オリカルクムの鳥籠
黙って俺たちの会話を聞いていたアプレイスが、妙に感心した様子で口を開いた。
「なるほどねえ...エルスカインって奴は結構細かいところまで色々と考えてるみたいだな」
「だろ?アプレイス。とにかく油断のならない相手なんだよ」
「昨日の事でそれは良く分かったからな。あんな罠なんか予想してなかったし、冗談抜きでシンシア殿の魔道具が無かったら俺も危なかったと思う」
「お役に立てたなら良かったです!」
シンシアが『色々な意味』でほっとした感じがする笑顔をアプレイスに向ける。
「実際、エルスカインはアプレイスを捕らえられるって確信を持ってあの『檻』を送り込んできたはずだ。アレは相当なレア物って言うか、本気の『奥の手』だったと思うぞ?」
「だよなあ...あの大きさで総オリカルクム製ってなんなんだよ...どっから持ち出してきたんだよ」
「モリエール男爵が言ってたように、ミルバルナ王宮を購える値段だってのも大袈裟じゃ無いって言うか、多分それどころじゃないな。それに高純度魔石の消費量も凄いだろうと思うよ」
「アスワンに渡したら喜んで材料にしそー!」
「おお、そしたらガオケルムが何百本作れるんだアレ?」
「お兄ちゃん、発想がみみっちいー...」
「うるさいわ」
「まあ、ただの蝶番にオリカルクムを使ってた時代に作られたものなら、作成当時はそれほどの事も無かったんだろうけど、これでライノが言ってた『支配の魔法』が現実に存在してるってことははっきりしたな」
「そうだな。封印の魔法と転移門が埋め込まれたオリカルクムの巨大な鳥籠が、世界戦争の時代には実際に作られて使われてたって事だからな。あれでドラゴンなんかを捕らえて支配の魔法を掛けて手駒にする事が、当時は当たり前のやり方だったんだろうさ」
「なんかさー、ドラゴンが狩りに使う鷲とか鷹扱いっての凄いよねー。鷹匠じゃなくってドラ匠?」
「オイ、考えるだに恐ろしいな!」
「もしも太古に多くの国々がドラゴンを武器にして戦い合ったのでしたら、どこが勝とうとポルミサリアは見渡す限りの焦土になったことでしょうね」
「勝っても意味ねえだろ?」
「ええ、もはや戦と呼べるものですら無かったのかも知れません」
「それにしてもあんなデカいもの、何千年も何処に仕舞ってあったんだろうな? それも使える状態でだろ?」
「それが次に大爆発の起きる場所...でしょうか? もしも上手くいったらですけれど」
「かもなあ。あのオリカルクムの鳥籠はシンシアの魔道具を抱え込んだままエルスカインの拠点のどこかに転移していった。こっちの想定通りに稼働していれば、メダルが開けられた瞬間に大爆発するはずだ」
「高純度魔石の炸裂か」
「石つぶての代わりに十個も埋め込んであるんだぞ? それが一斉に炸裂したら、この前、牧場の転移門に放り込んだヤツを上回る威力だろう」
「ただ、その『籠』ですか? それに掛けられている封印の魔法とかで、爆発を閉じ込められる可能性はありますよね?」
「正直それは分からないな。仮に檻の中に閉じ込められたドラゴンがブレスを吐いたらどうするんだ?って考えると、それに耐えられる魔法か、ブレスを吐けなくする魔法ぐらいは掛かってるだろうけど」
「ええ。そうでないと、実用的じゃないですよね」
「だけど、罠の転移門に送り込んだ魔道具はエルダンの古城で爆発しただろ? って言う事はブレスに耐えるって言うよりも、支配の魔法でブレスを吐かせないって仕組みだった可能性が高いかもな」
「私もそう思います」
「籠から出してブレス吐かれたら同じだもんな!」
「支配できないのであれば、手に入れたドラゴンをただ檻に閉じ込めていても意味が無いですからね。自分の戦力として活用できる仕組みが無ければ、そもそもドラゴンを攫おうと思わないでしょう。取り込んだ先の場所は、支配の魔法を埋め込む設備だったと思います」
「だよなあ...まったく、エルスカインはドラゴン族全ての敵だと言っていいシロモノだぜ」
「でもアプレイス、あの時にエスメトリスが来なかったら俺たちの言葉を信じてなかったよね?」
「それは言うなよ」
「ま、今回は、あの檻自体が予想外だったけどな。向こうにいる奴が『気を抜いたアプレイスのヘッポコぶり』をどうやって再現してるのかを調べようとして、メダルを開けたら吹っ飛ぶ」
「言い方っ! なんか...嫌な感じの罠だぞ。色々な意味で!」
