二体のホムンクルス
初めて見るタイプの障壁魔法に思わず呆気にとられたけど、パルレアもちょっとビックリしたらしく、俺の肩の上で身を乗り出して曇ったガラスのような障壁を見つめている。
言っちゃあ悪いけど、こんな高度な魔法が使えそうな魔道士じゃなかっただろ、そいつは!
でも、それで分かったよ。
男爵だけじゃなくて、こっちの魔道士もホムンクルスにされていたのか・・・
正直これは予想外だな。
一度に『二体のホムンクルス』ってのは初めてのパターンだぞ。
「いいか貴様ら、俺は永遠の命を得た。もうドラゴンなど恐れはしないし、貴様らなど指先一つで消し去れるんだ」
男爵がそう言って軽く振り向き、魔道士を目線を交わす。
魔道士が軽く頷くと、男爵は再びこちらを向いて尊大に足を組み替えた。
俺たちと男爵達の間に透明な壁のように立っている障壁の防御力は不明だけど、エルスカインから提供された術ならば強固なのは間違いないな・・・
男爵が自信満々というか怖いものなしって態度なのも、この障壁を信頼しているからだろうし。
「いまここで貴様らを八つ裂きにしても良いのだが、ただ殺してもツマラン。今日は見逃すゆえ、このまま大人しく村へ帰るがいい」
「ほう、ドラゴンに勝てる力を得たにしては、随分と太っ腹だな?」
「当然だ。それに村の様子を見れば、もう二度と我に逆らおうなどとは思わなくなるだろうからな!」
これは明らかに、すでに手を下したという物言いだ。
「モリエール、お前、村に何をした?」
「良く分からん結界のおかげで害意を持ってるモノは村に入れないらしいな。だが自らの意思を取り去り、ただ殺戮を行う条件反射だけしか持たせてない魔獣はどうだ? カラクリ仕掛けには結界など関係ないのではないか? なあ? はっはっはっはっ!」
モリエール男爵はそう言って心の底から楽しそうに笑う。
恐らく、ルマント村の人達が魔獣に皆殺しにされている場面を頭の中で想像しているのだろう。
これをやりたくて、村から人を出させないように見張らせてたんだな。
「レミンや若い娘を置いていけだなんだと言っておいて、結局は村人全員を皆殺しにする気だったのか?」
「いや違うぞ? 魔獣共には条件付けをしてあるから男しか襲わん。村には女どもだけが生き残っているはずだから、貴様がとりまとめてここへ連れて来い」
「魔獣に条件付けだと?」
なんかモリエール男爵が重大なヒントを口にしているような気がして、ちょっと探りを入れてみる。
「そうだ! 肉食の獰猛な魔獣は血を嗅ぎ分ける。血筋、性別、老若、こちらの思い通りの相手を襲わせるように条件付けできるのだ」
「ソンナ馬鹿なっ!」
そう叫んだ俺をアプレイスがチロっと横目で睨んだ。
ちょっとセリフ廻しが臭かったらしい・・・すまん。
「本当だとも! もはや我が輩は魔獣達の主と言っても過言ではないぞ。支配の魔法によって、どんな魔獣でも従える事が出来る。そして魔獣に何をさせるか、好きなように条件付けして行動させる事が出来るのだ!」
「支配だと...マサカ!」
「支配されたあやつらに心は無い。恐怖も憐憫も後悔も持たぬ。ただ支配者に命じられたままに動くのみの、我らの道具なのだ」
俺にノセられたモリエール男爵は得意満面で喋っているけど、横にいる魔道士が言葉を止める気配は無い。
どうせ俺たちの事は殺すつもりだから、どうでもいいって事なんだろうか?
「そして最早ドラゴンも我らのモノだ!」
モリエール男爵がそう叫んだ瞬間、魔道士が手の内で何かを動かした。
同時に敷地の外で凄まじい音が響く。
思わず後ろを見やると、『隠れ損ねてるアプレイスの気配メダル』を投げ捨てた辺りには、見た事もない巨大な『檻』が屹立していた。
えっ、檻?
檻のような見た目の結界なのか?
いや、どう見ても物理的な檻がそこにあるように感じられる。
ドラゴン姿のアプレイスでも軽く包み込めるだろうという見上げるほどの巨大さで、まるで伝説の雲を掴む巨人族が使う鳥籠のようだ。
しかし巨大は巨大だけど、もちろんドラゴンを相手にタダの鉄の檻であるはずが無いな。
一体なんなんだろうこれは・・・
「うまく姿を隠していたつもりだろうが馬鹿な奴よ。アンスロープ共の仲間になったドラゴンは我が輩が捕らえた! あの檻からは決して出られぬ。後は連れ去って支配の魔法で調教するのみよ。我が輩を虚仮にした者どもが、恐れ、ひれ伏す姿を見るのが楽しみだ!」
「ナンナンダ、あの巨大な檻はっ?! ナゼ出られないっ!?」
ノリで一応、聞いてみる。
ひょっとしたら答えてくれるかも・・・アプレイスの視線が冷たいけど気にしない。
「あれはドラゴンやワイバーンを捕らえるために古代に鍛えられたオリカルクムの檻だ。あれ全体が特別な封印の魔法を帯びたオリカルクムで出来ているゆえ、一度入ったら二度とは出られぬ。仮にあの檻に値を付けるとなればミルバルナの王宮さえ購えよう! どうだ驚いたかっ?!」
驚いたよ、ホントに答えてくれたよ!
