殿ですからね」
日頃から『緊急時の炊き出し設備』が用意してあるって、リンスワルド家っていうのはどんだけ・・・
それにしても共同で使う炊飯所とか託児所とか、みんな良く色々と考えてるよな。
いつぞやのダンガ達との会話じゃ無いけど、きっと孤児院とかを経営できるのはこういう人達なんだろう。
「こちらに来てからの作業も彼女が最優先と言ったところ即座に村人の有志が集まったので、昨日の到着からすぐに取りかかりました。シルヴァン殿とサミュエル殿も、いまはそちらを手伝っていますよ」
それにしても凄いなあトレナちゃん。
たった一ヶ月ちょっとくらいの滞在なのに、すでに村人達からの信望が分厚いよ。
++++++++++
俺とアプレイスとパルレアの三人は少し早めに屋敷に行って、ジュリアス卿と姫様が来る前に準備をしておく。
準備と言ってもそう大したことじゃあ無いんだけど、ギリギリまでネタばらしをしないための下拵えって感じだな。
作業を終えて、しばらく屋敷の前の芝生で待っていると、玄関の内側から二人が現れた。
「ライノ殿! ルマント村の移転が無事に済んだようで何よりですな! エルスカインの手下の企みも無事に躱したとかで一安心ですぞ」
「本当にご苦労様でしたライノ殿。シンシアやエマーニュがご迷惑を掛けたりは致しませんでしたか?」
「迷惑どころか、今回の南部大森林遠征が上出来だったのは八割ぐらいがシンシアのお陰で、村の移転が滞りなく進んだのは間違いなくエマーニュさんのお陰ですよ」
「世辞であっても娘が褒められれば嬉しいものだ。ここ最近のシンシアの成長ぶりを見ても、ライノ殿には感謝の念が絶えない」
「本当ですわ」
「ま、それはお互い様というか、アプレイスとの邂逅もパルレアの顕現も、シンシア抜きだったら、とても上手く行ったとは思えないですよ?」
「いやいや滅相も...ところで本日はどのようなご用件で?」
「今回のルマント村に関する一連の事では、本当に助かりました。お二人の助力が無ければこんなに村人達が幸せに移転できることは無かったと思うし、俺もジュリアス卿と姫様に御礼がしたいんです。で、ちょっとこちらに来て下さい」
そう言って、前庭の先に二人をいざなう。
二人は、俺に言われるがまま草地の方についてくるけど、なにもない草っ原でどうするつもりなのか分からないという表情。
「じゃあ、ここで」
「ふむ、ここでなにをすれば宜しいのか?」
「以前、ルマント村遠征が決まったときに思ったんですけど、きっとジュリアス卿もドラゴンの背に乗って空を飛んでみたいんじゃ無いかなって。それで今日はアプレイスに頼んで、二人を空の散歩にお誘いする事にしました」
打合せ通り、俺のセリフに合わせてアプレイスが不可視の結界を解く。
数歩先には翼を広げた威風堂々たるアプレイスの勇姿。
「おおっ!」
「まあ!」
ジュリアス卿と姫様が二人同時に感嘆の声を上げる。
アプレイスの背にはルマント村に向かうときに使った梯子を掛けて、二人が楽に登れるようにしてあるし、背の上には小さなテーブルとクッション類を置いて、トレナちゃんに見繕って貰ったティーセットとお茶菓子、それにリンスワルド家の特製ワインとグラスが用意してある。
「姫様、どーぞー!」
テーブルの脇からパルレアが顔を出して声を掛けた。
「なんと、なんと、なんと、なんとっ! まさか今日ドラゴン殿の背に乗せて貰えるとは!」
「ええジュリア、わたくしも思いも掛けないご褒美を頂戴した気分です。素晴らしいですわ!」
「喜んで貰えて良かったですよ。で、コレをお二人に」
そう言って首から提げる小さなメダルを渡した。
「これは?」
「さっき急ごしらえでシンシアに作って貰った魔道具ですけどね」
「ほう?」
「要はプライバシーですよ。パルレアの使ってる静音の結界を魔道具に仕込んだんです。この結界の中の声は外には全く聞こえません。もうシンシアはこの程度の魔道具は一刻掛からずに産み出しちゃいますからね」
「えっと、つまり?」
「背中の上で、なにを話してもアプレイスには聞こえないって事です。いくら仲間内でも気になる事はあるでしょう? だから、このメダルを動かしている間は、完全に二人きりの会話が出来ると思って下さい」
「ライノ殿...」
「アプレイスに声を掛けたいときだけ、ココを押して一時的に結界を弱められます。どっちに向かって飛んでくれとか、もっと高くとか低くとか、どこか興味深いモノが見えたから近寄って欲しいとか、そういうことをアプレイスに伝えるときに押して下さい」
「そんな、ドラゴン殿に飛び方の指示をするなど...」
その言葉を聞いてアプレイスが首を巡らせた。
「ジュリアス卿と姫様、今日の俺は馬車と馬と御者を足したみたいなもんだよ。遠慮して気遣われるより楽しんで欲しいし、二人の希望通りに沢山飛べた方が俺自身にもやりがいがあるんだ」
「...かたじけない!」
「ドラゴンの背に乗った者は少ないと思うし、コレまで人の王で自分の国土を空から見下ろした人など、そんなにいないだろう? 俺は二人に楽しんで貰える方が嬉しいね」
「いや皆無かもしれぬな。何処の国の王で有ろうと、普通ならこんな機会が来るはずない...」
ジュリアス卿も姫様も、遠慮を口にしながらワクワクしている表情を隠せないな。