「だけど実際、俺もパルレアもシンシアも、エルスカインを相手にして躊躇する気持ちは微塵も無いよ」
「まあ、そこは俺も同意だけどさ。特にあんなモノを見せられたんじゃなあ」
俺はとっくの昔に、エルスカインを人として見る事を止めていると言っていいかもしれない。
躊躇はしないし後悔もしない。
エルスカインとの戦いにおいて『後悔』は、やれる事をやらなかった時だけ生まれるものだろうと思う。
ホムンクルスとエルスカイン談義でちょっと場の雰囲気が沈みかけたところで話題を変えようと思ったのか、シンシアが思い出したように王宮からの手紙についてダンガに告げた。
「ところでダンガ殿、昨日、移転の成功は手紙箱で知らせておきましたので、本当は父上と母上もこちらに来たがっていたのですが、さすがに事情を知らない村人達の前に突然現れる訳にも行かないだろうと、自粛して頂きました」
「ああ、助かるよシンシア殿。そうなるとフローラの正体も隠しておけなくなるしね。みんなが落ち着くまで、もうちょっと時間を取りたいんだ」
「ダンガ、エマーニュさんの正体だけじゃ無いだろ?」
「なにが?」
「とぼけるなよダンガ男爵」
「おぉぅ...」
「あ、ダンガ殿、今朝はお忙しそうだったので、後でお知らせしようと思っていたのですけれど、実はそれに付いても父上からの手紙に記載がありまして...」
「やっぱり叙爵は止めるとか?」
何を言ってるんだお前は。
ちょっと声色から期待感が零れてたぞ?
「甘い期待をするなよダンガ。そもそも叙爵はエマーニュさんとノイルマント村のためなんだぞ?」
「うん、まあ分かってるんだけどさ...」
そう答えるダンガの表情がチョットだけ暗くなったのは、自分がこれまで生きてきた世界と全く違う環境へ踏み込む事への不安なんだろうな・・・
それでもダンガは、自由闊達な暮らしよりもエマーニュさんの気持ちに応える事を選んだ。
俺はそのこと自体が男らしいと思うよ?
「えっと、領地移譲の手続きや諸々の手配を進めるためにはダンガ殿を叙爵しておかないと辻褄が合わなくなるそうで、儀式的なモノとかは後回しで先に叙爵の事実だけ記録するそうです」
シンシアがダンガの反応を見て、少々言いづらそうに手紙の内容を説明する。
「そっか、うん。覚悟は決めてるよ」
「それで...その、貴族に苗字がないと言うのも宜しくないので、ご出身を苗字にされてはいかがか? と言うのが父上からのご提案です」
「出身を苗字に?」
「はい」
「確かに苗字はいるだろ? ダンガ」
「そうかあ、これまで気にした事が無かったからなあ」
「それで父上の考えたお名前は、ミルバルナ風を意識して『ダンガ・ド・ル・マント男爵』です。もしも嫌なら教えて欲しいと」
「あ、嫌とかは全然...」
「それでしたら良いのですが、ミルバルナの貴族風の言い回しで、『ル・マントの地を治める家門』のダンガ殿、という意味合いになるそうです」
「ん、ダンガ? 『ル・マント』って、本当はそこで区切る言い方なのかい?」
「ああ、正式に言うとそうらしいよ。なんでも最初に大森林に流れ着いて村を作ったご先祖達に、外套に関連した謂れがあったらしいね。で、ル・マントなんだって話だ」
「へえー」
「だけど、いまは誰もそんな風に言わないよ。それにしても『ルマントを治める家』はさすがに大袈裟すぎるんじゃないかな?...」
「そんな事は無いぞダンガ。それにノイルマント村と狩猟地全体が男爵領になるんだから分かりやすくてちょうどいいだろ?」
「はい、私もそう思います」
「ジュリアス卿には後でちゃんとお礼を言わなきゃ...シンシア殿、名前を考えて貰った御礼だけでも先に伝えておいて貰えるかな? 自分じゃ恥ずかしくてちゃんと言えなさそうだから」
「分かりました!」
「今日からダンガは『ド・ル・マント卿』だな!」
「ライノ、それっていじめじゃないかな? あと普通に『ルマント』って言ってくれよ。文字で書くと同じなんだし、村人は誰も、そんな巻き舌で『ル・マント』って発音したりしないからさ?」
「そっか。まあ仲間内で変なイジり方をするつもりは無いけどな、ダンガも貴族だって事に慣れるように努力しろよ? それがエマーニュさんのためだぞ?」
「あ、うん。そうだね...そこはなにをさておいても頑張るつもりでいるよ」
相変わらず真面目というか律儀というか・・・