有り難いよ!
以前の牧場の罠のように、あらかじめ仕込んでおいた転移門にドラゴンをおびき寄せるんじゃなくて、ドラゴンのいる場所を特定して鳥籠を転移させ、丸のまま封じ込んで転移させる仕掛けか。
勝ち誇っているモリエール男爵は、喋り終わると少し怪訝な顔をして魔道士の方を振り向いた。
「どうした、ドラゴンの姿が出てこないではないか?」
「檻はドラゴンの気配が反応した場所に出現しました。いまも間違いなく檻の中に気配があります!」
魔道士が慌てて答える。
「ならば、泡を食って我らの知らぬ魔法で姿を隠しておるだけでろう! 魔石を消費しきらないうちに早く送れ!」
おおっと『魔石の消費』と来たぞ。
間違いなく高純度魔石でこの檻の封印や転移門を稼働させてるな。
エルスカインも、一応は檻の取扱説明というかハウツードラゴン捕縛くらいはモリエール男爵に教えていたらしい。
その姿勢はアスワンにも見習って欲しいものだ。
慌てて魔道士が再び手の内の何かを操作し、檻の姿が揺らいだ。
なるほどね。
地面ではなくて、あの鳥籠を包むリング自体が転移魔法陣になってるんだな。
ドラゴンの存在を察知して、その場所を包み込むようにどこからか送り込まれ、閉じ込めたらまた転移して連れ去ると・・・
凄いといえば本当に凄い。
さっきモリエール男爵も『古代のもの』だと言っていたし、かなり奥の手を出してきたって言うところだろう。
そしてこれも、エルスカインが間違いなく『古代技術』を利用している事の新しい証拠でもある。
空間に溶けていくように姿を消す巨大な鳥籠を見つめていたモリエール男爵は、いかにも満足げな表情で俺たちの方に目を向けた。
「もはや、我が輩を脅かすモノはこの世に存在せぬ。貴様らなど、いつでも魔獣の餌に出来るのだ」
卑しく笑うモリエール男爵の言葉を裏付けるかのように、屋敷の裏から数頭のアサシンタイガーがゆっくりと歩いてくる。
アサシンタイガーかあ・・・
エルスカインなら、俺を相手にこんな魔獣を数匹出しても何の役にも立たない事は承知しているはずだよな?
これって、やっぱりエルスカインが『モリエール男爵と対立しているルマント村の男』が実は誰だか、つまり勇者だと気付いてないってことになるよな?
自分自身か、少なくとも直属の配下でもここに来させていれば、精霊の気配を隠していても俺が誰だか見抜けたかも知れないのに、用心深さが裏目に出たなエルスカインめ。
こんな馬鹿な少年と魔道士をホムンクルスにして、挙げ句にドラゴンを捕らえる罠まで使わせてどうする・・・
それともエルスカインにとって、自分より馬鹿な存在は一律に馬鹿だという認識なんだろうか?
そりゃあ俺自身はエルスカインより圧倒的に頭が悪いって自覚があるけどね!
でもこっちにはパルレアとシンシアがいるのだよ。
「どうした恐ろしいか?」
ちょっと考え込んだせいで押し黙っていた俺を、モリエール男爵は恐怖に固まったとでも思ったらしい。
護衛騎士が、一応は威嚇のつもりなのか剣を抜いて俺たちに向ける。
「命が惜しくば、ルマント村に戻って生き残っている女達、いや、若い娘達をまとめて全員、サッサとここに連れて参れ! 今日の内に来なければ別の魔獣をルマント村に放つ。老若男女の区別無く、全てのアンスロープを追い掛けて喰らい尽くす魔獣をな!」
この状況で『女達』を『若い娘』って言い直しやがったよ・・・もう嫌だコイツ。
喚いていたモリエール男爵が、その大きく開いた口を止めてこちらに向けた。
おっと。
これって例の『モヤ』を吐き出す仕草じゃないか?
さっきの檻でドラゴンもどこかに飛ばしてしまった『ハズ』だし、これで俺たちを支配できるって思ってるんだろうなあ。
むしろ哀れにすら感じるよ。




